決断は大人の責任で日常は子供たちのために
執務室に重い沈黙が落ちていた。
机の上に広げられた書面。
それを囲む六人の表情は、それぞれ違っていたが、共通しているのは――軽くない、という一点だった。
「……理論としては、成立している」
最初に口を開いたのは、錬金術師ブルーだった。
いつもの快活さは影を潜め、慎重に言葉を選んでいる。
「ですが、実験は段階を踏む必要があります。規模も、目的も、厳密に限定しなければなりません」
学術員の一人も頷く。
「用途を誤れば、取り返しがつきません。これは“知識”であると同時に、“力”です」
鍛治士タルトは腕を組んだまま、低く唸った。
「……作れるかどうか、じゃねぇな。作った“後”をどうするか、だ」
両隊長は無言だった。
だが、その沈黙は逃げではない。
むしろ、覚悟を固めている沈黙だった。
領主は、ゆっくりと全員を見渡した。
「実験は行う」
空気が張り詰める。
「だが、条件を付ける。
第一に、防衛目的のみ。
第二に、運用は私の命令下のみ。
第三に、存在は極秘とする」
言い切る声には、迷いがなかった。
「これは戦うための道具ではない。守るために、使わないために、持つ力だ」
近衛隊長が、静かに一礼した。
「了解しました。その覚悟があるなら、我々も責任を引き受けます」
機構隊長も肩をすくめつつ、真剣な目で続く。
「嬢ちゃん……いや、メイヤ様が前に出ない条件なら、俺も賛成だ」
その言葉に、領主は一瞬だけ目を伏せた。
「……あの子は、もう十分すぎるほど背負っている」
そう言って、話は打ち切られた。
実験は大人だけで進める。
それが、この場で交わされた無言の誓いだった。
⸻
同じ日の午後。
領都の一角に、新しく建てられた建物の前に、人だかりが出来ていた。
「えー、本日より!」
元気な声が響く。
「学校兼・託児所、正式に開設です!」
メイヤは、少しだけ緊張した面持ちで立っていた。
前半の重たい会議など、ここには欠片も持ち込まない。
今日は“始まりの日”だ。
「対象は、だいたい十歳くらいまで!読み書き計算は学校で!小さい子は遊びながら待っててね!」
子供たちの目が一斉に輝いた。
「え!? 毎日来ていいの!?」
「ごはんも出るの!?」
「積み木あるってほんと!?」
学術員たちは既に配置についており、版画で刷られた教材が机に並んでいる。
低学年には補助員が付き、外には滑り台とブランコ。
――一気に、音が増えた。
笑い声。
走る足音。
親たちの、少し安心した表情。
ミュネが、メイヤの隣で小さく呟く。
「……始まりましたね」
「うん」
メイヤは、子供たちを見つめながら答えた。
「守るべきものが、ちゃんと“形”になった気がする」
この領地には、もうただの産業だけじゃない。
学ぶ場所があり、休む場所があり、笑う時間がある。
――だからこそ。
(私は、これを守りたい)
戦いの準備は、大人が引き受ける。
子供たちの未来は、日常の中で育てる。
その境界線を、メイヤははっきりと心に刻んだ。
こうして、
領地は静かに、しかし確実に――
次の段階へ進み始めていた。




