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【第六話】浮き浮き気持ち。

ギャグかバトルかでどっちつかずの中途半端な展開……になってるやもです。

見直せば見直すほど反省すべき点が見えてきます。そして反省を終えた暁には、どんどんどんどん成長しなければ!


というわけで第六話です!

今までの登場人物が全員並び立ちますのですですっ!

「僕は……反省をするつもりはない!」

「ほぉ、覚悟はできているんだろうなメガネ」


 毅然と構えた通人、そしてもう一人、どこから取り出したともしれない鞭を手に慣らす有村。

 教室中のざわめきを身にまとって、二人は真っ向から対立している。


「……といっても、制裁は十分に受けたようだがな」


 一人逃げ遅れていた通人の顔は、女子達にタコ殴りにされた痣でいっぱいになっている。

 とにかく、意外、と呟く声は多いようだ。真面目一辺倒のイメージがあった通人が、色恋沙汰に自分の役割をすっぽかすとは。

 過ぎていく休み時間、戦いは終わったし、辛うじて犠牲もなく女子の猛攻を防ぎ切った。しかし収まらない険悪なムード。内部分裂を起こしていては、勝てるものも勝てない。


 授業も、休み時間も、いくつもいくつもすぎていく。選挙戦は多々行われた。


 謎のオーラでも纏って空中戦でもしそうな勢いで、毎度毎度の喧嘩を繰り返す有村と通人。

 まぁ喧嘩するほど何とやら、なのだろうか。

 終いにはツンと、お互い不機嫌をまるで隠さない状態だ。一言も言葉を交さずにいるらしい。


「矢琴君? ちょっといいですか?」


 休み時間終了の直前、席に座って机脇のカバンに手を伸ばす。

 偵察から教室に帰ってきた鈴音子さんらしい声。

 直後小さな手が、僕の肩を叩いてきた。

 振り返ると、頬を指で突かれてしまった。悪戯っぽく笑う彼女、ええい。


「……どうした? 鈴音子さん。次の授業で分からないことでも?」

「聞いてほしい事があるんです。……実は、さっき女子棟に忍び込んで、見つけたものがあるんです。さすが私です!」


 肩を竦めて笑う彼女。

 薄ら気に、話の内容からして重要な何かがあるかもと、感じさせられた。

 彼女に集中した。

 周囲の喧噪など置き去りにして、彼女の声だけを聞こうと、体が反応した。


「何を見つけたって?」

「実は……合戦のとき、私は与えられた偵察の役割をずっとこなして……それで」

「それで?」


 それはそれは。


「奈乃沙が選挙中に身を隠しているであろう部屋を発見しました!」


 驚くべきことだ。


「奈乃沙先輩の……隠れ家?」

「はい!」


 沈思黙考の構え、僕は。顎に手を置いて顔を伏せた。


「す、すごいな!」


 驚くべきを実感した。


 彼女をちらりと見やれば、これ以上ないくらいのニコやかな笑みだった。純粋にも、両手を振り上げて喜んでいる。

 大急ぎで走って、有村にも同じ要件を伝えているようだった。

 どうしたどうした、と人も集まってくる。彼女は、騒ぎの中心になってみせた。


 ……まさか彼女が、一日でこれだけの成果を出してくれるとは思ってもいないことだ。

 情報が確かなものなら、これはチャンスである。

 彼女がハッキリと『発見した』というのだから、それなりの根拠はあるのだろう。

 今日の休み時間は全て使い果たしたが、明日朝一番の休み時間に奇襲を仕掛ければ……。

 初葉の協力といい、彼女といい、風向きは完全に僕達を後押ししている。


 次第に口の端がつり上がった。


 これなら、負けない。目指すは男子生徒会長擁立! 男子の復権だ!


「よし、やろう!」


 椅子を鳴らしながら立ち上がり、皆の顔を見回しながら宣言した。


「明日の選挙で、玉垣奈乃沙先輩を仕留める!」


 自分でも思う、声が結構、活き活きしてるなと。











 ようやく、昨日が言う明日が、今日になった。


 いよいよ戦の時は近い。


 気分を引き締め覚悟を決めることに、一日という期間は十分に過ぎるものであった。

 授業は滞りなく終了し、クラスメイトの全員は教室待機で臨戦態勢。中には、鍋を頭にかぶったバカまでいる。


 女子が攻め寄せて来るまでに、作戦を開始せねばならない。


「急な決定だな矢琴。攻勢に出るどころか、まさか全員で攻勢に回るとは」

「文句があるならお前が立案やってくれよ」

「……いやぁ? 特に俺から文句は無い」


 僕たちは、普段と同じように窓際に体を預けつつ、語らい合うばかりだった。

 当然、緊張は全身にこれでもかと、ほとばしっている。僕は時間を怠惰に過ごしているわけではない。 せめてこの時間でもと、窓を通して女子棟の様子を見張るだけだ。

 奈乃沙先輩は今回の選挙における、最大の勢力だ。彼女が当選すれば、これまでと変わらず男子が虐げられる日々が続くことになる。


 どんな相手が敵であっても、負けられない。


「お、お兄ちゃん!」


 廊下側の彼方から、響くような声が聞こえた。

 間違いない、指定した時間ちょうどに、初葉が学校へと来てくれたのだ。

 彼女の存在を使って、一時的に奈乃沙先輩の戦力を削る。

 中学生の選挙参加が禁止されるルールは無いし、学校生徒以外には腕章を取り付ける義務は無い。その上彼女は、奈乃沙先輩の妹だ。後ろ暗くはあるが、ルールの側面を突けるなら突いた方が良いだろう。


 つまり彼女は敵に正体をばらすこと無く、敵の陣地に潜り込むことができる。


「はぁ、はぁ」


 教室の出入り口に駆け込んできた初葉は、肩で息を繰り返していた。

 よほど走らせてしまったらしい。


『あの娘が、奈乃沙先輩の妹!?』

『まだロリっ娘じゃないか!』


 どよよと声をあげるクラスメイト達を無視する形で、有村は彼女に歩み寄った。


「来たかロリっ娘」


 疲れ果てたらしい彼女の頭に、有村は手を置いてみせる。

 手を振り払われていた。蹴られていた。


「焼け死ね」


 辛辣すぎる。恐らく初葉の中では、チャーハンの件が後を引いているのだろう。

 ショックか何かに片膝を突き伏した有村。初葉は奴を蹴り飛ばし、僕の元にまで駆け寄ってくる。


「お兄ちゃん、来たよ?」

「昨日の夜も聞いたけど、いいか? お前は姉を負けに導くことに加担するんだぞ?」

「……それは、うん。お兄ちゃん次第で初葉も頑張るよ。手伝うくらいはしてあげる」


 彼女が首をかしげて笑むと、こころなしかポニーテールの曲線も心なしか力強くなった気がした。クラスメイト達からも、歓声があがる。鈴音子さんだけは静かに、自らの席でノートと睨めっこを続けるだけだった。

 今回、作戦は無いことも無い。我がクラスのメンバーは、数人単位のチームに分かれる。

 出来る限り僕や有村は、敵をかく乱する役目を担うから、その隙に機を見たチームが、奈乃沙先輩に攻めいるという魂胆だ。

 石の所有は、僕に任されていた。


「矢琴……」


 蹴り飛ばされた有村が、静かに立ち上がりながら、僕の名前を呼ぶ。

 僕だけじゃなくて、全員が呼応した。教室中が張った糸を切ったように音を失くした。


「時間が無い、行くぞ」


 それだけ奴は言って、女児に蹴り飛ばされていたくせに、片頬を釣り上げてみせる。

 そろそろ、女子達の奏でる騒音が渡り廊下の方向から聞こえてきた。


「ではお前ら。各々の役割を果たせ、解散だ!」











 渡り廊下を通じて女子棟に向かうのは危険だと判断した。

 裏口から仲間全員で雪崩出て、ひとまずは走る。

 目標は青腕章リーダー、奈乃沙先輩。昨日、鈴音子が報告した通りの事実があるならば、奈乃沙先輩は三階家庭科室に潜伏場所としているはずだ。

 通人を含め、細かい役割を与えた数人は途中で軍団から枝分かれするように離脱し、残りはまっすぐ女子棟へ。何らかのアクシデントが無い限り、女子棟までは少しずつバラけながらも、道を同じくする予定である。


「大丈夫か……? 初葉」


 僕たちの元に駆けつけてくるまでに、初葉はいくら疲れたであろうか。加えて、この場面でも走るとなっては、その小さな体が持たないのではないか。素直な心配だった。


「やっぱり優しいんだお兄ちゃん、でも、人の心配してる暇があるなら死ね」

「そんな危なっかしい言葉を口癖のように語尾に装着するのはやめてくれ」


 まぁ、こんな冗談を吐く余裕があるなら大丈夫か。

 彼女の役割は、虚報の伝達だ。奈乃沙先輩の妹である彼女は、青腕章の女子達にも顔が知れているはず。偽情報で出来る限り彼女達を誘導し、僕達の経路から退ける作戦だ。

 理想は、この誘導によって青腕章の女子達をソラの軍勢にぶつけること。

 厄介な第三者、ソラの足止めも可能であるし、奈乃沙先輩の戦力を割くこともできる。


『男子、男子がいた!』


 遠くから僕達を刺し止めるようなソプラノが聞こえてきた。見つかったらしい。


『ちくしょう見つかった! 作戦通り行くぞ!』


 僕たちの中から数人が自律的に離れ、走りくる女子に立ち向かっていった。

 もう女子棟の正面玄関は、目の前だ。


「矢琴、しばらくは仲間を任せた。俺はここで……やることがある」


 先を走っていた有村が、肩越しに振り返り、何やらボソリと言葉を伝えてきた。

 言葉の真意は、察しても理解できない。考量時間は無い。そして僕は、仲間を信じられない人間でもない。


「詳しい事は聞かない。行って来いよ有村」

「すまんな。お互い健闘を祈る」


 僕達は正面玄関に足を踏み入れた。生徒達の下駄箱が、整然と並ぶ景色。

 僕たちはそれぞれ、あらかじめ定めた数人ずつに分かれて走り出した。

 中でも、有村はたった一人。










 廊下には、人影の一つも見当たらない。

 青色の腕章は奈乃沙先輩の、黄色の腕章はソラの支持者。気をつけなければ。

 僕たち男子は、元より数の上で圧倒的な不利である。一番の強敵である奈乃沙先輩はもちろんとして、同学年の立候補者である、ソラの支持者数にも到底戦力は及ばない。

 僕の立場から欲を言えば……ソラを先に仕留めたいところだった。彼女は、公約として僕を女子棟に引きずりこもうとしている、そんな未来が許せるはずもない。

 しかし、ワガママも言っていられないか。仕方無いだろう。


「誰もいないですね」


 鈴音子さんが、廊下に面する教室群を見渡すも……。ただ静かな息が漏れるだけだった。

 今この場で僕が行動を共にしているのは、初葉と、鈴音子さん。ひとまずは三人で、安全地帯と思しき廊下に立ち尽くしていた。

 クラスメイトの多くは、鈴音子さんの情報に従って奈乃沙先輩の教室を攻めている。


「初葉、そろそろ行ってきてくれ」


 そろそろ作戦を開始すべきだ。今頃仲間達は、奈乃沙先輩の潜む三階家庭科室付近にまで接近しているはず。


「手当たり次第でいい、僕が教えた通りの偽情報を、青色腕章の女子に伝えるんだ」

「うん!」


 一声かけるだけで、初葉は従順にポニーテールを揺らした。

 小さな子供みたいな、小刻みの足音を響かせ、走り遠ざかっていく。

 初葉の考えは掴めないな。やたら素直だったり、奈乃沙先輩を簡単に裏切ったり。


「私たちは、どうします?」


 遠ざかっていく初葉の背中を見つめていると、逆に僕の背後から声が掛かってきた。

 彼女、鈴音子さんには今回、大きめの衣装カバンを持たせている。


「危険は避けたいけど、僕達としちゃ、出来るだけ敵の目を引くことが重要だしな。少し歩き回ってみようと思う。……あ、そうだ、鈴音子さん。そろそろカバン開けて」

「ん、分かりました」


 床に置いたカバンを難なく開き、彼女が取り出したるは、赤い帽子、同色のマフラー。

 僕は帽子を受け取り、深く被った。鈴音子さんはその間、柔らかな手つきで僕の首にマフラーを巻いてくれる。それも、僕の顔を出来る限り覆うように。

 梅雨の季節には、暑すぎる格好だった。

 衣装カバンはその場に放置して、僕たちはゆっくりと歩き始める。


「今頃、皆さんどうしてるんでしょう」


 寂しい廊下の空気に、鈴音子さんの声が混じった。


「さぁ。誰か一人でも敵の防衛網を掻い潜って奈乃沙先輩に攻め込めればいいんだけど……。有村が一人で行動するって言ってた件も気になるな」

「きっと、皆さんなら大丈夫だと思います。奈乃沙なんて雑魚ですよ雑魚。あの人は、可愛い物が弱点なんです!」

「ずいぶん奈乃沙先輩を知ったような口だよな。先輩と知り合いなのか?」

「知り合いじゃありません、敵です。宿敵です。ライバルです!」


 可愛らしいと同時に、穏やかでない話だ。


「奈乃沙は私と同じ中学でした。高校進学の際、こっちに引っ越してきたんです」


 明かされた過去。しかし鈴音子さんはこれ以上、何も語ってはくれなかった。

軽く唇を突き出して、ムスッと重々しい無表情を決め込んでいる。

 宿敵である理由は……聞かずとも、彼女の性格を察すれば大体分かりそうなものだ。

 恐らく中学時代から学園のマドンナ的存在であっただろう奈乃沙先輩を、勝手にライバル視している……当たらずとも、その辺の理由だろう。


「まぁ私も家の都合上、遺憾ながらこうして奈乃沙と同じ学校に来てしまったわけですが……」


 まさかとは思うが。


「奈乃沙先輩と同じ棟に入るのが嫌で、だから無理に男子棟なんかに入学した、とか?」

「そうですそうです」


 本当かよ。マフラーあっちぃ。話を聞きながら、手で自分の顔を仰ぐ。

 ふと耳を澄ますと、何やらボリュームを少しずつ拡大するように、足音と喚き声が。

 一直線の廊下では、反応する間もなかった。それはすっごい、突然で。


「し、しつこい!」


 向こうに見える廊下の死角から、たった一人だけ、二本線の黄色腕章が飛び出してくる。

 一心に、駆けているようだった。間違いない、ソラだ。

 そして彼女の後を追うようにして、ぞろぞろと飛び出してくる大量の青色腕章。

 必死に手を伸ばす女子達から、あれほど必死に逃げまわっているようだった。

 そこまでして逃げ惑う、ということは……ソラの奴、石を所持しているのだろう。


「矢琴!」


 ソラがこっちに気づいた。


「助けて!」


 断る。


「こっちに逃げるしか……! ご、ごめんね矢琴!」


 逃げ道という逃げ道から敵が現れたらしく、ソラはこちらにかけ込んで来る。

 当然それを追う女子達も、こっちに来る。

 彼女達が走る直線の延長線上に居る僕達が発見されるまでは、そう時間はかからない。


『あ、あの赤腕章……もしかして……?』

『間違いありません! 氷川矢琴を確認しました!』


 ソラを先頭に、迫りくるスカート着用者十数人余り。

 どうすればいいのかも分からず、静かに、鈴音子さんと顔を見合わせるしかなかった。


「や、矢琴君! こ、ここは私が食い止めます!」

「バカ無理だ! 一人で立ち向かったところで踏みつぶされるのがオチだぞ!」

「で、でも――「黙って来い!「わぁっ!?」


 彼女の腕を強くひいて、走る。










 逃げても逃げても、状況は変わらなかった。絶え間ない呼吸への欲に苦しむ。

 共に逃げていたソラの姿が、いつの間にやら消えていた。

 敵はソラから僕に標的を変更したらしく、しつこく追い回してくる。

 肺が焼かれたようだった。とにかく走った。

 長期戦に敵も疲弊したようで、結構な距離を引き離すには成功した。


「鈴音子さん……走れるか?」

「まだ、まだまだまだ……大丈夫……です……!」


 口呼吸の合間に挟まれる彼女の言葉は、とても『大丈夫』とは思えなかった。

 足取りはふらふらだ。可哀そうだが、ここは耐えきってもらうしかない。

 ちょうど目前、丁字路に差し掛かった。右手に曲がり、即座にしゃがみ込む。

 この場所が敵の死角であろう内に、大急ぎでマフラーと帽子を彼女に着用させた。


「少しの間だけ、頼む。ホントに悪い!」

「大丈夫ですよ……! 元々今回、これが私の役割なんですし……? というより、嘗めないでください。私がこの程度でへばるわけ……」


 派手な色だ。敵は、このマフラーと帽子を僕に対する目印として認識していることだろう。

 幸い、僕と鈴音子さんは背格好や髪型は似通った点が多い。だからこそ思い立った作戦だ。

 とても……成功する確率が高いとは言えないか。


「じゃあ、行きます!」


 鈴音子さんは振り絞ったような威勢を吐き出すと、丁字路のもう一方へと走り去って行った。敵からすれば、帽子マフラーの赤腕章が、目の前を一瞬だけ前を横切ったわけだ。


『待ちなさい氷川矢琴!』


 敵は見事に、鈴音子さんを僕と勘違いしてくれたらしい。

 丁字路にまで押し寄せるが早く、僕の方には目を暮れずに、鈴音子さんを追いかけて行った。だんだんと遠くなる彼女たちの姿、消えていく足音。



 居なくなった。



 心が、すっと空洞になったような気分に陥る。

 鈴音子さんが無事であれば良いが……。


「や、矢琴?」


 振り向けば、小さな姿。遠くで、片手を胸に置いたソラを見つけた。

 全く都合の良い時に現れたものだ、嘆息が漏れる。じとりと彼女を見つめた。

 近寄って来る彼女に対して僕の眼差しは、自分でも陰湿な感じだと思う。姿勢はしゃがんだままだが、臨戦態勢だった。


「残念だったな。僕が捕まって無くて」

「なっ……そんな言い方無いでしょ? 私だって矢琴に助かってほしいと思ってたのに」

「どうだかな。お前は敵だろ、敵」

「……」


 疎ましいと言わんばかりにソラを扱う僕の内心は、そう濁った状態でもなかった。

 彼女は気が強い、口も悪い、ドジだ。だけど優しいし、力強いし、律儀な奴だ。

 律儀な性格のソラは、こんな状態の僕を絶対襲わない。彼女が単に直に純粋に、僕の体を心配しているんだってことも、本当は……感じていた。

 十数年の人生なりに付き合いも長いから、僕は彼女を解っている、と思う。


「もう、知らないわよ」


 手を伸ばせばすぐにでも届きそうな位置で、彼女はくるりと僕に背を向ける。

 彼女の声に元気と呼べる全てが失われていることに気づいた。何故だか、気を落としているらしい。……何故だ? 付き合いが長いのに、全然分からない。もしかして教室で喧嘩した件を、ひきずっているのか。


「矢琴、捕まってれば良かったのにね。それで選挙には私が勝って、矢琴は女子棟に入学するの」

「絶対にお断りだな」

「……うーるーさい! とにかく何が何でも、矢琴達だけには勝たせないんだから!」


 ソラの選挙公約は、僕を女子棟に入学させるという点以外では、全くマトモである。

 僕たちの目指す学校政治とも、大した変わりは無い。

 男女平等の学校を作ろうという心意気、だそうだ。


「とと、ところでね、矢琴……?」


 どうも言い方がせわしない。僕の格好に気になるところがあるのだろうとは、察していた。彼女は背を向けたままチラリ、チラリ、とこちらを見やってくる。そして疑念のこもったらしい一言。


「……なんで……矢琴、今日スカート穿いてるわけ?」

「!?」


 必死に忘れていたのに……! 絶対気にしないようにしていたのに!


「や、やっぱり矢琴そういう可愛い格好が好きなの? ぜ、絶対駄目だからね! そりゃ確かに矢琴は可愛いしスカートだって私より似合ってると思――」

「違うって! 僕はそういう趣味じゃない!」


 先ほどの鈴音子さんとの入れ替わり作戦において、僕が女性生徒の制服を着ることは必需的な条件であるわけで……。もちろん逆に、鈴音子さんに男子制服を着せても事は解決するのだが、彼女はそれだけは嫌だと言って聞いてくれなかった。

 こんな格好は嫌だ、何故内股に布が無い、何故空気循環がこんなにもスムーズなんだ!!

 少しだけスカートを意識して、両足を閉じてみた。そんな自分に更に嫌気がさす。


「……?」


 再び迫りくる騒々しい音、思わず壁によりかけ座らせていた身を起こした。

 ソラも僕に振り返って来た。敵がまた近づいてくる、と、視線を合わせ意識を共有する。


「矢琴、疲れてない?」


 ソラは大股の足取りで僕の元にまで歩み寄り、手首を掴んできた。


「こっち!」


 先ほど僕が鈴音子さんの腕を引いた時とまるで同じポーズだった。走らされた。

 少し転びそうになったけれど、もちなおして彼女に問う。


「何で僕を助けてるんだよ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? ここで矢琴を置き去りにするなんて気分の悪いことできないの! 休戦よ休戦!」


 律儀な奴だ。ちくしょう。心の底から思わされる。













 逃げて、二人で逃げていた。

 不可抗力的にではあるが、奈乃沙先輩が隠れているらしい三階にまで僕達は辿り着いた。

 遠い場所で押し問答を繰り返したような怒号は聞こえるが、周囲に人影は見えない。


「……本当に、奈乃沙先輩が家庭科室にいるの?」

「あぁ。多分間違いない、話を聞く限りじゃ、そこに潜伏してるはず」


 計画を話してやれば、彼女は乗り気だった。敵の敵は味方、という奴だ。


「信じるからね。矢琴は先に行ってて、私もできるだけ人連れてくるから」


 ここまで走った疲れを微塵も感じさせない素早さで、彼女は俺の前から姿を消す。

 彼女の体が丈夫なんじゃない、彼女は気丈な、頑張り屋である。意地っ張りとも言い換えられる。

 僕とて負けてはいられない。棒になった足をひきずりながら、繰り返される怒号のへと向かってみた。様子を確認せねばならない。

 変わり映えのない廊下を突き進み続けて、進み続けて、いくつの部屋や曲がり角を超えただろうか。

 まだ家庭科室は遠いはずなのに、見えた。角から覗きこむ形で、確認した。


『ざまぁないですねぇ男子達』


 一人の女子が足蹴にしているのは、僕の仲間だ。十数名が、無残にも転がされている。

 フフフとサディスティックな笑みを浮かべる女子達に対し、男どもはひれ伏して、苦しそうに呻くばかり。

 ……なんて凶悪なやり口だ。数の暴力だろう、敵の女子は廊下に、数十名近くは見える。


『え? ソラさんの居場所が分かったって?』


 中でもリーダー格らしい女子が、わざとらしいくらいの発言をする。

 ピンときた、初葉の虚報が今になって効いてきたのだろう。


『この時を待っていたわ……! みんな行きましょう!』


 指揮のままに動き、ドタドタと消えていく女子達。僕のすぐ近くを通ったが、身を隠した。

 今、廊下には敵の姿は誰も見えない。倒れている男子達のみである。

 廊下に出て一人一人の肩を揺すってみたが、効果は無いらしい。動けそうな人間はいない。……僕一人でも家庭科室に行くべきか。しかしそれでは、返り討ちに――


「矢琴!」


 一瞬で分かった。聞き慣れた、ソラの声だった。

 振り返ると、十名近くの女子を連れた彼女の姿。

 闇に見えた光明だった。これだけの人数が居れば、行けるかもしれない……。


「感謝しなさい? 私が手伝ってあげるんだから」

「……そ……そうだな、礼だけは言っておくよ」


 珍しく、素直な感謝をしてみた。


「えへへ」


 頬をほんわかと赤らめて、ソラがソラらしくない、笑い方をしていた。

 気持ち悪かった。









 駆け抜けていた。ソラとその支持者達と共に、家庭課室までの道のりをだ。

 速く走れば走るほど、線のようになって流れていく廊下の景色。

 敵が味方になると言う物は頼もしくあり、そして同時に嬉しいものでもった。

 心を躍らせ、今見えた家庭科室の扉。

 初葉の虚報が効いたらしいとはいえ、不気味なくらい人が見当たらないのは、どうも怪しい。


「矢琴、行こうね」


 ソラが走る勢いのまま、部屋に差し掛かった。乗り込む形で扉を一気に開け放ち……。

 精寂だった。


「……え?」


 とぼけた声をあげるソラ。僕も追い付いて中を確認すると、息がつまった。


 誰も居ない。


 ただの、休み時間らしい家庭科室が、そこに広がっているだけである。


『矢琴さん、これどういうことなんですか!』

『説明してください!』


 ソラの引き連れた女子に悪態じみた質問を突き付けられたが、僕とて答えられない。

 心の中にポツンと小さな穴が開いて、黒くて、孤独だった。

 僕は、何もかもを信じ過ぎてしまったのだろうか。

 鈴音子さんの情報を鵜呑みにしたのは僕だ。情報が間違っていた……?


「フン、かかったな? まさか石の所持者全員を誘いこめるとは……これは上出来だ」


 何者かの声。

 同時に、ざざっと、とてつもない量の足音が聞こえてきて……背筋に寒い圧力を感じた。


「!?」

「……計画通りだ」


 振り返れば、大量の女子。

 先頭に現れたのは、メガネ。メガネを煌めかせながら気取っているらしい、メガネ男。

 通人だ。

 着目すべきは、彼の隣に奈乃沙先輩が立っていること、先輩と通人の背後には、大勢の女子が並び、立ち構えているということ。通人の二の腕に巻かれているのは、青色の腕章だ。もちろん、彼の引き連れた大勢の女子達も、同じ色である。


「通人……」


 何故ここに大量の青腕章がいるのか。

 理由は簡単だろう、僕たちの計画が敵に筒抜けになっていた。


「矢琴、僕は僕が有村を裏切ったことについて、弁解するつもりは無い」


 メガネ。


「多少のルール違反であることも認めよう。しかし僕はぶふぉぁっ」


 ソラに、顔面への飛び蹴りを浴びせられていた。

 倒れたメガネをよそに軽快な着地を決め、今度は僕を睨みつけてくる。


「……私を騙したの? 矢琴」

「え、それは……違う、誤解――」

「うるさい! 言い訳しても無駄なんだからね!」


 口喧嘩をしても、状況は変わらなかった。

 怒り狂って迫ってくるソラ、すぐ目前に彼女の顔がある。

 冷や汗を感じつつ、彼女の怒りを受け止めつつだった、青色腕章の軍団をみやる。


「……氷川矢琴……」


 先頭に一歩飛び出た奈乃沙先輩がぽつりと、口にしていた。僕の名前を呟いたことまでは理解したが、それ以上は聞きとれなかった。

 次には彼女、僕達を小さく、指さしてくる。ヤバい、とは思った。


「……残念だけど」


 ソラの肩を持って引き離し、逃げろと叫んだ。形振りも構わず、僕も逃げ出した。


「……勝たせてもらう、から」


 青色腕章が突然わきたった、各々に叫びつつ、僕達を追いかけてくる。

 待ちなさい、やら、捕まえてやる、やら、ソラさん大好きです、やら。

 体を振るようにして僕は、ひたすら走るしかなかった。ソラ達も逃げているだろうが……様子を確認する暇は無い。

 迫ってくる女子を引き離そうと、走るのが精いっぱいだ。

 何故、僕たちの計画が奈乃沙先輩に露呈していたのか。恐らくは通人の奴が情報を漏らしたに違いない。全てを信じ過ぎたんだ。初葉だっていつ裏切るか、いや、そもそも僕の味方なのかすら分からない。

 人を疑うような真似はしたくない。だけど僕が疑心に至るのは仕方無かった。あまりにも素直な初葉の態度。何より初葉は、選挙工作のために、僕の家へと潜り込んできたんだ。

 差し掛かった階段は、全段を省略するように飛び降りた。

とっさに上階の様子を見たが、まだ彼女達の姿は見えない。

 ただ確かに、近づいてくる声ばかりがあった。











 余裕に任せて見回してみたが、ソラ達の姿は影も形も見えない。

 やはり逃亡に次ぐ逃亡の中で、はぐれてしまったのだろう。

 僕はひたすらに廊下を走り抜けた、敵からは随分と距離を離したが、安心はできない。

 ふと、何かに気付く。ふと隣を通りかかった、教室の中だ。……誰か……居る……?

 不穏な気配に足を止めた、恐る恐ると視線を向けてみる。


「……矢琴か?」


 向こうの人物も、僕に気付いているようだ。

 教室後部のロッカーを手探りながら、奴はこちらを見つめていた。


 有村だ。


 酸素を欲しがる心臓が、ふわりと柔らかくなった気がした。

 僕は助かったのか? ……助かったんだ! 有村の頭に後光が差して見える!


「有村、助けてくれ、追われてるんだ」

「……ほぉ?」

「ところで、お前は?」


 僕が言葉に込めたのは、こんなところで何をしていたんだ? という旨の質問だ。

 わざわざ一人で別行動をとると言っていたほどなのだ、有村にはよほど重要な用事があったのだろう。味方にも言えないような、もしかしたら選挙に勝利するための秘策があるのかもしれない。


「よく聞いてくれた。……フン、今日の俺は……良い仕事をしたと思うぞ?」


 奴はロッカーを探る手を止め、片頬を釣り上げてのしたり顔。億劫そうに膝を立てると、廊下の僕に面する形で歩み寄ってきた。

 背中には、唐草模様の風呂敷を抱えていた。


「もったいつけるなよ。結局何してたんだ? そんなことを堂々と言うからにはさぞ立派な仕事を――」

「ブルマ泥棒」

「ちくしょう」


 脱力した。


「見られたからには仕方ない。お前には後で分け前をやる」

「何の?」

「ブルマの」

「バカじゃないの」


 駄目だコイツは。有村はもう駄目だ。人じゃない、人として終わってしまっている。

責めるような視線を向けても、有村は余裕そうに、且つ楽しそうに、胸を張るばかり。

 ふと、雑な足音が数多も数多も、僕の意識に介入してきた。

 女子が追い付いてきたらしい。


「くっ……奴らもう僕に追い付いてきた……」

「うろたえるな矢琴。相手は女子だ、女子なりの対策法がある」


 迫りくる足音に対する形で、有村が廊下に立った。

 無駄に落ち着き払った奴の態度は、根拠のない安心を得るに易い。

 僕は逃げることもせずに、有村を見つめていた。

 奴は強く廊下の真ん中を踏みしめ、仁王立ちしてみせる。


「ここは俺に任せろ。お前は先に行け」

「有村!?」

「心配するな。なぁに。俺は生き延びて、すぐお前に追いついてみせるさ」


 駄目だコイツ台詞的に絶対死ぬ……!


「フン、だから行け矢琴。次の授業が始まるまでに、奴等女子どもは俺の返り血で赤く染まっているだろう」

「それじゃあお前が死んでるよ」


 今まで感じていた根拠のない安心が、瓦解した。ガラガラと音を立てるでもなく、ふにゃりと期待が折れる。


 とたん、意識が逆立った。

 廊下の突き当たりから青腕章の女子たちが姿を現したのだ。

 堅牢な造りの校舎を震わせそうな足音を響かせつつ。雑兵どもがわらわらと。


『いた! 氷川矢琴よ!』


 敵が指さしてくる。

 有村は尚も動じなかった。

 廊下のど真ん中、つまり奴らの進行直線上から、動く気配が一切無い。


「矢琴行け」

「でも有村……」

「行けぇええああッ!!」


 言葉に背中を押される形で、走らされる。

 幾分か、何度も呼吸をするだけの時間、無心で走った。

 ちくしょう……何が行けぇええああだよ。

 感謝は忘れない。

 やはり背後が気になり、首だけを振り向かせる。

 女子達が有村に襲いかかろうとしていた。


「フハハ! 次期生徒会長候補有村要也を舐めるなよ女子ども」


 勇んで敵の軍団に指をさし、口上。

「これが俺の覚悟だ……性剣解放ッ!」


 有村は悠長にスラックスのベルトをかチャリカチャリと触っている。

 腰元のズボンをわしづかみにして。

 脱いだ。


『きゃっ……』


 女子達が止まった。

 顔を引きつらせる女子達。目を覆う者、硬直する者、凝視する者、様々。


「俺に触れるだけの覚悟がある奴はかかってこい。ほら、どうした?」

『きゃあぁああぁああ!!』


 それはもう、阿鼻叫喚。廊下の窓という窓を割りそうな程の金切り声が、荒ぶ。

 僕は後ろを振り返ることをやめた。

 ただ、前だけを見て生きて行こう。そう、心に決めたのだ。

 あいつ色々酷すぎる。












 男子棟に逃げ延びたと同時、鳴り響くチャイム。汗は幾千の滴、髪さえも濡らしていた。

 廊下の壁に手をつきながら、歩く。肺に焼けた鉄でも放り込まれたような苦しさだ。

 とにかく……闘いは終わった。

 僕達が罠に嵌められたという事実は確かだが、状況は一つも後退しちゃいない。


「……」


 廊下の片隅に、一人の女子が居た。壁に寄り掛かるようにして、座りこんでいる。

 綺麗に揃って垂れた横髪。

 鈴音子さんが、三角にした足に顔をうずめるようにして……そこに居る。


「鈴音子さん、大丈夫だったか?」

「……」


 声をかけても、更に深く顔をうずめるだけだった。


「作戦自体は失敗だったけど、鈴音子さんは立派にやってくれたさ。あと一歩だった」

「……逆です。あと一歩で、負けてしまうところでした」


 膝にうずめた顔を半分だけ覗かせて、チロッとこちらを見上げてくる。

 まだ、僕たち以外の誰も戻らない廊下は……とても風通しが良い。

 そんな、スカスカとした空間だった。

 突如、彼女は立ちあがった。まず目を伏せて。次に、僕に頭を下げて、言う。


「ごめんなさい」


 含みの一切感じられない、澄んだ謝罪だった。


「鈴音子さんのせいじゃないだろ?」

「……奈乃沙の居場所について妙な情報を流して、皆さんをあんな状況に追い込んでしまったのは、私です」

「だけどあれは」

「最初、やっぱり私はすごいなって、有頂天になっていました」


 彼女は、少しだけ笑いながら。


「それも、とんだ間違いだったみたいです」


 これほど簡単に、人は自分の間違いを認めることができるものなのか。

 変な人だ。妙に自信家だったり、やたら自分に厳しかったり。


「私、もっと頑張ります! だから……」


 うつむかせていた頭をふりあげて、真摯に僕の目を見つめてくる。


「だから……」


 彼女は言葉に詰まっているようだった。ただ、僕を見つめてくる。

 彼女の瞳を介して、光を介して、見えるもの。

 よく分からないけれど、言語化出来ないような気持ちだけは確かに伝わってきた。


「そうだな」


 いつの間にか整っていた、僕の呼吸。

 苦しさの後に、深く息を吸うのは、肺が大草原にでもなったような心地だった。

 ちょっと口を結んで、笑ってみせる。

 彼女の頭に、手を置いた。えへへ、みたいな声も漏れた。

 僕の手に頭を支えられ、彼女の表情からも、戒めのような暗さが取り払われていく。


 僕も、もうちょっと明るく笑ってみた。


「その顔、可愛いです矢琴君」


 褒められるのは、嫌いじゃなかった。


 なんか、戦いは終わったんだなって、実感できる。


 彼女が僕を呼ぶ際の敬称が、『矢琴さん』から『矢琴君』に変わったのだと気付いたのは、まぁ、次の時間に授業をボケボケと聞き流していた時の事だ。


鈴音子さんは他の小説にも出演させようかと思います(意味深)。

彼女のことは大好きです。もちろん作ったキャラみんな大好きです!

そんなキャラ達を見守ってくれている、読者様も大好きです!

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