【第四話】赤い空と鈴のネコネコ
今回にてヒロインがどばーっと増えますっ!
ヒロイン各人に関しては、最悪から少しずつ良い印象に~という考えの元に進めております。読者様に少しでも萌えを感じさせることができれば……と、努力させていただきます!
萌えに関してはただ今勉強中でありまして、もし少しでも『こうしたほうがいいよ』等のご意見などがあるかたは、何かしら伝えてくださると幸いです。指摘でも感想でも構いません、心臓と体を踊らせて喜びます!
……しかし、今回投稿するにあたって全文を読み返してみたのですが。
ここらへんの話は即興感がバリバリ全面に出てしまっていますorz
さぁ朝だ。殺人的に爽やかな日差しは、寝ぼけ眼を刺しやがる。
ひとまずは、登校せねば話は始まらない。
僕達がどれほどの佳境に立たされたとしても、学校は平常運転である。
初葉が自分の学校に行っている様子は無かった。テスト休みか何かだろうか。
今頃、僕の布団を強奪して、今頃すやすやと寝息をたてていることだろう。
昨日の晩はとても寒かった。……風邪とか、(僕が)ひかないといいけど。
というのもだ、初葉の奴、布団を占領しやがって……。まったくもって羨ましい。
心中で呟きつつ、ひと気のない生徒玄関にまで足を踏み入れた。
遅刻気味だから、周囲には、既に誰の姿も見えない。
自分の下駄箱を、開く。
「……!?」
ラブレターと思しき何かが封入されていた。
「こ、こここれ! これって!?」
目にした途端、心は短絡的な驚きと喜びに心臓が跳ねあがった。
だって、ラブレターだ。
純白の便箋だ。
これでもかってくらいの、ピュアな色だ。
神秘的な光景。僕は音をたてて生唾を飲みこんだ。
迷わずに、尚且つ、恐る恐る便箋を取り上げ、両手に持った。
喉と手が震える。静まらない胸に手を置きつつ、一先ず便箋を裏に返した。
どうも差出人の名前が記されてい――
『沢井 大五郎』
あぁ死のう。
男子にラブレターを貰うのは何度目だ。毎度、学習もせずに喜んでる僕はバカなのか。
いい加減、一回くらい女子が来てくれてもバチは当たらないと思うのに。
生徒玄関の寂しい空気に身をゆだね、しばらく諦めに近い絶望を味わっていた。
目を細め、ふぅ、息を吐く。
「矢琴か」
また心臓が跳ねあがった。強めの声に対し反射的にびくつく。
とっさにラブレターを下駄箱に突き戻して、隠すように体を振り返らせた。
背後に、そびえるようにして立っていたその男は……有村だった。
「お、おはよう、有村」
「ラブレターか。モテるな、美少女は」
「だ、黙ってくれ!」
こんな風景が、僕の日常だ。
「沢井……手紙返すよ。悪いけど僕は男で、その……やっぱり、絶対に付き合えないと思うんだよ」
『矢琴、何言ってんだ。お前は女だろうが』
「女じゃないよ。ナチュラルにそんな事言うのやめてくれよ」
教室の喧噪を背景音楽としつつのやり取りだった。僕は沢井君にラブレターを突き返す。
「それじゃ」
逃げるようにして自分の席に着いた。沢井の告白を断るのはこれで……何度目だ。
それじゃ、とはいうものの、彼と僕は同じクラスであるからして、顔合わせを避けるは不可能。
なかなかに、難しい問題だ。
教室の戸が開く。
乗り込んできた担任は教壇に立つが早く、ホームルームを始めた。
昨日のうちに運び入れた新たな机は、最高列中央である僕の席から、すぐ左隣に配置されていた。
誰がこの席に座るのか、楽しみではある。
教室は全員が着席した状態だった。
このホームルームにて、いよいよ転校生の紹介となるであろう。
「転校生、入りなさい」
カタブツ美形で有名な我がクラスの担任が軽く目配せをすると、教室の戸が開いた。
教室中が固まり、え? は? 疑問の声がチラホラ。 僕も、「あれ?」とは思った。
入ってきたのは、女子だから。
思考が付いていかない。
静かに、静かに状況を見つめることしか、出来なかった。
「女子だな。……おっぱいが大きい」
有村が小さく、淫靡に呟く。
……彼の発言に遅れて、僕もようやく、目の前に存在する非常識を実感した。
やっぱり、確実に女の子がそこにいる。
第一印象は、か弱そう、だった。セミロングほどの髪を左右にしとりと垂らした、肌の白い女の子。
綺麗で大きい、小動物に通じるものがあるような、目をしていた。
……彼女は、緊張気味なのか、上目遣いで、教室中を見回してくる。
「彼女は本人たっての希望で男子棟への入学となった。これは特別な措置だ」
担任が語る間に、転校生は教壇の隣にまで歩いた。
彼女はクラスの全員に向けて向き直り、まるで不思議な物を見つめるような呆けた表情をしながら、口を開く。
「……三ノ宮、鈴音子です。どうか、よろしくお願いします」
礼儀正しい口調に、どこかしらフワフワとした声音。
彼女は深々と頭を下げてきた。
おぉっとざわめく普通科生徒の男子諸君。
彼らの気持ちは凄く、気持ちは分かる、彼女は可愛い。
しかもどうだ、本物の女子がこのクラスに加わるとなれば、流石に、僕ばかりを恋愛対象に見る男子も少なくなるのではないか。彼女のこれからを思うと少しばかり不憫だとは思うが、僕のような『男』より、本物の女子を好きになる方が……クラスメイト達にとっても、ずっと良いことに違いない。
何だかんだで、胸には世界まで溢れ出しそうな感謝がわき上がった。
「他に何か、自己紹介があれば言っておきなさい」
担任が黒板に、三ノ宮鈴音子の漢字を刻みながら語りかける。
彼女は慌てた様子で頷き、制服の裾を握った。そのまま、早口で言葉を並べ始めた。
度々、静かな歓声があがる。
「えっと、趣味は料理とか、絵とか、買い物とか、読書とか……えっと、色々です」
語る口調はなめらかではなく……。
「他にも趣味はあって、他には……あれ? えっと他には……」
気まずさに静まった教室。
『鈴音子ちゃんカワイイー!』
彼女を応援したいのか。男子らしいセリフが、可愛げない野太い声で叫ばれた。
「え?」
褒め言葉に身をこわばらせる彼女。
しばらく黙りこんで、思考がマイナス方向へ傾くには十分思索には十分な、沈黙。
誰もが彼女を見つめ、ただ中黒の点を頭上に浮かべる。
怯えているのかと思われた、彼女の表情は、よく見れば照れでも喜びでもない。
キョトン、だった。
静かに大きな瞳で発言者の男子を見つめつつ、鈴音子さんは、不思議そうに口を開いた。
「カワイイだなんて……当然のこと、ですよね? 私が一番可愛いんだもん」
何を言っているんだこの女子は。
想像の斜め上どころか正反対を直進しやがった。
『え?』と聞き返す間すらも与えられず、彼女は続ける。
「知らないなら知ってください! 私は、何もかもに於いても、一番の人間なんです!」
告げて、満足そうな笑みを浮かべる鈴音子さん。
ピキリと、彼女の笑顔と同時に何かが壊れた気がした。
彼女の表情が明るくなるのにつれて比例し、凍りついていく教室の空気。
彼女が教室に姿を現した瞬間と同じ、いやそれ以上の静寂が、再び場には訪れた。
流石に一時限目開始前の休み時間に選挙活動として石とり合戦を繰り広げるのは、酷だ。
基本的に、一時限目開始前の時間帯は選挙活動は禁止の扱いとなっている。
選挙期間中の、唯一休み時間らしい休み時間というわけだ。
転校生、三ノ宮鈴音子さんの席は、予定通り僕の左隣と決まった。ドキドキだ。
担任が補足として彼女の簡単に不幸な家庭事情や転入の理由を、語っていた。
その時点で彼女が、金持ちの家に生まれた箱入り娘だと言う事は、簡単に理解する。
世情を何も知らずにチヤホヤと育てられればなるほど、男子棟に入学するなどのワガママや、あんな自己紹介も吐けるようになるだろう。唯我独尊の少女、良いか悪いかはともかく、かなり個性的に思える。
『っしゃああ!! うちのクラスに二人目の女子がやって来たぞぉ!』
授業前の休み時間。教師が教室から姿を消した途端にあがった声だ。
教室は男子達の狂喜乱舞一色に狂った。
男たちは、土砂崩れも真っ青な勢いで鈴音子さんに詰め寄っていく。
「ようこそ鈴音子さん! 歓迎だ!」
「……は、はひ、よろしくおねがいします!」
彼女が身を引くのも無理はない。
この状況には命の危機を感じる方が正常な思考の持ち主というものだ。
望まずとも経験者となっていた僕には、彼女の気持ちがよく分かる。
だからこそ、僕が彼女を助けよう。
決めると同時に机を強く叩いて、席から立ち上がった。
「僕に、ちょっと彼女と話をさせてくれ」
彼女に取りついた男子共を、半ば強引に追い払った。
下心が無いと言えば嘘になるが、これが、彼女を男子達のテンションから守るための行動だというのは、嘘じゃない。男子達は教室の端にまで逃げおおせた。こちらを見つめつつ、怯えた幼児の如き眼差しで僕を見つめている死ね。
ひとまずは、ようやく落ち着いた状況に、肩を下げて息をつく。
「ごめん転校生。こんなクラスだから……まぁ、頑張って慣れて、頑張って」
自分でも思えるくらいの綺麗な笑顔を彼女に向けてやった。多分歯とか光ってる。
「あの……ありがとう」
上目遣い気味に、オドオドと礼を述べる鈴音子さんは、とても愛らしい物があった。
どうして、彼女は男子棟への通学を望んだんだろう、こんなに、男を怖がっているのに。
胸がざわつかないと言えば嘘になる。僕も餓えた男子の一人なのだ。目の前で僕を見つめているのは可憐な女子。これを機に何とか『素敵です! 私と付き合って!』なんて言われたい願望は、心の奥底から表層までの全てに浮かんでいる。言ってくれ! さぁ言え!
だけど
「キミ……女の子ですか?」
彼女が口にしたのは、僕がもっとも望まぬ質問だった。
「……」
彼女に悪気はないんだ。
「どうしたんです?」
「いや……僕は女じゃないんだ。……こんな格好はしてるけどな」
どうも居心地が悪い。
僕はそっぽを向き、切り揃えた前髪に触れつつ、答えていた。
「そ、そっか。何だか、凄いですね」
何が凄いんだよ何が。彼女に心の中で指摘しつつ、呆れ気味に笑った。
ふと、教室の角に集った男子群が視界の端に入る。僕達を見て百合だレズだと騒いでいるらしい腐れ。
「私、教科書忘れちゃったから……良かったら、キミの見せてもらってもいいですか?」
「あぁ、うん。隣の席としちゃ当然だよ」
あんな自己紹介で場を賑わせた彼女であるが、良かった。僕は安堵する。
結構、良い子じゃないか。
「ところでさ、鈴音子さんは……どうしてわざわざ男子棟なんかに入学してきたんだ?」
沈黙を避けるため、無理に話をつなげてみた。
「それは……」
「矢琴」
彼女の声を遮るように突如、遠くから声。有村だ。
自分の机で教科書を揃えつつ、コチラを真っ直ぐ過ぎる瞳で見つめている。
奴は席から立ち上がり、歩み寄ってくると、僕の耳元にまで口を寄せてきた。
「そのまま三ノ宮鈴音子のバストサイズを小数点第二位まで調べあげろ」
ええぇ……。
言うまでも無い、有村は変態だ。
恋愛にも興味がない、ただの変態だ。
奴は性欲で生きている。奴の精神は97%が性欲。残りの3%は性欲で構成されている。
困ったものだ。
「この方は誰でしょうか?」
自身を囲んだドス黒い性欲に気付く由もなく、彼女は穏やかな笑顔で尋ねてきた。
「僕の友達だよ。有村要也。変態と認識して構わな―」
殴られた。
「有村は聖人君子のような人間です……」
涙目で、偽の笑顔が引き攣っていたかもしれない。
「有村君は最高です!」
自棄気味に叫びつつ、心の中で「死ねばいいのに」と付け足した。
「有村君……? へぇー……、とても、頭が良さそうな人ですね」
「……いや」
せっかくの褒め言葉を、有村は自ら否定して見せる。
近くの席から椅子を引き出し、足を組みつつ座る。面白くなさそうな顔だ。
「残念ながら、俺の頭脳は人並みの出来でしかないな。俺より、このオンナオトコの方が随分立派なもんだろう。少々抜けたところはあるが、成績や閃きの良さだけなら、断トツの一番と認識して間違いはないんじゃないか」
僕を解説する声に対し、「へぇ」と素直な感心を滲ませた相槌を打つ鈴音子さん。
「すごいですね矢琴君!」
「い、いやまぁ、それほどでも」
「じゃあ、これからは私が一番で、矢琴君は二番になるんですね!」
唯我独尊。
手を打つと同時の爆発的な発言に対し、とっさに彼女の顔を見ると、笑顔を向けられた。
返す言葉は彼女の笑顔にせき止められて、喉元より上にも込み上げない。
「……どうしたんですか?」
「ほぉ、謎のお嬢様転校生が矢琴を超えるだと? なんだその、意味が分からん自信は」
有村の眉が、珍しく動いた。感情を示さない彼にとっては珍しいことである。
「言っておくが矢琴は凄いぞ? そう簡単に負けるとは思えないな。矢琴は凄いんだぞ」
僕を使ってでしか彼女に対抗できない有村が可哀そうだ。
「そんなことないですよ、きっと私の方が勝ちます!」
急に語気を強め、有村に反論する彼女。対し有村は感心したように息をつく。
「……なるほど、お前が矢琴に勝つ自信があるのなら、勝負して証明してもらう」
「勝負?」
僕と彼女が声を揃えて訪ねたが、有村は軽く素通りして席を立った。
教室の尻に設置されたロッカーから、生徒ご用達のオセロ板を取り出して、僕たちに向けて掲げる。
自由な学校だ。ボードゲームやトランプの類の持ち込みは全面的に許容されている。
生徒が学校に寄付するという形で、それらの類を常備する教室だって珍しくない。
「矢琴君が私とオセロで? いいですけど、絶対私が勝ちますからね!」
「フ、お嬢様だか何だか知らんが、その自信を粉々に打ち砕いてやる! 矢琴がな!」
有村はとても可哀そうな奴だ。
僕が勝った。
一面真っ黒に染められたオセロ盤を前にして、彼女はまごついている。
有村相手よりはいくらか苦戦したけれど……それだけ。彼女にそれ以上は無かった。
「あ、あれ? んと、家の使用人とオセロやったときは、私一回も負けたこと無かったんですよ? 本当ですよ!? ……偶然に決まってるよね、ね? もう一回やってください!」
まただ。
二度目の勝利。教室の端からこちらを伺う男子の群れが、ざわついていた。
「お、おかしいなぁ、矢琴君強いんですね……。でも負けるのは今回まで。絶対次に勝つのは私ですからね! だって私が一番だもん。だ、だから、もう一回やりましょう?」
彼女の笑みには、隠したくても隠しきれないような焦りがに染みだしていた。
「ね、お願いだから……もう一回!」
三度目、勝ってしまった。
静かに彼女の瞳がうるみ始めたのに気付いて、しばらく何も言えなくなった。
さすがに、可哀そうじゃないかと、単純に、思わされたからだ。
「ま、負けたんじゃありません! 今日は調子が悪かったんです、わ、私が一番だもん!」
溢れた涙を目尻に溜めたまま、拭うこともせずに彼女は言い寄ってきた。必死の形相だ。
僕はどうすれば。考えは巡り巡ったが、結局バツが悪そうに縮こまるしか出来なかった。
男子の群れが僕達を指さして、静かに騒ぎたてる。
聞き耳を立てれば一言一句を逃さずに聞きとれるレベルだ。
『おい鈴音子さん、泣きそうじゃないか? やっぱ泣いてても可愛いな!』
『いやぁ、僕はやっぱ、矢琴のが可愛いと思うよ? 矢琴は性別を超越してるんだ』
『あのナルシストぶりも鈴音子さんの魅力なことに気づいた俺は、断然鈴音子さん派だ」
『何だと!? 矢琴に決まってんだろ!』
『落ち着けよ……。まぁまぁお前ら、どっちも可愛いってことでいいじゃねえか』
『じゃあ俺も可愛いかな』
『ううん』
勝手な事ばかり言いやがって、僕は女子ではない。男だ! 正真正銘の男だ!
女子と呼ばれることに慣れてしまっては、人間としての何かが終わってしまう気がする……!
『よし、じゃあせーのっ』
最終的にはクラスの総意として『鈴音子さん頑張れー!』との斉唱であった。
僕に苛立つ暇は無かった。
斉唱の効果は、裏目にしか出なかった。
彼女はひくついたようにしてオセロ盤を見つめ、口元を歪める。しきりに洟をすする。
うう、と唸る。
……ついに。
「私が……わたしがいちばんなんです……」
泣いてしまった。
彼女のすすり泣きに締めつけられたようにして、動けなくなる僕、そしてクラスメイト達。
彼女は袖で目元を拭い続けるが、涙はとめどない。誰も、何も出来なかった。
そんな中、ただ一つ、足音。悠然と。有村が彼女の隣に立ち、その泣き顔を見下ろした。
彼女も不思議そうに、有村を見つめる、見つめ合う。有村はポケットに片手を差し込んだ。
溜息。表情に差し込んだ暗い影……。ぴたと泣きやんだ彼女を前に、口を開く。
「……敗北者には罰を……受けてもらおう」
風姿には、確かな力強さと、威厳があった。
不敵な、見る者の心を凍えさせるような、片笑み。
最後に決めたのは、静かな、一言。
「揉ませろ」
有村は男子連中に連行された。
「うおぉおあぁァアッー! 何しやがる! 痛いだろうが!」
集団暴行を受ける有村に冷ややかな視線を送りつつ、うんと伸びをした。席に座る。
鈴音子さんの机前には長蛇の列。オセロ対局の順番待ちらしい。
……意外に鈴音子さんは、健気だった。
負けてからもずっと、男子相手に練習を繰り返し、繰り返し。
そうする理由は勿論、僕にリベンジを挑むためなのだろう。
時折彼女に決意の眼差しで睨まれるが……どうすればよいのか分からない。
僕らしくないと思いつつ、苦く笑い、手を振ることしか出来なかった。
もうすぐ休み時間も終わりそうだ。
次の授業を超えた休み時間からは、選挙活動が開始されることになる。
「……氷川、おい氷川矢琴」
文庫本でも開こうかと思った矢先、オセロの順番待ち最後尾の男が、僕に向けて真剣な面持ち。
何だよ黙ってオセロして遊んでろよ。
どうしたんだと尋ねる前に、彼は教室の出入り口を差して
「……女子が来た」
意外な情報だった。
彼が指さした方向は確からしい。外に人影。
明らかに、見覚えのある女子が居た。見ないふりをした。
彼女は、澤田ソラは……今の僕たちには危険だ。女子棟一年大将格の女子である。
澤田ソラは女子なのに、女子にモテる。そんな女子。でもやっぱり女子だ。
モテの理由は恐らく、彼女が持ち前ているリーダーシップや、気の強さから来るものなのだろう。
素直に羨ましい。それ以上に何よりも彼女は学園長の娘。権力者だ。
生まれ持っての地位すら持ち合わせている。
更に更に、僕や有村とは小中高を全て同じくする……いわば、幼馴染、という奴で。
昔からよく遊んだものだ。思い出は語るに数えきれないだけ存在している。
しかし……現在の彼女に対し、僕が会いたいか会いたくないかと言えば……。
「矢琴!」
名指しで呼ばれて、反射的に肩が跳ねた。明らかに怒りを孕んだ声音である。
やっぱりソラの奴、僕に用があるらしい。
無視を決め込みつつ横目で確認したが、彼女、眉間にしわを寄せて、明らかに怒ってる。
誰か、助けてほしい。
「話があるの」
ソラは自ら、一歩一歩を大きく、ズカズカと教室の中にまで乗り込んできた。
入室の際に足を止め、「失礼します」お辞儀するソラ。やたら律儀である。
有村周辺を除いた全員の視線を一手に寄せ、纏い、顔を赤くしながらも気丈らしく胸を張って。
「どういうことなの!」
僕の席に押し寄せてきた。
正面から、机に身を乗り出すようにして問い詰めてくる。
前髪をピンで留めた、ショート気味の髪。生徒として模範的な髪型だ。
訝しげな表情と共に、軽く首を傾け、髪をしたっと揺らすソラ。
彼女の顔は、僕の目前。
「どういうこと、と言われてもだな」
「有村はどこ?」
目尻に若干角度のついた、キツ過ぎずに気の強そうな目。
でも彼女は僕より体が小さいから、凄味が無い。
「呼ぶにしても、有村あんな状態だぞ?」
僕が指さした先では、背を丸め、男子達の蹴撃を一身に受け続ける有村の姿。
体勢の割には偉そうに
「ふはは! その程度の攻撃で俺を止められると思っているのか!」
……。
「何やってるの……? 有村の奴」
「新しい性癖だろうな」
「そう」
「それで、話は?」
「う、うん。……有村があんな状態なら、矢琴に聞くから……絶対正直に答えて!」
何を聞くんだろうか。気になりつつも、僕は座ったまま、目を伏せるばかりだった。
不機嫌を気取る。だって恥ずかしい。教室中の注目を買ってるじゃないか。
ソラ自身だって、顔が赤い。
しばらくは覚悟を決めるための沈黙、だった。
聞こえてくる音は、鈴音子さんがオセロをパチパチと打ち合う音。そして、有村周辺の騒ぎ声だけ。
長いまつげで縁取られたソラの猫目が、近い。髪の香りも近い。どんどん近づいて……。
近っ。
「質問は一つだけだから」
彼女はやはり、焼けた鉄みたいな頬をしながら、首を傾げ気味に僕を見つめていた。
ソラは、女子棟から生徒会長に立候補した人物の、一人だ。
選挙の立候補者は今期、三人のみ。
内、二人が一年生であるという珍妙な年である。
まず、男子棟からは有村一人。
女子棟からは、初葉の姉である奈乃沙先輩。
最後の一人が彼女、澤田ソラだ。
「矢琴」
バシリ、と名前を呼ばれて身が硬直する。
「矢琴は本当に、有村に投票することが正しいと思ってるの!?」
意味が理解できなかった。
「……」
彼女は何を言っているんだ、と、まず最初に思った。
「どういうことだよ。正しいに決まってるだろ、少なくとも僕には他の選択肢を選ぶ余地は無かった」
「……信じられない。やっぱり男子って、そういう人たちだったの……?」
謂われの無い、軽蔑。何が悪いって言うんだ。
僕は、お前のせいで負けられなくなったんだ。有村に投票して何が悪い。
「少なくとも僕は、お前にだけは投票出来ない! そしてお前を勝たせる訳にはいかない」
「な、何よ」
自制心から少しだけ感情がはみだして、声を張り上げてしまった。
少し周囲の目が気になって、見渡した。
鈴音子さんでさえオセロの手を止めて、コチラを見ていた。ふつりと糸が切れる。
視線なんか、気にしないことにした。
「おかしいだろ! 何でお前の選挙公約に、『僕を女子棟に編入する』なんて項目があるんだ」
強めに言いつけてやるだけで、彼女は頬をぴくりとひくつかせた。
視線を逸らしている。
まごついている。
身じろいでいる。
「そ、それは……言ったでしょ! 女子の間でも結構賛成は多いんだし、矢琴が女子棟に来てくれても……問題、ないんだけど?」
「知るか、僕は僕が女子棟に行かねばならない理由を聞いているんだ!」
「う……」
ソラが当選した暁には、僕は生徒会長の権限で女子棟に強制編入。恐ろしいことだ。
女子棟で待ち受けているのはハーレムとは思えない。僕自身が女子と同化した生活。
自分を女の子と認めるなんて、たまったもんじゃない。何の嫌がらせだこれは。
「だって……それくらい許しても良いじゃない!」
良くない!
「矢琴が女子棟に来てくれたら、私が嬉しいとか嬉しくないとか、そういうコトじゃないんだからね。勘違いしないでよ! 好きだから近くに居て欲しいとかそんなんじゃ……!」
クラス中の男子達が、くわっ、と一斉にソラを見たのは、気のせいだろうか。
あまり視線を気にしている余裕はなかった。僕だって反論することに必死だ。
「当然だろ! お前が僕のことをそんな風に思ってるわけが無い!」
今度は僕が全員から一斉に見つめられた気がした。
何故だ、そしてなんて痛い視線だ。
「お前はいつも怒りやすいし、融通利かせてくれないし……仮にソラが僕を好きだったとしても、そんな理由で僕を女子棟に入れるんだとしたら、公私混同も甚だしい最悪の理由でしかないよな」
ついには席から立ち上がって、僕は訴えた。
強く、強く反論すれば勝てるだろうと思っていたから。
「……」
「……な、何だよ? 何で黙ってるんだ?」
ソラが、静かだ。
……何で? もしかして……酷いこと言っちゃったの、か?
ソラは、静かに視線を下げ、俯いたまま、黙っている。
何だってんだ。怒りやすい、なんて貶し言葉を言ってしまったせいか?
ソラって、こんなに繊細だったのか……? やっぱり、女の子ってことなのか。
彼女を女性として見たことなんか無かった。発言が少し無神経だったかもしれない。
「悪い、ソラ。言い過ぎたよ」
謝っても尚、やっぱり静かだ。
「……うるさい」
ポツリと、ソラの声。洞窟に垂れる水音程度の、本当に微かな声だった。
いきなり、何を言い出すんだコイツは、やっぱり怒ってるのか?
急いで彼女の顔を覗き込む。
「お、おいソラ」
「うるさいうるさいうるさい! 矢琴うるさいの!」
「は、え?」
「男子の癖に、何で私に口答えしてるの!? ふざけないで! 矢琴は私の言う事だけ聞いてればいいの!」
「……は、はぁ!? ふざけん――」
「黙りなさい! とにかく、有村に覚悟しておけって伝えておいて!」
ソラは、泣き声紛れのような声で俺達に伝えると、最後にフンと鼻を鳴らす。
来た時と同じ力強い歩み、しかし逃げるようにして、去っていった。
教室を後にする際、泣きそうな声で「失礼しました」律儀に頭を下げて、戸を閉める。
僕は立ち尽くした。
考える。
沸々、心の中に置かれた鍋が煮えてくる。お湯がこぼれる。体が、熱くなった。
「……何っだよ! あいつ!」
床を蹴飛ばして、彼女のいなくなった教室の出入り口を、頑張って睨みつけた。
昔はあんなこと言う奴じゃなかったのに……。
『男子の癖に』、だと? ふざけるな。やはりソラも、この学校の風潮に毒されてしまったんだ。
「……ちくしょー」
少なくとも澤田ソラには、僕は僕の敗北を許すわけにはいかない。
意地と利害が一致して、僕の中で固く固く、その気持ちが結ばれた。
鈴音子さんは、この話について完璧にネーミングミスになってしまいました……。
すず・おとこ、という風に読めてしまいますが、彼女は正真正銘の女性です!
すずねこさんです! もし紛らわしい思いをさせてしまった場合は、本当にごめんなさい!