【第十一話前】走れぃっ!! 一応最終決戦なので!!
読み返してみたら、結構ベタにベタの上塗り的な展開で、ちょっとした恥ずかしさに悶え苦しんでおります作者です。
で、でも、このストーリーはこのクライマックスしかないんです!
このクライマックスでしか、完結しないのです。多分。
だから、読んでもらえると嬉しいです!
恐らく選挙の最終日と相成るであろう今日という日、僕が過ごす教室の空気は……。
授業中から、一触即発と言っても申し分ない。こんな時、通人が可哀そうになる。
授業の間、絶え間なく浴びせられる恨み事、視線、よく奴も耐えきれたものだ。
メガネもメガネなりに、覚悟って奴は、それなりなのかもしれない。
「フン、休み時間が始まったな。僕は行かせてもらおう」
チャイムが鳴ると同時に、通人は席を立ちあがる。悠々と、教室の中から姿を消した。
ここで通人を捕らえようなどと卑怯な発想を持つ人間は、さすがに男子棟の仲間内では存在しない。
勝負は正々堂々と。正々堂々で、僕たちの何倍と知れぬ戦力に、勝利してみせる。
教師が退室した部屋で、和気藹々の精神は高まって……時間に比例して騒がしくなる。
「有村、どうする?」
腕章の安全ピンに相変わらず苦戦しつつ、僕は奴に尋ねる。
「決まってる。全軍突撃だ」
珍しく、その顔は真剣だった。眼差しも厳しい。
「今日で決着を付ける」
有村の整った顔立ちが映えるようだった、なんだか心強い。無責任な安定感を感じる。
「俺と矢琴が半数ずつ人員を率いて二手に分かれ、個別に指揮をとる。石を守るなどと言っている余裕はない、俺も矢琴も先陣に立って囮として動こう。少数の利点は機動性にある、数だけ膨れ上がった有象無象の青腕章どもを一点突破して、玉垣奈乃沙にキツイ一撃を浴びせてやるとするさ。小細工は要らない。そもそも、小細工が通用するような物量じゃないだろう。とにかく一人でも突っ込んで、一人でも先に進め。なりふり構わずだ。石さえ奪えば俺達の勝利に俺は足首フェチだそして最近はようやく幼女を愛でる感情にも目覚めてきたんだこれがなかな「最後まで集中力保てよ」
有村は長時間真面目な発言を続けると理性が飛ぶ仕組みになっているらしい。
ふと、耳に違和感。……小刻みな足音?
あぁ、あいつだ。一人でも味方は欲しい、僕が頼んだんだ。違反の無い程度に手伝ってくれと。
「有村の……」
途端、教室にかけ込んできた影。僕を含む教室中の誰よりも小さな、軽そうな影が翔ぶ。
弁舌振るった挙句理性を飛ばした有村の後頭部に。中学生の、学生靴が。
「ばかーッ!」
それは蹴りだった。
奴の長身でさえ、吹き飛ばすには一撃で事足りた。一見軽やかにも飛び行く有村の体。
僕の動体視力は研ぎ澄まされた。だから見えた。蹴り飛ばされる有村のアホな表情が。
「痛くないぞ!!」
机の群に体を突っ込ませ、めちゃくちゃに音を立てる有村。痛そうだった。
彼の前に立ったのは、初葉だ。軽蔑を込めた視線に加え、死ね、とだけ吐き捨てる。
「玉垣奈乃沙妹か。あぁ、よく来た。しかし突然何故俺を蹴った? あぁそうか、俺の幼女を愛でる発言が気になった訳だな? フフ、可愛いところもあるもんぐふぉっぐふぉっぐふぉぉっ」
初葉が、横たわった有村の腹を踏みしだく。異様な光景に慄く男子達。
恐らく、初葉がここまで怒りを露わにするのは、まぁ、幼少の頃に過ごした彼女との記憶が無かった、という点においてだろう。
あとで有村にもゆっくり解説してやるとしよう。
「みんな」
ひと声。僕のそれで、ピン。教室の空気は張り詰めた糸の様と化す。
誰もが僕を見ていた、あぁいよいよ始まるんだなと、闘志が見えた。鈴音子さんにも。
ソラは倒した、後顧の憂いは無い。あとは男子の復権に向けて、ただの前進。気持ちに身を任せるだけだ。
「もう、ゆっくりしてる時間はない。休み時間は始まってる」
これだけで、静かな空気に雄叫びが聞こえた気がした。
改めて、僕は、自分で思える最上級の、清々しさを持って。
「じゃあ、気合い入れて行こう!!」
『うおぉおおぉおおおおおおおおおぁおおおッッ!!』
始まった。
ただ、予想外に皆の勢いが凄過ぎて、ちょっと、体がビクビクした。涙目になった。
石は僕が持つこととなった。走るが早く男子棟を脱出し、目指すは正面突破。
女子は局地を受け持つ少数の班に分かれているようだ。
恐らく僕たちの発見を第一として、それから仲間を呼ぶ魂胆なのだろう。
既にいくつかの女子達を抜いた。女子棟の正面玄関を踏み越え、一階の廊下を突き走る。
みんな、戦意は旺盛だ。僕が連れるのは十五名の仲間。中には、鈴音子さんも含まれている。
ほんと、ギャグにでもなりそうな勢いだ。ぐわーって敵を突破して。
「有村君の方、大丈夫でしょうか」
横に並んで話しかけてくるのは、鈴音子さんだった。息が弾んでいる。
僕は黙ってうなずいた。心配する要素があるとすれば、初葉とアイツが喧嘩しないかといった程度だ。
僕たちはやれる。僕達嘗めんな。
『いたー! 男子発見!』
『氷川君ね、今日こそ決着付けてみせるわ! 全員突撃!』
『マズい、女子に見つかったぞ!』
『お、俺が足止めしてやるよ! ハッ! 怖くなんかない! 後で追い付くから待ってろ矢琴!』
僕は、振り返らなかった。拳を強く握った。声の主は多分、園田の奴だ。
なんだよ、何だかんだ、みんなみんな、頼りになるじゃないか。
残ってくれた彼の想いは無駄にしない。前を強く、見据えるばかりだった。
『掛かって来い女子どもォッ!! お前らなんかより……お前らなんかより矢琴の方が十万倍可愛いんだよぉおおお!!』
闘いが終わったら園田に仕返しすることを、心の中で決めた。
『くそっ……まだ追いかけてくる!』
絶えぬ女子達の追撃は、底が知れない。各地点に配置された女子の数は、確実に均等だった。
守りの厚い地点を探し出せば、そこに彼女は隠れているだろうなという、僕の簡単な憶測は、見事に先読みされているようだ。
彼女はいったいどこに居る……。
以前に通人の案内では、奈乃沙先輩の隠れ家は体育館倉庫と判明したはずだ。
問題はその部屋を、まだ、彼女が隠れ家としているのかどうか。もし僕が先輩だったら、相手に知られた隠れ場所を継続して使うはずもない。
要は奈乃沙先輩が慢心しているかどうかだ。慢心しているなら彼女はまだ、体育館倉庫で僕を待っているはず。圧倒的有利から早期決戦を臨む先輩は、あえて自らを囮に僕達を体育館に呼び、持ち前の物量で叩き潰そうと画策しているだろう。
……隠れ場所を移している可能性の方を考えた方がいいか……。単純に、場所を推理するなら、僕たちからできるだけ距離をとれる部屋。単純に……校舎最上階の三階部分。三階のどこかで、僕たちから身を隠している。問題は、体育館と三階のどちらへ向かうかだ。体育館か、三階か。間違えればとんだ二の足を踏む羽目になる。
「三階だと思います」
鈴音子さんの声だった。
「彼女は結構、用心深いんです。前の学校で私が何度も何度も勝負を挑んでいた時、彼女は全力で、一切手加減や油断をせずに、立ち会ってきました」
信じよう。それだけは、考える前にただ思った。彼女の、経験に基づく意見だ。
通人よりもずっと前から奈乃沙先輩のことを見ていた人の意見だ。間違ってるはずが無い。
「みんな三階に行くぞ!」
手近な階段を上る。当然女子は待ち受けているわけで、僕たちは掻い潜った。
次々と、仲間は減った。捕えられたり、敵の足止めをするために戦力を裂いた。
残りの人数は八名。階層は二階。
『矢琴行けぇっ!!』
『狭い階段なら効果的な足止めができるはずだ。俺も残ろう。先日は格好の悪いところを見せてしまったし……汚名返上といくか』
また二人、減った。安田と玉置。玉置はすぐに捕獲された。
もちろん、僕だって無事では済まない、一直線に伸ばされる女子の手を屈んでかわし、逸れてかわし。
いつ石を奪われてもおかしくないんだ。緊張だけは、胸に込めるのを忘れなかった。
現地点は二階から更に階段を上った、踊り場。見上げれば三階の景色が……。
「フッ」
メガネ男子が、待ち受けていた。
それも背後に女子を複数名引き連れた、何人とも知れぬ大所帯で。
先頭の僕と鈴音子さんが足を止めたせいで、後に続く連中も止まってしまう。
安田が止め切れなかった女子に対する為、また一人減った。
「矢琴、ここは通さない。そしてお前自身も終わりだ。諦めろ」
中指でくいとメガネの縁を持ち上げ、僕達を見下ろしてくる。
『本当にメガネの情報通り……ここに敵が来るなんて』
『す、すごいじゃん! 通人君見直した!』
通人がここに居る理由は、彼の背後に集う女子達のざわめきで、大体把握できる。
残り、僕を除いて五名の仲間で……対抗できる数か? 通人が石を持っているかどうかを確認する余裕などあるわけもない。前線に出ている時点で、石を所持している可能性は薄いだろう。やはり奈乃沙先輩だ。
「残念だったな矢琴。こちらも単純な作戦だけに、それに対するお前たちの作戦も読みやすい。動きを読むことは容易いな」
「僕たちはまだ負けられないんだよ!」
『全くその通りだ!!』
僕の背後から飛び出した四名が、同時に、通人に向かって階段を駆け上がった。
「貴様ら……! 往生際が悪い……!」
『バカが! 往生しないんだよ俺たちは!』
男子達が通人を抑え、その背後から押し掛けてくる女子をも阻む。
「バカな……!」
明らかに押し返すなど無理と思われた相手にも、抗って。これが僕たちの力かと改めて思い知らされた。
一筋の道のりが完成したのだ。
僕は今、どうするべきか。
そんなことを冷静ぶって悩むような時間は残されていない。
仲間が女子達を足止めしている間に、進むしか。
「鈴音子さん!」
「はい!」
彼女の手をとって、仲間達が作りあげた、わずかな道をくぐる。
女子の一人に服の袖を掴まれた。僕はブレザーを脱ぎ捨てて、脱出した。
こんなこともあろうかと、ブレザーのボタンを外しといて正解だった。どんなにバカらしい準備でも、やっとくべきだ。僕ら元から、バカだしな。
「敵は……?」
「み、見当たりません……!」
ようやく息をつけることには、肺が焼け消えそうなくらい、苦しかった。
とりあえず、座る。疲労にモザイクがかった視界の中で、鈴音子さんを見つめた。
以前にも同じような状況で彼女は余裕ぶっていたが……。
どうやら本当に、彼女はある程度、少なくとも僕よりは体力を持ち合わせているようだ。
男子は誰も追い付いてくる様子がない、敵はあれだけの数だ。止めるのがやっとだろう。
ならば僕たちは……二人で……奈乃沙先輩から石を奪わねばならないのか。
有村と合流できる可能性も薄い。
「大丈夫ですか?」
「……あ、あぁ。もういい、いつ敵が来るか分からない。行く――
背後から、こちらにかけ込んで来る足音があった。
動悸のせいでこれ以上跳ねないはずの心臓が、それでも跳ねた。
振り返る。
「ソラ……!?」
澤田ソラその人だ。選挙に関係ないはずの彼女が、走っている。
僕と同じくらいか、それ以上に苦しそうに。僕たちの前で止まると、息を整えだした。
膝の上に腕を立てながら、僕の顔を上げてくる。
「……や、やこと……」
「どうしたんだよお前……!」
唐突に現れた彼女は唐突に。
「お願いだから! お願い……だからっ!」
「何だ?」
「お願いだから負けて!」
は。と言いそうになった。心臓の奥で怒りじゃない、疑問に近い何かが噴火した。
「やっぱり……駄目なの! よーくんを生徒会長にしちゃ……!」
いったい、どうして。そして彼女の苦しそうな顔。
僕を探して、そんなに息を切らしているのか。そこまでして僕達を止める理由は、何か。
『負けて』っていったい、何なんだ。
「どういうことですか……!? 何を言ってるんですか? 貴女、確か黄色腕章の……!」
「そ、そう。澤田ソラ……です」
女子同士のやりとりが進む間、僕は考えた。考えに考えた。答えは出た。
ここまで来て、話を聞いていられない。
ソラが何を話すとしても、僕たちは負けられないんだ。
「鈴音子さんいくぞ!」
「……や、矢琴! 話聞いて!!」
ただ、走るしかないんだ。