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シンのユウシャ  作者: ねむ
第二章:第一の神器

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Patch11:拒絶の産声

試練の間『沈黙の拒絶』。その中心へ足を踏み入れた瞬間、神殿の「沈黙」が、一転して地鳴りのような**「怨嗟」**へと姿を変えました。


 「――あ、あ。あぁあああ!!」


 静止していたはずの住民たちの標本が、ガクガクと関節を鳴らし、一斉に動き出しました。その瞳には「幸福」のパッチは存在しません。あるのは、数十年前から蓄積されてきた、誰にも届かなかった「痛み」と、未来を奪った「光」への剥き出しの憎悪です。


 彼らは武器など持たず、ただ、その汚れた手、欠損した指、痛みを抱えたままの体を突き出し、津波のようにシンへと襲いかかってきました。


「来ないで! 僕は、君たちを助けたいんだ! 直してあげるから、笑ってよ!!」


 シンは恐怖を振り払うように叫び、盲目的に黄金の魔力を爆発させました。  病の斑点を消そうと、折れた足を繋ごうと、全能の光を住民たちへ叩き込みます。しかし、放たれた光は神殿の空間に吸い込まれ、あるいは住民たちの怨念に反発し、火花を散らして霧散するだけでした。


「どうして……どうして直らないの!? 僕の力は『正解』のはずなのに!!」


 シンが必死に腕を振るうたび、魔力だけが激しく消耗し、彼の表情から余裕が消えていきます。一方、ガドはシンの背後を守りながら、錆びついた思考を必死に回していました。


「シン様、無理に上書きしてはなりません! 彼らは今、不完全なまま『個』を主張している……! 演算が追いつかない、これほどまでに純度の高い『否定』のデータがこの世界に残っていたなど……!!」


 ガドは迫りくる群衆を剣の柄で突き飛ばしますが、その動作にはいつもの優雅さがありませんでした。彼が見ているのは、目の前の「人間」ではなく、それを構成する「負のデータ」。どうにかしてシンに都合の良い『正解』へ繋ぎ直そうと、必死に現実を数字に置換しようと足掻いていました。


 そんな二人を、ニアは襲いかかる群衆の隙間に立ち尽くしたまま、冷ややかな目で見つめていました。


「……無理よ、お兄様。貴方の光は、この人たちを『消そう』としているだけ。ガド様も、数字で人を計るのをやめたら? ほら、今貴方が蹴飛ばしたそのおじいさん、貴方が以前『管理しやすい優良個体』と報告書に書いていた村長さんじゃない」


「……黙りなさい、ニア様! 今は対応策を構築中だ!」


「いいえ、黙らない。――お兄様、聞いて。この人たちが望んでいるのは、貴方の『キラキラした魔法』じゃないわ。自分たちがここで、こんなにも惨めな姿で、ずっと痛みを抱えたまま生きているという**『事実』**を、貴方に認めさせたいだけなのよ」


 ニアの鋭い言葉が、シンの荒い呼吸の隙間に、楔のように打ち込まれました。


「ニア……何を、言っているの……?」


「お兄様が見ているのは、自分の作った『綺麗な絵本』だけ。でも、目の前のこの人たちは、泥も、血も、膿も流している。それが、貴方の否定した『リアル』よ。お兄様がその汚れを認めない限り、この盾の扉は、貴方を拒絶し続けるわ」


 初めて、ニアの「声」が、シンの耳の奥まで届きました。  シンは、自分に縋り付こうとする一人の少年の、泥だらけで、氷のように冷たい「手」を直視しました。それは、かつて彼が「サプライズの泥」と笑って切り捨てたものと同じ、確かな重みを持った生の手応え。


「……この子の手、……こんなに、冷たい……」


 シンの動きが、止まりました。


  「シン様、耳を貸してはいけません! ニア様は混乱を招いているだけだ、貴方は貴方の正解を信じればいい!!」


 ガドが割って入り、ニアの言葉を遮断しようと声を張り上げます。    救いたいと願うが、現実を直視できないシン。  管理を続けたいが、崩壊する論理に怯えるガド。  真実を突きつけ、兄の傲慢を壊そうとするニア。


 バラバラな三人の視線が交錯する中、神殿は彼らの「不和」を嘲笑うかのように、さらに巨大な鐘の音を鳴り響かせました。


 ゴォォォォォォォォン……!


 神殿全体を揺らす鐘の音が鳴り響くと同時に、襲いかかっていた住民たちの動きが止まりました。しかし、それは沈黙ではありません。彼らの喉から、数十年の時を超えた**「呪詛」**が堰を切ったように溢れ出したのです。


「……光が熱い。お前のせいで、私は死ぬ間際の苦痛の中で永遠に留め置かれている」

「救世主? 笑わせないで。お前はただ、私たちの時間を奪い、自分だけが輝くための標本にしただけだ」

「消えろ、呪われた赤子。お前のいない『昨日』に、私たちを帰せ!」


 何百もの重なり合う否定。それはシンの存在そのものを根底から腐らせる劇薬でした。


「あ……あ、違う、僕は……みんなを、守りたかった、だけなのに……!」


 シンは頭を抱え、その場に崩れ落ちました。黄金の瞳が激しく明滅し、自我が崩壊しかけたその時。背後でガドの瞳が、冷徹な青い光を宿しました。


「――やはり、バグは消去デリートするに限る。シン様、下がってください。このノイズどもを、塵一つ残さず『修正』いたします」


 ガドが右手をかざすと、空間を歪めるほどの圧倒的な魔力が収束しました。それは聖騎士の光ではなく、すべてを無に帰すための、あまりに冷酷な「終わりの力」。彼は論理の崩壊を防ぐため、真実を語る口をすべて永遠に閉ざそうとしたのです。


「やめて、ガド!!」


 鋭い叫び。シンの手が、ガドの腕を掴みました。


  「……シン様? 何を……手を離してください。これは貴方のための、合理的な処理です」


「嫌だ! 殺しちゃダメだ! この人たちは、苦しんでいるだけなんだ……殺すのが『正解』なんて、そんなの、僕は信じない!!」


 シンの、生まれて初めての**「ガドへの反抗」**。  これまで全てをガドに委ね、彼の言う「正解」だけをなぞってきたシンが、初めてガドの論理を明確に否定しました。


「……っ!?」


 ガドの完璧な仮面に、初めて明確なヒビが入りました。シンのために用意した「美しい世界」を、守るべき対象であるシン本人が拒絶した。その事実が、ガドの脳内の演算回路を焼き切ろうとしていました。


「理解不能だ……。シン様、彼らを残せば貴方の心が壊れる! 害悪を排除するのは、この世界の仕様ルールだ! なぜ私の言うことが聞けないのですか!?」


「ルールなんて、知らない! 僕は……この人たちの痛みを、ガドみたいに『消去』したくないんだ!」


 ガドの動揺に呼応するように、ニアが静かに、蛇が這い寄るような足取りでシンの隣に立ちました。


「ふふ、ガド様。貴方の『合理』がお兄様に拒絶されるなんて、滑稽ね。……ねえ、お兄様。ガド様の言う通りにすれば、楽になれるわよ。でも、貴方のその掌に残った『冷たさ』は、消せばなかったことになるのかしら?」


「ニア……僕は、どうすればいいの……?」


「答えは教えないわ。お兄様、**『想像』**してみて。もし貴方が特別な力を持たないただの子供だったら。この人たちの流せなかった涙が、どこへ行くはずだったのか。思い通りにならないこの『泥』の中に、何が隠れているのか……貴方の頭で、考えて」


「想像……? 思い通りに、ならない……こと……」


 シンの思考が、ガドの提示する「二択」から外れ、未知の領域へと踏み出そうとしています。  自分の支配から、愛玩動物アイドルであるシンが離れていく。その恐怖と憤怒が、ガドの理性を凌駕しました。


「……ああ、もういい。ニア様、貴女が余計なバグを植え付けるからだ……。シン様は、私が作った正解の中にいればいい。そのためなら、この場にいる全員を、今ここで『定義不能』にしてやる……!!」


 ガドの背後に、どろりとした黒紫色の魔力が噴き出しました。それはおよそ聖王国の人間が使っていいはずのない、禍々しき**「魔の波動」**。彼の仮面の下から、冷徹な人間の「本性」が、一瞬だけ剥き出しになります。


「――ひれ伏せ、有象無象が!!」


 ガドの手から放たれたのは、光を食らう闇の衝撃波。  しかし、その暴走する力さえも、シンが「想像」し始めた**『何かを守りたい』という切実な願い**によって、予測不能な変化を起こそうとしていました。



【市民ログ:011-B】

「……ふふ、あははは! 見たかしら、記録官の皆様。 管理者の仮面が、あんなにも無様に、美しく砕け散る瞬間を。


『拒絶の産声』――。 お兄様が初めて上げたその声は、世界を救う歌ではなく、目の前の『正解』を切り裂く刃だった。 ガド様、貴方の顔……今思い出しても最高に滑稽だわ。 自分の作ったお人形が、自分に牙を剥くなんて、計算外にも程があるでしょう?


あ、そうそう。 この歪な物語を最後まで見届けたいなら、忘れないうちに【ブックマーク】しておいてちょうだい。 貴方たちが観測し続けてくれないと、お兄様のこの『間違い(バグ)』も、なかったことにされてしまうかもしれないもの。


これから、この『楽園』がどんな風に壊れていくのか。

……ねえ、楽しみでしょう? 次のパッチが当たるまで、せいぜい震えて待っていて。 お兄様がまた、誰かを『傷つけないために切り捨てる』その瞬間を……」

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