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シンのユウシャ  作者: ねむ
第二章:第一の神器

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Patch16:床に落ちた真実

人気のない、分厚い扉で仕切られた個室へと移動した二人は、重苦しい沈黙を挟んで向かい合いました。医者は部屋の隅々まで盗聴の魔導具がないか確認し、ようやく重い口を開いたのです。


「……先代オルフェウス様は、この街の『太陽』でした。

あのお方の槌が響けば、錆びた鉄さえも命を宿した。誠実で威厳に満ち、民を愛し、民に愛された完璧な主君でした。

ですが、あのお方には一つだけ、火種となる悩みがあったのです。跡継ぎとなる男子がいなかった」


 医者の瞳に、かつての活気あるオキサイドの光景が浮かびます。


「ですが、長女のエレクトラ様がその不安を打ち消していました。

あの方は幼い頃からドレスよりも作業着を好み、お父様にひっついては煤にまみれて笑っておられた。『将来はお父様と同じ炉主になる』と、常に仰って。

あの方には炉の火を操る天賦の才がありました。誰もが、彼女がオキサイド初の女性炉主となり、街をさらに繁栄させると信じて疑わなかった。……あの日までは」


「……あの日?」


「ええ。恋愛など見向きもせず、炉の火ばかりを見ていたエレクトラ様が、突然『結婚する』と。

……ロスト様は、どこか遠い国から来た流れの職人だと名乗っていました。

ですが、その振る舞いには職人特有の粗野なところが一切なく、磁器のように完璧で、実直そのもの。

オルフェウス様も、彼のあまりに非の打ち所がない誠実さと、何よりエレクトラ様が彼に向ける情熱的な瞳を見て、跡継ぎの座と共に結婚を了承されたのです」


「……少し、不自然ではありませんか? 炉主の座に誰よりも執着していたエレクトラ様が、出会ったばかりのロスト様にその座を譲るなんて」


 ニアの鋭い問いに、医者の顔が徐々に曇り始めます。


「仰る通りです。ロスト様は知識のない中、寝る間も惜しんで仕事を覚えたと聞きます。オルフェウス様もその努力を喜び、指導に当たっておいででしたが……跡継ぎが決まった直後、あの方はまるで火が消えたように体調を崩されました。

私が診察しましたが、食欲が落ち、肌に艶がなくなり……なのに、原因が全く分からなかった。焦った私は、大都市である慈教大国グラディアの医師を頼ったのです。すると……」


「……グラディア。お兄様……シン様と私の生まれた国ですね…」


「左様です。その高名な医師と共に、リマスタ(聖和改修省)の監察官も同行しておりました。最新技術の導入には彼らの認可が必要だとかで……。

一時は容態も安定し、『最新の設備があるグラディアで治療したい』との申し出に、長女夫妻も快諾されました。

それからの1か月、お二人は仕事の合間を縫って、毎日グラディアまで見舞いに通っておられた。……私も主治医として同行を求めましたが、機密保持のためと門前払いを食らいましてな」


「……おかしいわ。娘夫婦は入れるのに、主治医である貴方が入れないなんて。まるで、医療の専門家にだけは見せたくない『何か』があったみたいじゃない」


 ニアの言葉に、医者は声を震わせます。


「そして1か月後、オルフェウス様は亡くなりました。

……悲しみに暮れる私に、ロスト様とエレクトラ様は『父の最期を看取ってほしい』と、主治医だった私への配慮を見せてくださいました。

お二人は本当に、亡き父を想う献身的な娘夫婦そのものでした。

……ですが、対面したオルフェウス様のお姿は……かつての威厳などどこにもない。やせ細り、まるで中身が空っぽになった器のような顔色で……。

遺体が運ばれていく中、私は自分の不甲斐なさに立ちすくんでおりました。ですが、ふと、病室の床に落ちていた**『錆』**に気づいたのです」


「錆……? 病院の床に、ですか?」


「はい。初めはロスト様が作業着のまま入ったのかと思いましたが、あの方はあの日、普段着でした。……違和感を感じ、その欠片を持ち帰ったのです。その後、奥様も後を追うように亡くなり……。

半年後、街にあの病が蔓延し始めました。

……王女様、私は気付いてしまったのです。保管していたあの床の錆と、今、患者たちの肌に浮き出ている赤黒い錆を。……それらは、目には見えない微細な鉄の粒が結晶化した、全く同じ成分をしていました」


「……つまり、お父様が亡くなった原因は原因不明の病気などではなく、今の『錆病』と同じ……。そしてそれは、グラディアで『治療』されている間に、あるいはその前から始まっていた……」


 ニアの背中に、昨夜ガドに触れられた時のような冷たい悪寒が走りました。


そんな密談の最中、扉が開き、手当を終えたフェリスが看護師と共に部屋に入ってきました。


 その瞬間、ニアと主治医は示し合わせたように表情を切り替えました。つい数秒前まで「死の真相」を語っていたはずの部屋には、王女が熱心に街の医療史に耳を傾ける、完璧に偽装された「静謐」が戻ります。


「おかえり、フェリス」


 ニアが優しく微笑むと、主治医は逃げるように席を立とうとしました。


「では、私はこれで……」


 しかし、ニアの細い指が、静かに、けれど逃がさぬ強さで主治医の袖を引きました。


「先生、まだお話は終わっていませんよ? ……看護師さん、私は先生からもっとお聞きしたいことがありますの。他の方の診察は、別の医師に頼んでくださるかしら?」


 逆らえぬ王女の命に、看護師は困惑しながらも部屋を去りました。再び訪れた沈黙の中、主治医は観念したように肩を落とし、椅子に座り直しました。


「フェリス……さっきの話、もう少し詳しく教えて。お姉ちゃんを助けてって言ってたけど、それはエレクトラさんのこと?」


 ニアの問いに、フェリスは首を横に振りました。


「ううん。フェリスにはもう一人、ロザリアお姉ちゃんがいるの。お歌がすっごく上手なのよ!

でもね、最近喉が痛いって、お歌が歌えなくなっちゃって……。そうしたら、エレクトラお姉ちゃんが『病気がうつるといけないから』って、ロザリアお姉ちゃんを地下のお部屋に閉じ込めちゃったの……。フェリス、お部屋に行こうとしたけど、ドアが開かなくて……」


 今にも泣き出しそうな少女を、ニアは優しく抱きしめました。そして、その頭越しに主治医を鋭く射抜きます。


「……先生。ロザリア様も、例の『錆病』なのですか?」


「おそらくは……。ですが、私はオルフェウス様が亡くなって以来、ヴァルカン家の診察を断られているのです。エレクトラ様から『父を救えなかった貴方より、グラディアの医師に任せたい』と涙ながらに謝られ……。何も言えませんでした」


「……グラディアの医師……ね」


 ニアはフェリスの涙を拭うと、努めて明るい声で尋ねました。


「ロザリアお姉ちゃん、ご飯はどうしているの?」


「家政婦さんが運んでるのを見たよ! でも、誰も中に入っちゃダメって言われてるから、きっとお部屋の前に置いてるんだと思う……」


 その時、コンコンと控えめに扉が鳴りました。看護師が焦ったように声をかけます。「先生、そろそろ……」


「長いこと引き止めてしまったわね。ありがとう、先生。またよろしくね」


 ニアは満面の笑顔で医者を見送りました。主治医は引きつった笑いを返し、足早に去っていきます。  診療所を後にしたニアとフェリスは、手をつなぎ、再び巨大炉の煙が立ち上る道を進み始めました。


「ねえ、ニアお姉ちゃん。ニアお姉ちゃんは今、どこに泊まってるの?」


「ヴァルカン様のお屋敷の客間を使わせていただいているわ」


「もしかして、階段を上がって左にあるお部屋?」


「そうよ、よく知っているわね」


 すると、フェリスは周囲を警戒するように声を潜め、ニアの耳元でいたずらっぽく囁きました。


「あそこね、フェリスの遊び場なの! お勉強したくない時にこっそり隠れるの。実はね……」



【市民ログ:016-B】

『お父様もお母様も、あんなに優しかったエレクトラお姉ちゃんも……みんな、あの「錆」のせいで変わっちゃった。

ねえ、ニアお姉ちゃん。お姉ちゃんなら、ロザリアお姉ちゃんを助けてくれるよね?

お姉ちゃんの綺麗な歌声、またフェリスに聞かせてくれるよね?』


『あのね、これを読んでいるみんなにお願い!

フェリス、お姉ちゃんたちとまた一緒に笑いたいんだ。

もし、ニアお姉ちゃんを応援してくれるなら……その**【ブックマーク】や【評価】**っていうので、お姉ちゃんに力を分けてあげて!』


『みんなの応援があれば、きっと真っ暗な地下のお部屋のドアも、パカッて開く気がするの!

フェリスもお手伝い頑張るから……だから、また次の秘密のお話も、聞きに来てね!』

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