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シンのユウシャ  作者: ねむ


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Patch 06:再定義

「これより先、一部に『不快なノイズ(残酷な描写)』が含まれます。美しき世界にそぐわぬ方は、ここで目を閉じられることを推奨いたします。」

 我が主、愛しきシン様への賛美が止まらない日誌の続きでございます。


 シン様が十歳を迎えられる頃、あの方の御力はもはや「修復」という域を遥かに超え、**「再定義」**の領域へと達しておられました。リマスタ(聖和改修省)の最奥で、あの方はついに「人の心」に直接触れる術を学ばれたのです。


 ある日のことでございます。王宮の物陰で、一人の若い侍女が泣いておりました。

 不治の病で亡くなった母親を想ってのことでございましたが、それを見つけたシン様は、とても悲しそうな顔で彼女に歩み寄られました。


「どうして泣いているの? 悲しいことがあるなら、僕に教えて」


「シ、シン様……。母が亡くなり……最期にありがとうも言えなかった後悔が、消えないのです……」


 シン様は少し首を傾げ、純粋な好奇心を湛えた瞳でこう問いかけられました。


「……ねえ、まだお母さんの『ご遺体』はあるの?」


 侍女は何を仰っているのか分からず呆然としながらも、「はい、明日、火葬される予定ですが……」と答えました。するとシン様はパッと顔を輝かせ、彼女の手を強く握られたのです。


「じゃあ、今すぐ会いに行こう! 僕が『正解』にしてあげる!」


 シン様の特例により、本来なら許されない遺体安置所へ、引きずられるように連れて行かれた侍女。そこには、冷たくなり、色を失った母親が横たわっていました。


「見てて。……えいっ!」


 シン様がその掌をかざすと、黄金の濁流のような光が安置所を埋め尽くしました。


 するとどうでしょう。死後硬直が始まっていたはずの母親の指がバキバキと不気味な音を立てて動き出し、土気色だった頬が無理やり赤みを帯びていきます。


 シン様は震える侍女の手を取り、その動く死体の掌の中へと無理やり重ね合わせました。


「ほら、お母さんに言いたいことを言って? 大丈夫、今だけ『動ける』ように直したから」


 その瞬間、侍女の目には、恐ろしい「喋る死体」ではなく、生前よりも若々しく輝く理想の母親の姿が映し出されました。シン様の光が、彼女の網膜と脳に「理想のビジョン」を強制的に上書きしたのです。

 母親の形をした肉塊が、彼女の手を力強く握り返し、優しく微笑みました。


『……幸せだわ。最後に会えて……愛しているわ、……』


 母親の口が、娘の名前を呼ぶこともなく「幸福な正解」だけを告げ、そのまま再び動かなくなりました。

 侍女は「ああ、お母様……!」と歓喜の涙を流し、その崩れゆく死体に縋り付いて笑いました。


 ですが、その光景を背後で見ていたリマスタの職員たちは、あまりの異様さに顔を引き攣らせ、一歩後退りしておりました。

 彼らの目に映っていたのは、黄金の光の中で、すでに腐敗の始まりかけた死体が無理やり顎を動かし、虚ろな眼球を震わせながら、意思のない音を漏らしているという地獄絵図だったのですから。


「よかった! ほら、お別れできたね。これで君も、もう悲しくないよね!」


 シン様は、血の気が引いた職員たちの視線など露知らず、一人の少女を「絶望」から救い出した満足感に、聖母のような笑みを浮かべておられました。



 一方、その光の裏側で、ガド・レギオン様の支配力もまた、完成の域に達しておりました。


 ガド様は、聖王ゼオン様から**「パッチ・マネージャー」**という密命を正式に受け、王宮内のあらゆる情報を統制しておられます。


 例えば、シン様の御力に疑問を抱き、「あれは奇跡ではなく、記憶の改竄ではないか」と密談していた貴族たちがおりました。彼らが証拠を揃えて聖王様に直訴しようとしたその前夜、ガド様は一人で彼らの夜会に現れたのです。


「皆さん、随分と熱心に『ノイズ』を書き集めていらっしゃるようですね」


 ガド様のその一言で、部屋の空気が凍りつきました。あの方はワイングラスを揺らしながら、一人一人の顔を慈しむように見つめられました。


「シン様がせっかく世界を綺麗にされているのに、どうして貴方たちはわざわざ泥を掘り返すんですか?……ああ、分かっています。貴方たちの心の中に、まだ『古い仕様』のバグが残っているからですよね」


「ガ、ガド様……! これは正当な疑問で――」


「疑問? いえ、それは『不具合』です。……でも安心してください。シン様の手を煩わせるまでもありません。僕が、貴方たちの利権も、家族の秘密も、すべて『適切な場所』に配置し直しておきましたから」


 ガド様がテーブルに置いたのは、彼らが隠していた汚職や不倫、そして「消されたはずの親族」の名簿。

 貴族たちは真っ青になり、その場に膝をつきました。ガド様は彼らの首筋を優しく撫で、耳元で囁かれました。


「明日からは、シン様を称える詩を書くことに専念してください。もしまたノイズを吐き出すようなら……次はリマスタの地下で、『卒業』の準備を手伝わせていただきますね?」


 翌日、あんなにシン様を疑っていたはずの貴族たちは、まるで人が変わったように王宮で誰よりも声を張り上げ、シン様の「記憶の救済」を称賛しておりましたわ。

 ガド様は、恐怖と利益という鎖を「絆」という綺麗な包装紙で包み、王宮全体を一つの巨大な合唱団へと作り変えてしまったのです。


 そんな中、ガド様は特に声の大きかった貴族へ、花が綻ぶようなあざとい笑顔で近寄られました。


「わあ、素敵な詩ですね! 閣下のお声が一番響いていましたよ。シン様も、閣下がこんなに自分を理解してくださったって、とっても喜んでおいででした」


 ガド様はそう言って、怯えて強張る貴族の袖を、甘えるようにきゅっと掴まれました。


「昨日の『不具合』は、もう綺麗さっぱり治ったみたいで安心しました。閣下の心、今はシン様の光と同じくらい、透き通って見えます。……ねえ、これからもずっと、シン様の味方でいてくれますよね?」


 あどけない瞳で覗き込まれ、貴族は引き攣った笑みで「もちろんですとも……!」と頷くしかありません。

 ガド様は満足げに「えへへ、よかった!」と笑い、軽やかな足取りでその場を後にされました。


 自室に戻られたガド様は、先ほどまでの子供らしい表情を跡形もなく消し、机の隠し引き出しを開かれました。  そこには、昨夜回収した貴族たちの汚職の証拠や、王宮の闇が記された名簿が厳重に保管されています。これは聖王ゼオン様ですら預かり知らぬ、ガド様だけの「コレクション」。


「……陛下には、シン様が作るピカピカな世界だけを見守っていただかないと」


 ガド様は、名簿の隅に並んだ名前を、愛おしそうに指先でなぞられました。


「不純物は僕が預かっておく。シン様がいつまでも、ただの無垢な太陽でいられるように。……そして、僕がいないとこの国が回らないように、ね」


 聖王の目さえも欺き、すべての「汚れ」を自らの掌中に収めて微笑むガド様。その横顔は、光に照らされながらも、誰よりも深い闇に沈んでいるように見えました。



 今や、この王宮に「悲しみ」を口にする者は一人もおりません。

   シン様が通れば、道端の枯れ草さえも強制的に緑を吹き返し、人々の顔には「幸せであること」を義務付けられたかのような笑顔が貼り付いています。


 一度、シン様がふと首を傾げてガド様に尋ねられたことがございました。


「ねえガド。最近、みんな僕を見るとすぐに笑うんだ。昔みたいに、困った顔や怒った顔をしている人が誰もいない。……世界から、本当に悲しいことがなくなったのかな?」


「ええ、その通りです。貴方様がこの数年、絶え間なく世界を『更新』し続けた成果ですよ。……もし、まだどこかに悲しんでいる人がいるとしたら、それはその人が『幸せになることを拒んでいるバグ』なだけです。……だからシン様、そんな小さなことは気にしないでください。それより見てください、あちらの庭園に新しく植えた花が、シン様のご機嫌を伺うように咲き始めましたよ」


 ガド様はシンの視線を優しく誘導し、柔らかな微笑みで不安を包み込んでしまいました。


「本当だ! ああ、あの子たちも僕に挨拶してくれてるんだね。ガド、一緒に見に行こう!」


「はい、喜んで。どこまでもお供しますよ、シン様」


 そう言って駆け出すシンの背中を追いかけながら、ガド様は一瞬だけ、背後の暗がりに控えていた処理班に冷徹な視線を送りました。言葉にせずとも、その瞳が「不純物はすべて、シン様の目に触れぬうちに処理せよ」と無言の命を下していたのです。


 ああ、これこそが理想郷!  シン様の御力が世界を「上書き」し、ガド様の知略が「消しゴム」となって不純物を消し去る。

 聖王ゼオン様は、そんなお二人を見て高らかに笑われました。


  「順調だ。世界が完全に『修正』されるまで、あとわずか……」


 聖王ゼオン様が満足げに目を細め、シン様とガド様が楽しげに庭園へ向かおうと扉に手をかけた、その時でございました。


「ほ、報告! 至急、ご報告申し上げます!!」


 重厚な扉を乱暴に押し開け、一人の伝令兵が転がり込むように入ってきたのです。普段のリマスタ(聖和改修省)の洗練された静寂を切り裂く、あまりに無作法な動揺。

 これまで、王宮の誰もが「外の世界」の小さな不協和音など気にも留めておりませんでした。シン様の奇跡があまりに完璧で、皆があの方の光に心酔しきっていたからですわ。


「……何事だい? そんなに慌てて。せっかくガドとお花を見に行くところだったのに」


 シン様が不思議そうに首を傾げられると、伝令兵は床に額を擦り付け、震える声で叫びました。


「は、北方の果て……掃き溜めの村にて、異常個体を観測いたしました! 5年前の『あの夜』に生まれたとされる子供が、リマスタの改修を拒絶……あろうことか、負の感情を実体化させ、執行官を返り討ちにしたとのことであります!」


 その言葉が出た瞬間、ガド様の瞳からスッと温度が消えました。


「『あの夜』の子……? でも、そんなのただの噂じゃなかったの? 救いから漏れるような悲しい子が、まだいたなんて」


 シン様が悲しげに眉を寄せると、伝令兵はさらに声を震わせました。


「いえ……村の者たちは、恐怖を込めてこう呼んでおります。……あいつこそが、本物の**『アクのマオウの子』**だと!」


 王宮の輝かしい大広間に、場違いな「毒」のような言葉が響き渡りました。  シン様に「修正」されるのを待つだけの無力なゴミだと思っていた存在が、自分たちの知らないところで牙を剥き始めていた。


「……本物の、『アクのマオウの子』だと!」


 伝令兵の叫びが、黄金の静寂に包まれた広間に突き刺さりました。

   その言葉を聞いた瞬間、玉座に深く腰掛けていた聖王ゼオン様が、ゆっくりと身を起こされました。その瞳には動揺など微塵もなく、ただ不快なノイズを検知した「管理者」のような、冷酷な光が宿っています。


「……修正から漏れたゴミが、知恵をつけたか。リマスタの網の目が、これほど粗かったとはな」


 ゼオン様の低い声が地を這うように響きます。あの方は、アクのマオウの子の存在を一つの命としてではなく、美しく完成された自らの世界地図に付けられた「小さなシミ」としか見ておられないのです。


「ガド。もはやこれはただの『書き換え忘れ』では済まぬ。その不浄な血筋ごと、完全に消去しろ。概念そのものを世界から抹消するのだ」


「御意に、陛下。リマスタの総力を挙げ、跡形もなく処理させていただきます」


 ガド様は優雅に一礼し、シンの不安を和らげるように、いつもの穏やかな微笑みでその肩に手を置かれました。


「だからシン様、あとのことは僕に任せて、貴方様はあちらの――」


「……ううん、僕も行くよ」


 シン様の小さな、けれどきっぱりとした声が、ガド様の言葉を遮りました。

 ガド様は、予想外の反応に一瞬だけ目を見開きました。シン様の瞳には、恐怖も憎しみもありません。そこにあるのは、どこまでも透明で、どこまでも独りよがりな「救済の意志」でした。


「だって、その子は今も『悲しいこと』をしているんでしょ? 悪魔なんて呼び出しちゃうくらい、心が汚れて苦しんでいるんだよね。僕が世界を救うユウシャなんだから、僕が直接行って、その子を『正解』にしてあげなきゃ」


「ですがシン様、あそこは汚泥にまみれた掃き溜めです! 貴方様のような尊い方が、直接手を汚す必要など――」


「ガド、大丈夫だよ。僕がピカピカに直してあげるから、汚くないよ」


 シン様はガド様の手をぎゅっと握り、純粋な笑顔を向けられました。


「お父様、僕に行ってほしいんでしょ? 世界から、一人残らず悲しい子をなくしてほしいんだよね。……僕、行くよ!」


 その言葉を聞いたゼオン様は、口元に薄い笑みを浮かべられました。


「……よかろう。シン、お前の光で世界を『完結』させてこい。不完全な命に、本物の奇跡を見せてやるのだ」


「はい! 行こう、ガド! その『マオウの子』も、僕が幸せにしてあげるんだ!」


 無邪気に駆け出すシン様。

 その後ろ姿を追いかけるガド様の横顔は、もはや微笑みの仮面を維持することすら危ういほど、鋭い殺気に満ちておりました。


(……シン様。貴方様は、その輝きで照らすだけでいい。あとの『汚れ仕事』は、すべて僕が片付ける。貴方様の正義に、一滴の泥も混ぜさせはしない……!)


 玉座で見守る聖王、光を背負い無邪気に突き進むユウシャ、そして影で全てを支配しようとするパッチ・マネージャー。

 黄金に輝く王宮の扉が、今、外の世界へと力強く解き放たれました。


 こうして、世界を「正解」に塗り潰そうとする二人の神童による、残酷で美しい「救済」の旅路はついに幕を開けるのです!


【市民ログ:006-B】

「ふふっ。皆さん、そんなに驚かないでください。 たかが『バグ』が一つ見つかったくらいで、僕たちの幸せな世界が壊れるわけないじゃないですか。


シン様がせっかく世界をピカピカに塗り替えているのに、まだ泥だらけのまま震えている子がいたなんて……なんだか、可愛そうですよね? だから、僕たちが直接会いに行ってあげることにしたんです。

あのアクのマオウの子の悲しい記憶も、呪われた運命も、全部まとめて僕たちがキラキラに再定義してあげますから。……ね、素敵な救済だと思いませんか?


あ、そうだ! ここまで読んでくれた貴方たちも、シン様を愛する『お利口な味方』ですよね? もし、この物語がもっと美しく上書きされるのを見たいなら……。 あちらにある【☆☆☆☆☆】を、シン様の光と同じ【★★★★★】にして、僕に見せてくれませんか?


えへへ、ありがとうございます! ブックマークもしてくれたら、貴方のことも僕が『特別な優良市民』として、名簿の特等席に登録しておいてあげますね。 シン様の正解だけが溢れる世界……貴方も、その一部になりたいでしょう?


さあ、シン様。行きましょう!

この世界のノイズを全部消して、誰も泣かない、完璧なハッピーエンドを僕たちで作りましょうね。

……あのアクのマオウの子の心も、僕が『幸せな人形』に書き換えてあげますから。


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