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【第三話】宴に一人は炒飯死

矢琴くんのキャラ造形に少しばかりの不安が残ります。

たまーに女言葉になるところが違和感として残ったりする……かな? うーん。

あと、ツッコミの言葉が少しキツすぎて、読者様を不快に思わせるようなことがあれば申し訳ないですっ!


ストーリー的にはここまでが序章になります。

ではでは、雑談もここまでに、よろしければ小説どうぞ!

 逃げきってさえしまえば、学校で過ごす残りの時間は全て平和へと転化してくれた。

 選挙活動をする必要もない。

 休み時間以外の活動は全面的に禁止だ。

 最後の休み時間を乗り切りさえすれば、その日の選挙活動は終了というわけである。


 残りの時間、モテたいモテたいなぁと、脱力気味に愚痴るクラスメイト達と同化して、時間を過ごした。

 我が校の男子は、女子とお近づきになること目当てで入学した人間が大半だ。昨年まで女子高だったココに入学すれば、さぞ華やかなハーレム生活が待ち受けているであろうと、僕だって入学前には夢見て……いないこともない。

 ……しかしまぁ、人に夢と書いて『儚い』とは、よく言ったものだ。我が校の真実を知った男子達は、結局、女に餓える日々を過ごす羽目に。


 今は下校中。

 僕は、自分の暮らすアパートにまで有村を連れ、二階の廊下を部屋まで突き進んでいる。


「今日は酷い目に遭った」


 有村がぶっきらぼうに目を流しながら、呟いていた。

 角度のついた太陽。緋色の陽光に、万物の影は長く押し伸ばされている。

 素直に、この町なりに、綺麗な景色だと思う。

 触れる空気は常に新鮮で、清々しいが、日光に染められたような暖かさも感じられた。


「全くだ。女子も、あんなに男子を毛嫌いすること……無いじゃないか」


 便乗するようにして呟いた。

 僕に対して友好的な女子は多いが、それはあくまで、彼女達が僕を『女』と認識しての事だ。

 ひたすらに男子になろうと努力する僕は、大半の女子から見て敵に相違無い。


「俺が言ってるのは、女子に追われた件じゃない。俺を酷い目に遭わせたのは、お前だ矢琴」


 何を言っているんだコイツは。バカじゃないのか。

 ハッ、変なやつだなぁ。昔からだけど。

 

「女子から逃げ遂せたあとだ。泣きながら『怖かった~』なんて俺にずっと纏わり付きやがって」


 !!


「言うな!」


 そこを突かれるのは、正直、痛い。


「そうして纏わり付いてくるのが女なら良い。お前が女だったなら、間違いなく俺も胸を揉んでいた」

「僕が女だったら、間違いなくお前の頚椎ひねり潰してたよ」

「フン、やれるものならやってみろ!」

「張り合うなよ!」


 僕たちは歩いた。


「……しかし矢琴。自分を男だと称するようなら、まず、その弱い弱い性根をどうにかしろ」

「……そうだよな」


 自宅の玄関先にまで辿り着いた。足を止める。


「お前はソラの奴にもよく泣かされてたなぁ。確か、蛙を投げつけられたんだったか?」

「やめて」

「全く困ったもんだ、お前は昔からそうだょブふぉッ!?」


 有村の顎に向け、飛びあがる。推進するまま頭突きを浴びせた。


「ッ……この野郎」


 大げさにのけ反った後、微妙な呂律で呟き、僕を睨む有村。

 無視して、僕は部屋の施鍵を解いた。

 ガチャリ、それらしい音を確認すると、ドアノブを捻る。スムーズな動きでドアを開いた。


 開けた景色。

 玄関。

 すぐ目前に見えた、小さな何者かの姿。

 彼女は満面の笑みで


「おかえり! お兄ちゃ――」


 ドアを閉めた。


 静まりかえる空気。


 冷える空気。


 沈む空気。


「死ね」


 ドアの向こうで何か怖いこと言ってる!


「矢琴……何だ今のバイオレンス・ロリータは」

「あぁ……今のがさ、学校で僕が言ってた『会わせたい娘』だよ」

「そうだったのか。じゃあここまでだ、俺は帰る」


 引き返そうとした有村の腕を引きとめる。


「ダメ。今日は選挙についての話し合いもするんだろ?」


 有村は変態として高次元の存在である代わりに、許容ジャンルが極端に狭いようだ。

 幼女に興味が無い、熟女に興味が無い。

 挙句の果てには、恋愛にも興味が無い、らしい(本人談)。


 相手が幼女であるという事実を明かせば有村がやる気をなくすのは分かりきっていたことだ。

 だから僕は、有村の腕を無理に掴んで、ドアを再び開く。


「離せ矢琴ォ! 離しやがれえええ!!」

「初葉! この男を部屋にまでひきずりこむのを手伝ってくれ!」


 開けたドアの向こう、再び姿を僕の前に表した初葉は、面倒臭そうに眼を伏せて


「何やってんの、お兄ちゃん。バカじゃないの」

「バカじゃないに決まってるだろ!」

「フッ」


 妹に鼻で笑われた!


「初葉知らないのか? この男、男子棟の立候補者の有村だよ!」

「え?」


 有村の情報を教えてやった途端に、初葉の表情が一変した。

 ぽかり、と魂が空洞になったような面。


「……有村? ホントに? 嘘みたい」


 呼び捨てだ!

 ムズムズと、初葉は徐々に目や口の端々を歪めていく。

 何かをふっ切ったようにして、彼女はついに有村の腕に飛びついた。


「お兄ちゃん! 手伝うよ!」

「うああああ離せぇやあああ!」


 やはり。有村の名前が判明した途端に、彼女は有村を引き入れようと協力し始めた。

 ようやく確信が持てた。やはりだ、やはりこの子は。










 カチャカチャと、食器同士が鳴り合う音を聞きつつだった。円卓を囲む僕と有村。


「ほぉ、あの子供が、敵側のスパイ?」

「あぁ。それも……物凄いバカで、強引だ」

「だろうな」

「昨日からどうしても帰ってくれないもんだから、僕の家で一泊させてる。あの娘、自分の学校まで休んで……ご苦労なことだよ」


 有村と顔を寄せ合っていた。横目で初葉の様子を確認しながら、話しあう僕達。

 初葉は有村を家に引き込んだ途端から、張り切って『晩飯を作る』などと宣言していた。

 現在は椅子を台座にして低い身長を補いながら、キッチンに立っている。

 鼻歌が微かに聞こえてくるくらい、彼女の背中は活き活きとしていた。


「あの子、多分奈乃沙先輩の妹だ。選挙関連で姉の役に立ちたくて、こんなことをしてるんじゃないかな」

「何!? 玉垣奈乃沙の妹だと!?」

「うん」

「馬鹿な、何故あの姉にしてこの幼女。あの幼女に遺伝されるべき胸と上品さと淑やかさはどこへ!?」

「……このスパイ活動は、恐らく初葉の独断だろうな」

「おっぱいはどこへ!」

「食いつくところが違うだろ有村!」


 もちろん初葉がスパイであるということは僕の予想という範疇をでないが……。

 まぁ戦略ってのは実際そんなもんだ。勘が八割、あらゆるパターンを予測できる勘の良さがあってこそ、初めて上手く行くこともある。

 

「大方、初葉の奴……家族に対しては『友達の家に泊まる』とでも言い訳してあるんだろ。奈乃沙先輩がこんなに馬鹿な作戦を立てるとは思えないしさ……」


 そもそも学校外での選挙活動が公に露呈すれば、反則行為として、該当の立候補者は当選の資格を失ってしまう。その点でも、奈乃沙先輩が僕に彼女をけしかけてきたとは考えにくいだろう。


「はい! おまたせ!」


 キッチンから僕たちに向き返った彼女の手には、二つの平たい皿。

 簡単な炒飯が盛りつけられていた。


 これ以上無いくらいの、二コリニコリとした笑み。よほど嬉しいことでもあるのか。

 スパイとしては、確かにそうだろうな。

 無防備な敵の総大将と会談できる機会など、そうそうない。


 円卓に置かれた二つのチャーハンを前に、俺と有村は目を見合わせた。

 この飯、毒とか入ってるんじゃないかな、と。


「な、なかなか美味しそうじゃんか。な、なぁ、有村」

「……あぁ」


 有村が通夜みたいな雰囲気してるよ。可視の暗いオーラが漂ってるよ。


「……矢琴」

「何?」


 もぞり、有村が体をこちらに寄せてくる。あやしい動きだ。何だこれ。

 迫って来る、何これ、来るな! 来るな有村!


「実はずっと、隠してたんだがな……」

「え?」


 迫ってくる。正座の足を小刻みに動かし、接近してくる。


「俺はお前のことを!」

「ひゃうっ!?」


 有村が覆いかぶさってきた! 唐突過ぎる! チャーハンを前にして……!

 体は為す術も無く横倒しにされ、のしかかられる。密着した状態。

 伝わってくる息遣いがエロい! 助けて! 助けて変態だ! 知ってたけど! 変な事をされる!


「矢琴……」

「!?」


 血の巡りが盛って、胸が鳴る。

 鳴る間隔が加速度的に狭まる。

 初葉の前でこんなことをされるなんて……!


「や、やだ……。て、てか、ちょ、ちょっと有村……本当に何してんだよ!」

「落ち着け矢琴。俺は……お前に、恐らく性的な興味など持ち合わせていない。


 小声で話しかけられた。

 安心するとともに、強張っていた体から、力が抜けていく。


 そうか。

 恐らく、目前の初葉に悟られぬよう会話するには、これ以外の手段は思い当たらなかったのだろう。変態だから。


 まぁ……わざわざ二人して席を立ち、会話に向かうよりは、怪しまれずに済むのかもしれない。

 ……僕にとって、この体勢は……あまり好ましくないけど……。


「そもそも何故俺をこの家に呼んだ」


 色を殺したような声で、圧し掛かる有村が問いかけてきた。


「作戦会議に決まってるだろ」

「スパイが居る家で作戦会議をするだと? あのロリの前でか? 馬鹿げている」

「騒ぐな有村……! 僕たちは、初葉の存在を逆手に利用できるかもしれない」

「利用するだと?」

「あぁ。幸いあの子は、バカだ」

「……ほぉ、まぁこの場は、お前に任せてみるが……」


 会話を終えると、有村は僕にかぶせていた体を、のらりくらりと起こしてみせた。

 僕もそれに続いて、体を起こす。円卓越しに、初葉に向けてぎこちなくも笑みを向けてみた。

 彼女は、ぼぉっと、僕と有村を交互に見つめている。

 空気の流れに従うようにして、視線を揺らしていた。


 中学生には、さぞ衝撃的な光景であっただろう。僕だって衝撃的なんだから。


「な、何、今の」


 顔を上気させつつ、初葉が訪ねてきた。

 君に気づかれず会話するための行動だったんだ。そんなの、口が裂けても言えるはずもない。

 ほうほうと熱気を立てるチャーハンに目を逸らす。


「今の……何だったって言うの!?」


 一方、有村が音を立ててスプーンを手にとりつつ、彼女の疑問に答えた。

 イヤらしく頬を釣り上げ、ゆっくり、含みのある口調で。


「愛の営みだ」


 違う。


「ま、俺と矢琴ほどの仲になれば、愛の一つや二つも芽生えるものだ」


 そのまま座ってる床が抜けてぁああとか叫びながら階下に落ちて死ね。

 視線で怒りを訴えると、有村は『仕方がないだろう』と言う風に、余裕ぶった顔を見せた。


「死ねばいいのに」


 上気した顔のまま呟く初葉。奇しくも同感だ。

 あぁ、敵のスパイに同調する僕もアレだが……全くその通りだと思うよ。


 有村は気にした様子の一つも見せなかった。

 彼はそのまま、盛られたチャーハンの中腹にスプーンを差し込んで、ほぐり取った。


「まぁそう言うな。晩飯はありがたく頂くことにするさ」


 そぞろ笑んで、有村は口を開く。

 僕は制服を正しつつ、その一部始終を眺めた。


「いただきます」


 チャーハンを口に運ぶ。時間をかけて、咀嚼する。

 しっかりと口を閉じて、噛み続ける。


「……む?」


 有村が喉を鳴らしながら口内の飯を飲み込んだ。

 首を、傾げている。


「……有村?」


 様子が変だ。


「……」


 彼の顔が、過ぎゆく一秒一秒の度、みるみる顔が青ざめていくのが、確認できた。


 スプーンを支え持つ手が、震えに震えている。


 震えるってレベルじゃない、揺れている。

 やばいってこれ。


「は……ハァッ…………ハァッ」


 奴の息遣いが、死ぬ直前のそれにしか感じられない!


「……グハァっ!?」


 円卓に頭をなだれ込ませる有村。


「おい!?」


 とっさに状態をうかがった。虫の息だ。

 本当に死にかけている!? いいぞ! このまま死ね!

 有村は全身をガチガチと痙攣させたようにしながら、焦点の合わない眼で俺を見つめてきた。


「こ……こノ料理ニハ……毒……どくグフぁッ!?」


「あぁ、ありむらー。しんじゃやだー」

「矢琴……お、オレはまだ……シニタク……っぴょう!」


 っぴょうって何だ……!

 言葉を終えるころには、もう、有村は動かなくなっていた。




                 


 何故死んだ。

 死因と思しきチャーハンに目をやるが、目立つような危険性は、至って感じられない。

 有村の遺言通り、やはり毒が? まさか選挙で姉を勝たせるために、初葉は有村を……!


「は、初葉。お前がやったのか?」


 覚えた戦慄。

 もしかして、僕も殺されてしまうのだろうか。全身が引きつる思いだった。


「私は何もやってないよお兄ちゃん! 有村が勝手に死んだの! 自分で死んだの!」


 何だその言い訳! 人はこれほど自由自在に自殺はできないだろ!

 ……しかし考えれば、彼女が犯人である可能性も、当然薄い。

 僕の前で殺しを決行するなどとは考えづらい。自分が犯人だと述べているようなものじゃないか。


「……故意の犯行じゃないってのか?」

「当然でしょ!?」


 円卓に乗り出し、小さな顔を僕にめいっぱい近づけて、ムムムと表情に力を込めて。

 怒っている、本気で怒っている。どうやら本当に、殺しの犯人は彼女ではないようだ。


 では一体誰が……。


「くっ……」


 一つ、僕の声でも初葉の声でもない、誰かの声。


「酷い目に……遭った」


 残念ながら有村は死を免れたようだ。

 奴は崩れ込んだ頭を、のそりと起こしてみせる。 

 なんとも苦しそうに、片手で頭の側面を押さえていた。


「ここは……そうか――」


 記憶が薄れているのだろう、周囲を見回して、状況の確認を取っている。


「――冥土か」

「違う」


 一つ溜息で、落ち着いた。

 苦々しい表情で再びスプーンの先端で、チャーハンをいじりたおす。


「この料理、まぁ毒は入っていないかもしれんが……。凄まじく……その、なんだ。……マズイ」

「マズい?」

「わざと作ったとしか思えないような……っう」


 そこまで語ると、一度えずいて、言葉を止めた。

 人を瀕死に追いやるほどの料理……。なるほど、マズイだけなら毒は検出されないからな。

 これほどの料理を、故意に作ったというのか。

 初葉の奴、僕と有村を、再起不能にするつもりだったのか……。


「……わ、悪いけど、僕も食べるのは遠慮しておく」

「な、初葉の料理が食べられないっていうの!?」


 円卓を叩きながらわめく彼女に、辛辣な視線を投げかける有村。視線は彼女の胸。


「まぁ残念だが、そういうわけだ。性徴して出直してこい」

「そ、そんなぁ。せっかく会えたから頑張って作ったのに……」


 どれだけ僕達を瀕死の重体に追い込みたいのだ彼女は。いちいち手段が強引すぎる。

 相当な天然なのか、それともやはり、言葉は悪いがバカという人種なのだろうか。

 まだ僕達に対して、『自分が妹である』と騙し切っているつもりなのかもしれない。


「なぁ、初葉」

「何? お兄ちゃん」


 彼女を利用するのは簡単だ。簡単にも程がある。人類史上稀に見るようなバカだ。


 確認の為に有村に一つ目配せをする。

 同じく目配せが帰って来たのを確認して僕は、初葉に訪ねた。


「奈乃沙先輩が居る本当の家に、帰らなくてもいいのか?」

「へ?」


 思い切って、彼女の実姉、奈乃沙先輩の名前を出した。静寂は降り積もった。


 時が刻まれ、刻まれ、刻まれ、彼女だけは静かに止まっている。


 バレた、とでも、焦りを頭に渦巻かせているのだろう。


「か、」


 言葉に詰まりつつ、それでも彼女の威勢は強かった。


「帰らない! 家なんか帰らない!」


 ポニーテールをなびかせて、初葉は大きく頭を振った。

 言葉の一つ一つが、涙色を帯びているのは、何となくわかった。

 例え我が校の生徒でなくても、中学生でも、学園外での選挙に関する活動は禁止行為だ。

 この件が学園に露呈すれば、彼女の姉、奈乃沙先輩は当選の資格を失う。

 敵である有村に、チャーハンとはいえ暗殺を仕掛けたのだから当然の仕打ちだろう。


「初葉は帰らないの!」


 何故帰宅をこれほどに拒んでいるのかは、僕の知るところではない。

 今帰宅したら、何か彼女に不都合でもあるのだろうか。

 推測するのは結構な楽しみだが、まずは言うべきことがあった。


「残念だけど、このまま僕たちは……お前を黙って見過ごすことはできないんだ。だから、お前の事を奈乃沙先輩に報告させてもらう」


 嘘だ。流石に、そんな方法は卑怯だ、絶対に実行するわけがない。


「ヤダ! 絶対に嫌なの! お兄ちゃん!」


 内股に座ったまま前傾姿勢になって、僕に必死そうな表情を寄せてくる彼女。

 まるで赤ん坊だった。目が大きい。

 少し圧されて、言葉を失った。


「嫌なら俺達に協力しろ。そうすれば黙っててやる」


 有村が横から口を挟んでくる。僕が言いたいことは察してくれていたようだった。

 さぁ、彼女に行ってやってく――


「この事を黙っていてほしかったら、俺達に玉垣奈乃沙の下着を持ってこい」


 察してくれていなかったようだ。


「下着の写真でも可」


 地平線の果てまで打ち飛ばされてくれ。

 僕はスプーンを手にとって、有村の口にチャーハンを突っ込む。


「ふぐっじょぐぁぴうぁいレルぞあふんッ!?」


 奴がちゃぶ台に頭を伏したのを見届けた。

 綺麗な顔で昇天してやがる。できることなら、このまま目覚めないでほしい。


 僕は一人、嘆息と共に初葉へと向き返った。


「とにかく……初葉? 僕たちの選挙活動に協力してほしいんだ」

「選挙に?」

「あぁ。本来相手側の仲間であるお前が味方になると、少々心強い」


 言ってみたが、黙りこまれた。

 ピクリと痙攣する有村の口に、次々とチャーハンを詰め込みつつ、僕は返事を待つ。

 彼女に対しては少し、可哀そうだと思う気持ちだって、当然持ち合わせていた。

 姉の役に立ちたくて、こんな無理をして、しかし逆に利用されようとしている。

 しかも姉を守るため、僕の意見に従わざるを得ない状況に置かれているのだ。

 自分が非道だとは思う。

 しかしそれほどに、僕はここで彼女に暗殺されるわけにはいかない、理由がある。


 初葉を利用してでも、勝たなければならないんだ。


「きょ、協力すれば……お姉ちゃんには何も言わないでくれる? 今は、絶対お姉ちゃんにバレたくないの!」

「約束する」


 彼女は不思議と、そこまで嫌そうな顔を見せない。

 とにかく、安心に次ぐような安心、そんな顔をしていた。


「それにしても大丈夫なのか? 家に帰らなくても」

「決めたんだもん、しばらくは……帰らないんだって」


 僕としてもありがたいことだ。

 初葉を選挙に利用するなら、様々な形をとれるだろう。

 奈乃沙先輩の陣営に潜り込ませることだった可能かもしれない。

 その間くらいは、僕の家に泊めてやれる。

 別段生活費に困っているわけでもないし、家事でもこなしてくれるなら、こちらとしても大助かりだ。


「協力すれば……いいんだね! よし! 喜んで協力するからね!」



 こうして僕たちの間に、脅し脅されの関係が……ふわふわしたまま築かれた。


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