雨の忘れ物
忙しい日々。
仕事に追われる毎日。
「はぁ~」
ああ、出るのは溜息だけ。
そう言えば、溜息一つで幸せが一つ逃げて行くんだったな。
誰に聞いたのかは忘れたが、そんな余裕は今の俺にはない。
「はぁ~」
…しまった。またも出るのは溜息だけ。
これで今日は二つの幸せが逃げて行くのか。
そう思うと悲しくなって来た。
ふと思い、壁に掛けられた時計を見てみる。
そうか。
今日はもう終わっていた。
時計の針は午前0時25分を指していたからだ。
会社を設立して二年が経過している。
今が踏ん張り所。
社長である俺が頑張らなければ。
しかし、俺は大きなミス。
いや、大切なことを忘れていた。
マコトの誕生日。過ぎてしまったな。渡せなかったプレゼント。
お祝いの電話もLINEも出来なかった。
このままでは、俺達の関係は終わってしまう。
彼女と知り合ったのは一年前。
会社に中途入社で入った、マコト。面接の時だった。
「まだ会社が若いので、そんなに給料は出せませんが働いてもらえますか?」
「はい、私で良ければお願いします」
大手商社で働いていた彼女が、なぜ、行き先も危うい俺の会社を選んだのか。
それは聞けなかった。
しかし、お陰で会社の経営は軌道に乗った。
ここまで来れたのは彼女の功績が大きい。
そうだ。今からでも間に合う。
電話をしよう。
俺は内ポケットにあるスマホを取り出した。
ここで俺はまた自分のミス気づく。
スマホはマナーモードになっていたからだ。
着信が1件。
そして、同じくLINEの通知も1件入っていた。
相手は…マコトだ。
留守番電話のメッセージを再生する。
「お疲れ様です。仕事のし過ぎで体調を心配しています」
聞き慣れたマコトの優しい声。
『会いたい』
LINEにはそれだけが。俺だって会いたい。
しかし、今は会社が…仕事が俺を自由にさせてくれない。
いつの間にか手にしたスマホで、俺は電話を掛けていた。
「はい、マコトです」
「マコトか。俺だよ。ごめん、こんな時間に」
「いいえ、お疲れ様です」
「本当にごめん。怒ってる?」
誕生日をすっぽかしたのだから、怒って当たり前だ。
その時である。
俺の肩が誰かに軽く叩かれる。
振り向いた俺の胸にマコトが飛び込んで来た。
「会いたかった」
「俺もだよ」
俺はデスクに大切にしまっていた、マコトへのプレゼントを取り出し、そして渡した。
マコトは受け取ると、
「ありがとう。開けていい?」
「もちろん、遅くなったけど、誕生日おめでとう」
「うん、嬉しい」
「それ…だけど、受け取ってくれるかい?」
「二年待ちました」
俺はマコトの言っている意味がわからなかった。
マコトとの出会いは一年前。
思い出した。
そうか。そうだったのか。
俺とマコトの出会いは二年前。
会社のあるビルの前で、雨宿りをしていた彼女。
その彼女に傘を貸したのが俺だった。
「あの…その…婚約指輪だけど…」
「喜んでお受けします」
マコトが思いを込めて、強く抱きついて来る。
俺もそれに応えた。
時が止まればいいと願いながら。
「これからもよろしくな」
「ずっと一緒だよ」
「もちろんだ」
「うん、嬉しい」
大切にしよう。
これからの俺達の人生を。
雨の忘れ物




