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追放された聖女は、隣国で国を支える

作者: 唯乃
掲載日:2026/02/08

 王立学院の卒業記念パーティー。

 その華やかな喧騒が、冷ややかな静寂へと変わったのは、王太子カイルが私の前で足を止めた時だった。


 そこには、近隣諸国の使節団や高官たちも出席している。いわば外交の縮図のような場所だ。


 その公の場で、カイル様は隣に寄り添う男爵令嬢……リナの肩を抱き寄せ、私を指差した。


「エルフレア・ヴァン・クロムウェル! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」


 大広間がざわめきに包まれる。他国の高官たちは眉をひそめ、我が国の重臣たちは待ってましたと言わんばかりの冷笑を浮かべた。


「……殿下、正気ですか? このような公の場で、理由もなく……」


「理由ならいくらでもある! 貴様は聖女の地位を傘に着て、この心優しきリナを執拗に虐めた! 彼女が階段から突き落とされ、大切にしていた守護石を砕かれた際、貴様は嘲笑っていたそうだな!」


 覚えのない罪状。リナはわざとらしく震え、カイル様の胸に顔を埋める。


「カイル様、もういいのです……エルフレア様も、きっと魔力が衰えて余裕がなかったのでしょうから……」


 その言葉に、背後に控えていた側近……騎士団長の息子や宰相の次男が、嘲笑を投げかけた。


「そうだ、聞けば最近のエルフレア様の祈りは、以前ほどの輝きがないというではないか」


「無能な上に嫉妬深いとは。もはや聖女の肩書きも泣いていますな。カイル殿下、これほど清らかな心を持つリナ様こそ、我が国の王妃に相応しい」


 私は震える唇を噛み締め、俯く。


「殿下……私は、国のために、あなたのために、すべてを捧げてきたつもりです……」


「黙れ! 貴様のような陰湿な女、もはや我が国には不要だ。今すぐその薄汚い聖女の証を置いて、この国から去れ!」


 カイル様は、これ以上ないほど「愚かな暴君」の顔をして叫んだ。


 隣国―ガルダ帝国の高官が、あざ笑うように口を開いた。


「……これはこれは。王国は随分と景気が良いようですな。これほど優秀な聖女を、たかだか女の揉め事で手放すとは」


カイル様は鼻で笑った。


「フン、帝国の閣下。もし良ければ、その『ゴミ』を拾っていかれたらどうだ? 我が国には、リナという真の聖女がいるのでな!」


 帝国高官の目が、値踏みするように私を捉えた。


「ほう、そう仰るなら、我が国が喜んで引き取りましょう。……エルフレア殿、我ら帝国は能力ある者を決して無下にしません。どうかな、我が国へ来られないか?」


私は涙を拭い、顔を上げる。


「……私のようなものでも、必要としてくださるのですか……?」


「もちろんだとも!」


 こうして、私は衆人環視の中で「虐げられた聖女」として追放された。


 背後でカイル様が「せいせいしたぞ! 今日からこの国は愛に満ちるのだ!」と叫ぶ声を、勝利のファンファーレとして聞きながら。





 隣国であるガルダ帝国へ入ると、出迎えたのは、帝国軍の将軍、そして皇帝陛下その人だった。


「おお、あなたが件の聖女殿か。あのような愚かな国に捨てられるとは。我が国は、聖女を歓迎しよう」


「私は、前の国を追い出された身です。それでも、私を必要としてくださいますか?」


「もちろんだ! 聖女殿の守護と癒しの力があれば、我が民は救われる。君の望む地位と権限を与えよう」


 こうして私は、帝国での生活基盤を確立した。





「エルフレア殿。君が提案してくれた『広域治癒の加護』のおかげで、国境沿いの衛兵たちの士気がかつてないほど高まっているよ」


 視察に訪れた皇帝陛下が、眩しそうに私に微笑みかける。私は聖女の礼儀として、慎ましく頭を下げた。


「もったいないお言葉です。兵士の皆様が過酷な夜番で体調を崩されるのは、国にとっても損失ですから。……いっそ、このまま物理的な城門を閉鎖し、私の結界を『常時稼働』の状態にしてはいかがでしょう?」


「城門を閉じる? それでは物流が止まる」


「確かにそうですね。では、私の結界を、防衛のローテーションに組み込むのはいかがでしょうか?私の結界があれば、外部から敵を侵入させることはありませんし、その分、兵士の方々も休養が取れ、愛する家族と過ごす時間が増えます」


「確かにな。よし、その方向性で新たな防衛体制を組むぞ」


 周囲で聞いていた文官たちが感嘆の声を上げる。


「……素晴らしい。兵の指揮も上がるし、軍事費の削減もできる」

「聖女殿は、我ら役人の仕事まで楽にしてくださる」


「祖国に捨てられた私を拾ってくださったせめてもの恩返しです。私にできることはこれくらいですので」


 私が目を伏せながら答えると、周囲から、更に歓声が上がった。





 帝都の中央広場には、今や毎日、数えきれないほどの民衆が集まる。


 彼らの目的はただ一つ。私の「御手」に触れ、その慈愛を授かることだ。


 私は広場の高台に立ち、一人ひとりの声に耳を傾ける。


「聖女様! 息子の足が、事故で動かなくなってしまったのです。どうか……」


 泣き崩れる母親の前に膝をつき、私はその足をそっと撫でる。


「大丈夫ですよ。痛みは私が預かりました。……さあ、立って」


 淡い光と共に、息子は跳ねるように立ち上がった。広場に歓喜の声が響く。


「おお、奇跡だ!」

「聖女様、万歳!」

「エルフレア様ありがとうございます!」


 私は微笑みを絶やさない。


「聖女様、生活が苦しくて……。税を納めると、冬を越せません」


 次に現れた老人に、私は懐から「聖女印の貨幣」を手渡した。


「これを。私の祈りを込めた金貨です。これを教会の窓口へ持っていけば、私の管理する『救済基金』から、当面の食料が支給されます。……無理をして働かなくて良いのですよ。あなたはもう、十分に頑張ったのですから」


「エルフレア様は、我々の魂を救ってくださった」


 彼らは陶酔した目で私を見る。


「さあ、次の型……いえ、次の方。あなたの苦しみを、私に預けて」


 私は、熱狂する民衆の波に向かって、慈愛に満ちた両手を広げた。





 私が帝国にやってきてから10年。


 その日は、あまりにも静かにやってきた。


 深夜。


 私は、ただ「祈り」を止めた。


 私が担当していた帝都の結界の一部が消失する。


 数分後、国境付近に待機していた王国軍が、抵抗を受けることなく帝都へなだれ込んだ。


 「聖女」を信用しきっていた帝国は、完全に油断していた。


 ものの数時間のうちに、帝城は王国軍により完全に制圧された。


 崩れ落ちる玉座の間で、皇帝は呆然と私を見た。


「どうして…?」


 私は無表情で答えた。


「どうしてかって?あなた方こそ、なぜ、隣国の者を疑いもせず、無条件で受け入れたのでしょうか?」


 皇帝の首を王国兵が無慈悲に斬り落とした。





 翌日。


 帝城に現れた王国の王太子カイルは、私を見るなり、強く抱きしめた。


 その瞳には、断罪の場で見せた冷酷さの欠片もない。


「…あれから10年。遅くなってすまない。苦労をかけた、エルフレア」


「いいえ。計画通りでした。カイル様。まるで手応えがありませんでした」


 そう。計画通り。


 全ては私とカイル様が作り上げた、帝国侵攻の謀略。


 帝国は、兵士の数では王国に劣っているものの、兵の練度が高く、また、帝都の護りを司る宝具の存在によって、まともに衝突すれば、王国にも大きな被害が及ぶのが明らかであった。


 このまま、帝国の発展を許せば、近い将来、王国が帝国に飲み込まれる。それを危惧したカイル様は、あえて無能を演じ、私との婚約破棄を偽装した。

 そして、私を帝国を内部に潜り込ませた。


 私のミッションは大きく分けて二つ。

 一つは、帝都の防衛機構の弱体化。

 そして、もう一つは、国民を聖女に依存させ、帝国併合後の統治を容易にする事。

 

 その二つを成し遂げるためには、数十年掛かる可能性があった。

 それどころか、ミッションを成し遂げることができずに帝国に骨を埋める可能性だってあった。


 しかし、今、私は、カイル様の腕に抱かれている。


「もう強がらなくても良いんだぞ?」


「…貴方がそう望むのであれば」


 10年ぶりに愛しい人の体温を感じながら、私は静かに涙を溢した。




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― 新着の感想 ―
聖女に頼る防衛システムって、このケースもあり得るんですね。こわぁ。
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