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シンのユウシャ  作者: ねむ


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Patch07:遠足

 「お父様、僕に行ってほしいんでしょ? 世界から、一人残らず悲しい子をなくしてほしいんだよね。……僕、行くよ!」


 無邪気に宣言したシンに対し、聖王ゼオンは満足げな、しかしどこか冷徹な笑みを浮かべました。


「よかろう。だがシン、お前はまだ純粋すぎる。今のままでは、世界に蔓延る『猛毒』に触れてその身を穢しかねん。まずは、かつて英雄たちが手にしてきた五つの神器――『黄金の盾』『不滅の鎧』『叡智の魔導書』『真実の指輪』、そして『聖剣』。これらすべてをその身に宿し、王としての権能を完全にせよ」


 ゼオンの視線が、シンの隣に控えるガドへと移ります。


「ガド。お前には、シンの光の届かぬ場所で蠢く『魔王』の動向を常に探らせる。シンを導きつつ、不純物を徹底的に排除せよ。……よいな?」

「御意に、陛下」


 ガドは深く頭を下げました。ガドにとっても、この命令は好都合でした。マオウの子という「異常個体」の底が知れない以上、まずは神器を回収してシンの力を底上げし、万全の状態で対峙すべきだと判断したからです。


 「さあガド、今すぐ行こう!」と、今にも駆け出しそうなシンを、ガドは穏やかに制しました。


「いけません、シン様。遠足の前日は、しっかりと体を休めるものです。民たちへの『さよなら』の挨拶も必要でしょう? 出発は、明日の朝にいたしましょう」


 ガドの言葉には、シンを納得させる不思議な説得力があります。


「……そうだね、ガドが言うなら。みんなにちゃんとお別れを言わなきゃ」


 その日の夜。シンは自室の天蓋付きベッドに腰を下ろし、窓から見える王都の灯りを眺めていました。 (僕が行けば、あのマオウの子っていう子も笑ってくれるかな。悪い『ノイズ』を僕が消してあげれば、きっとみんな幸せになれるはずだ……)

 あのマオウの子という少年は、きっと自分が助けに来るのを泣いて待っている。そんな「正解」を疑いもしないシンの胸は、救済への純粋な期待で高鳴っていました。

 その時、重厚な扉が微かに鳴りました。


「……お兄様、起きてる?」


 入ってきたのは、まだ十歳にも満たない小さなニアでした。寝間着の上に薄いガウンを羽織った彼女は、幽霊のように青白い顔で、部屋に踏み込むなりシンの服の裾をぎゅっと握りしめました。


「ニア? どうしたの、こんな時間に。怖い夢でも見た?」

「……お願い。お願い、お兄様。私を……私を一緒に連れて行って!」


 シンの言葉を遮るように発せられた、悲痛な叫び。ニアの指先は、白くなるほど強くシンの服を掴んで震えています。シンは少し困ったように眉を下げ、優しく彼女の頭を撫でました。


「ダメだよ、ニア。外はまだ『不完全』な場所なんだ。僕が綺麗に直してあげるまでは、ノイズや不具合がいっぱいあって危ない。だから、お城でいい子にしていて?」

「嫌……嫌よ! 私、お城になんていたくない! お兄様がいないお城なんて、ただの冷たい箱だわ!」

「そんなことないよ。お父様もいるし、優しい侍女さんたちだっているじゃないか」


 シンが当たり前の「正解」を口にするたび、ニアの瞳には絶望の色が濃くなっていきます。


「優しくなんてない! みんな……みんな、私を見ていないわ! お兄様がいない時、あの人たちが私にどんな目を向けるか、お兄様は知らないのよ!」

「……え? どんな目って?」


 シンが首を傾げると、ニアは喉の奥で詰まったような声を上げ、さらに必死に訴えかけました。


「『不純物』を見るような目よ! 私がお兄様を汚すバグだって、声に出さないでずっと言ってるの! お兄様という光がいなくなったら、私は……私はきっと、あの人たちに『掃除』されちゃう……!」

「そんな、大げさだよニア。リマスタのみんなは悪い人を直す人たちだ。ニアは悪い子じゃないんだから、掃除されるわけないじゃない」


 シンの声はどこまでも穏やかで、慈愛に満ちていました。けれど、その純粋すぎる信頼こそが、ニアにとっては最も高い壁でした。シンには、自分の背後で誰かが踏みつけられている「現実」が見えていないのです。


「お願い……信じて、お兄様。私はお兄様のそばにいたいの。お兄様の隣にさえいれば、私は『正しい存在』でいられるの。捨てないで……私を見捨てないで……!」


 ボロボロと大粒の涙をこぼし、足元に崩れ落ちるようにして縋る妹。その異様なまでの執着に、シンはわずかに不思議そうな表情を浮かべました。

(ニアは、どうしてそんなに怯えているんだろう。世界はこんなに美しくて、僕がこれからもっともっと、ピカピカにするのに……)


 シンはしゃがみ込み、ニアの濡れた頬をそっと包み込みました。


「……わかったよ。ニアがそんなに寂しいなら、お土産をたくさん買ってくる。この世界で一番綺麗な『幸せ』を、ニアのために取ってくるから。ね? だから笑って。ニアは僕の大事な妹なんだから。僕という太陽が守るべき、小さな花なんだよ」

「……お兄様……」


 ニアはそれ以上、言葉を紡ぐことができませんでした。

 何を言っても、シンの耳には「ノイズ」としてしか届かない。彼が優しく微笑めば微笑むほど、ニアの心は「救済」という名の孤独に塗り潰されていくようでした。


「さあ、もう寝よう。明日は早いんだ」


 シンは彼女を優しく抱き上げ、廊下まで送り届けました。  扉が閉まる瞬間まで、ニアは縋るような視線をシンに送り続けていましたが、シンはただ、聖者のような清らかな笑顔で手を振り返すだけでした。



-----------------------------------------

 翌朝、グラディア王国の王都は、夜明け前からかつてない熱狂に震えていました。  王宮の巨大な門から目抜き通りにかけて、沿道を埋め尽くしたのは数万の民衆です。彼らは皆、シンを象徴する黄金の小旗を振り、涙を流しながらその名を叫んでいました。


「見ろ、救世主様のお出ましだ!」 「ああ……シン様! 私たちのシン様! 鏡を捨てて正解だった、あの方の輝きだけで世界は十分だ!」


 王宮のバルコニーにシンが姿を現した瞬間、地鳴りのような歓声が王都の空を揺らしました。シンは眩いばかりの白い旅装に身を包み、その純真な瞳を輝かせて、民衆一人ひとりと目を合わせるように大きく手を振ります。


「みんな、おはよう! 今日から僕、行ってくるよ!」


 シンの声は魔法の拡声装置によって、街の隅々まで澄み渡った鈴の音のように響きました。


「勇者様! 掃き溜めに潜む、あの忌々しい『マオウの子ども』を討ち取ってください!」 「あの穢れたノイズを、シン様の光で消し去ってくださるのですね!」


 最前列の老人や婦人たちが、祈るように叫びます。シンはバルコニーから身を乗り出し、慈愛に満ちた笑顔で彼らに答えました。


「うん、約束するよ! その子も、きっと自分が間違っていることに気づいていないだけなんだ。だから僕が会いに行って、優しく直してあげる。世界から、一人残らず悲しい子をなくして、みんなをピカピカの笑顔にしてみせるから!」


「おおお……っ! なんという慈悲、なんという光!」

「シン様! 万歳! シンのユウシャ様、万歳!!」


 熱狂はさらに加速し、人々は我先にと道に跪きました。  やがて、王宮の門が重々しく開き、六頭立ての黄金の馬車が姿を現します。護衛を務めるのは、白銀の甲冑を纏ったリマスタ(聖和改修省)の精鋭騎士団。その中心で、シンは馬車の天窓から身を乗り出し、熱狂する民衆に絶え間なく言葉をかけ続けました。


「あっちの街の人にも、この光を届けてくるね! 戻ってきたら、今よりもっと素敵な、悲しみのない世界をみんなに見せてあげる!」


 その隣で、ガド・レギオンは静かに座り、貼り付いたような完璧な笑みで民衆に会釈していました。 (……これほどまでの熱狂、これほどまでの期待。シン様、貴方はもはや人間であってはならない。この民たちの狂気に応える唯一の道は、貴方が『完璧な神』であり続けることだけだ……)

 馬車が王都の巨大な外門に差し掛かった時、シンは最後に一度だけ振り返り、城下町全体を包み込むように両手を広げました。


「みんな、行ってきます! 世界の『正解』は、僕が全部拾い集めてくるからね!」


 その言葉を合図に、王宮の魔導士たちが一斉に空へ光弾を放ちました。  青空に輝く黄金のオーロラが、シンの旅路を祝うように美しく棚引きます。    誰一人として疑わない。  この救世主が歩く道の先に、どのような凄惨な「書き換え」が待っているのかを。  ただ、この眩しすぎる太陽のような少年に、すべてを委ねる幸福に酔いしれながら、民衆は馬車が見えなくなるまでその名を叫び続けていました。


王都の狂信的な喧騒が遠ざかり、ついに重厚な外門が「ギギギ……」と重い音を立てて開かれました。目の前に広がるのは、手入れされた王宮の庭園とは違う、どこまでも続く未知の草原と青い空。


「ついに始まったね、ガド! 僕たちの『遠足』……ううん、世界を救う大冒険だ!」


シンが馬車の窓から身を乗り出し、期待に瞳を輝かせたその瞬間でした。


「……お、お兄様! 待って、行かないで!」


街道脇の生い茂る草むらから、土に汚れ、髪を振り乱したニアが飛び出してきました。 あまりに必死なその姿に、馬車が急停車します。シンは驚いて地面に飛び降りました。


「ニア!? なんでこんなところに! 昨日の夜、あんなに危ないって言ったじゃないか」

「嫌、嫌よお兄様! お願い、連れて行って……。あんな場所に一人で残されるくらいなら、ここで獣に食べられた方がマシだわ!」


ニアはシンの白い旅装を泥のついた手で掴み、堰を切ったように泣きじゃくりながら叫びました。


「お兄様がいない間、あの人たちは私を『部屋の汚れ』みたいに扱うの……! 出された食事の中に、生きた虫や腐った残飯が入っていたことだってあるわ。昨日の夜だって、お兄様の部屋を出た後に侍女たちが私の髪を掴んで、『バグの分際でシン様に触れるな』って……! 私が泣いても、誰も助けてくれない、誰も見てくれないのよ!」


ニアの告白は凄惨なものでした。王宮の「正解」を維持するために、不純物とされた彼女は執拗な虐待を受けていたのです。しかし、シンは信じられないものを見るように目を丸くし、困ったように微笑みました。


「ええっ、虫……? それはきっと、ニアを驚かせようとしたサプライズだよ。ほら、ニアは可愛いから、みんなと仲良くしたかったんじゃないかな。残飯だって……うん、きっと最新の栄養学に基づいた特別な料理だよ! 侍女さんたちがニアの健康を想って作ってくれたんだよ」

「違うわ、お兄様! あれは……あれは明確な悪意なのよ!」

「そんなことないって。この世界に『悪意』なんて古いノイズ、もう残ってないんだから。お城はリマスタのみんなが毎日綺麗にパッチを当てている、世界で一番安全な場所なんだよ? ニアがそんなに怖がる必要なんて、どこにもないじゃないか」


シンは、ニアの傷ついた心という「現実」を、自分の幸福な「仕様」で塗り潰そうとしました。彼にとって、城は平和の象徴であり、そこで虐待が起きているなどというノイズは、理解の範疇を超えていたのです。


「さあ、ニア。もう一度騎士たちに送らせるから。お城に戻れば、美味しいお菓子とふかふかのベッドが待ってるよ。外の世界は、僕が全部ピカピカに直すまで、もっとずっと不気味なんだから」

「……お兄様、どうして……。どうして、私の言葉を、聞いてくれないの……っ」


絶望に暮れるニア。彼女の視界が涙で歪む中、馬車の中で静観していたガドが、冷徹な計算を秘めた瞳でゆっくりと降りてきました。


馬車から降り立ち、泥にまみれたニアを見つめるガドの瞳は、まるで精緻な機械が未知の数値を計算しているかのように静謐でした。


(……予定外だが、悪くない。この足手まといを連れていけば、道中は必然的に遅れる。その空いた時間で『魔王』の調査を万全に整え、シン様に見せるべきではない邪魔な情報をあらかじめリマスタ(修正)できる。この予備時間は、むしろ「正解」への近道だ……)


ガドは一瞬で思考を完結させると、貼り付いたような完璧な微笑を浮かべ、シンの肩にそっと手を置きました。


「シン様。……ニア様を連れて行きましょう」

「えっ、ガド!? でも、外は危ないし、ニアはまだこんなに小さいんだよ?」


驚いて目を丸くするシンに対し、ガドは慈しむような、それでいてどこか芝居がかった仕草で首を振りました。


「お城に戻せば、彼女の心に消えない『ノイズ』が刻まれてしまいます。シン様が不在の城で彼女が怯え続けることこそ、この世界のバグではありませんか? 僕たちが隣で守って差し上げれば、何も問題はありません。――ねえ、シン様?」


ガドが覗き込むようにしてそう言うと、シンはパッと表情を明るくしました。親友の言葉こそが、彼にとっての唯一の指標なのです。


「……そっか! さすがガドだね。ガドが守ってくれるなら、お城にいるよりずっと安全だ。わかったよ、じゃあ三人で行こう! ニア、よろしくね!」

「……っ、ありがとうございます、お兄様! ガド様!」


ニアが弾かれたように、泣き笑いの表情でシンの腕に抱きつきました。その様子を、ガドは満足げに、しかし瞳の奥に冷たい温度を宿したまま見つめています。


「気を取り直して! さあ、行こうガド! まずは何から取りに行こうか? やっぱり『聖剣』かな? 一番かっこいいし、悪いノイズをバッサリ消せそうだし!」


シンは少年の顔に戻り、期待に胸を膨らませてガドの顔を見上げました。それを受けたガドは、まるで幼い弟を導く兄のような、穏やかで絶対的な信頼を感じさせる笑みを返します。


「ふふ、シン様らしい。ですが、慌ててはいけませんよ。まずは『黄金の盾』を取りに、聖域の迷宮を目指しましょう。シン様の清らかな御身を、まずは完璧な守りで包まなければなりません。傷一つ、汚れ一滴さえ、貴方には似合いませんから……」

「盾かぁ! うん、ガドが言うならそれが『正解』だね! よーし、出発だ!」


シンがガドの肩を軽く叩き、二人は顔を見合わせて笑いました。その光景は、どこからどう見ても仲睦まじい親友同士の、輝かしい旅立ちそのものでした。


こうして、世界を「正解」で塗り潰そうとする二人の神童と、兄の背中に縋る一人の少女。 彼らによる、残酷で美しい「救済」の旅路が、黄金のオーロラに見守られながら静かに幕を開けたのです。


「……お兄様。


貴方はいつだって、眩しくて、優しくて……そして、とっても残酷です。


虫の入った食事を『サプライズ』だと笑う方たち、私たちが流しているこの赤い血は見えていないのですね。お兄様の世界は、もうリマスタによって塗り潰された『完璧な絵本』になってしまったから。


でも、いいのです。 私をバグだと蔑むあの冷たいお城に一人で残されるくらいなら、私は毒に満ちた外の世界で、お兄様の光に焼かれて消える道を選びます。


……ガド様。 貴方だけは、私のこの『汚れた声』が聞こえているのでしょう? お兄様を太陽として守るために、私の絶望さえも利用しようとする貴方のその冷たい瞳……私は、お兄様の無垢な笑顔よりも、貴方のその『正義を装った計算』の方が、ずっと信じられるのです。


お兄様の隣にさえいれば、私は『汚れ』ではなく『花』になれる。 たとえそれが、嘘で固められた偽りのテクスチャだったとしても……。


さあ、行きましょう。 黄金の盾が眠る、あの迷宮へ。


……あ、そうだ。 お兄様とのこの『冒険の記録』が、誰かに消されてしまわないように。 見守ってくださる皆様の**【ブックマーク】という名の鎖で、この物語を繋ぎ止めておいてくれませんか? そして、お兄様を称える【評価の星(☆☆☆☆☆)】**を贈ってくださると嬉しいわ。 皆様の支持という名のパッチがあれば、私たちの旅は、もっと『正解』に近づけるはずだから。


ふふ……あははは! お兄様、私を見て。私はここよ。 貴方の歩く道の影に、ずっと張り付いているから……。」

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