世界商品開発機構支店(仮)、開店前から大混乱
「――支店、だと?」
その言葉を聞いた瞬間、領主執務室の空気が固まった。
「はい。世界商品開発機構本部より、正式な出向要請です」
「人員は三十六名。事務官、技術監査官、登録審査官、実験補助員などを含みます」
淡々と説明する機構側の代表。
その横で、書類の束がドサッと机に置かれた。
……厚い。
物理的にも、精神的にも。
「いや、ちょっと待ってください」
私、メイヤは手を挙げた。
「支店って……あの、銀行機能もあるあの機構の、支店ですか?」
「はい」
「登録、審査、試験、仮承認までを領内で完結可能にする予定です」
「……え?」
完結?
「……えええええ!?」
執務室に響く私の声。
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◆ 父、静かに頭を抱える
「……つまりだな」
父――領主は、こめかみを押さえながら言った。
「王都へ行かずとも、ここで新商品登録が出来る、ということか?」
「左様です」
「輸送・試験・確認の手間を大幅に省略できます」
「……」
父は黙った。
沈黙が、長い。
「……メイヤ」
「はい」
「お前、何をした?」
「えーっと……紙と鉛筆と木と鉄と休みを……?」
「余計わからん!!」
珍しく父の声が荒れた。
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◆ 支店候補地を巡る悲劇
問題は山ほどあった。
まず、どこに建てるのか。
「機構としては、ある程度の敷地と警備、耐火・耐久構造を……」
「待って待って!」
「今、建築ラッシュの真っ最中なんです!」
「承知しております」
「なので“仮支店”でも構いません」
仮支店。
その言葉を聞いて、ガルドがポツリと呟いた。
「……例の、空いている倉庫群は?」
「え、あそこ?」
あれは元々、木材と石材を一時保管していた場所だ。
頑丈ではあるが、事務所向きではない。
「……でも、まあ……屋根あるし」
「壁もあるし」
「机並べれば……いける?」
全員の視線が、私に集まった。
「……仮、ですからね?」
こうして、
世界商品開発機構支店(仮)
という、聞いたこともない施設が爆誕した。
⸻
◆ 初日から事故る
支店(仮)初日。
朝から、何かがおかしかった。
「版画教材の追加登録を!」
「え? なんで?」
「え? 今日から?」
機構職員も想定外だった。
「おかしい……まだ告知は最低限のはず……」
全員の視線が、私に集まった。
「……え? 私?」
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◆ メイヤ、逃げたい
昼前には、完全にパンクしていた。
・銀行窓口が人で溢れる
「本部に連絡を!」
「人員増強を!」
「いや先に椅子を!」
阿鼻叫喚。
私は、そっと執務室を抜けようとした。
「メイヤ様!」
捕まった。
「はい……?」
「こちらの判断基準ですが……」
「これは“発明者が同一人物”扱いでよろしいので?」
「……さあ?」
「え?」
「私、今日は“何もしない日”の予定だったんですけど……」
「無理です」
即答だった。
⸻
◆ ロット、遠くで笑う
その頃、ロットは遠巻きに支店(仮)を眺めていた。
「……ほれ見ぃ」
建物から溢れる人、人、人。
「支店が出来た瞬間に、仕事が倍じゃ」
フォフォフォ、と笑う。
「だが、これで王都は完全に後追いになる」
あの小さな領主様は、世界の流れを、知らぬ間に引き寄せておる。
「……ほんに、目が離せん」
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◆ メイヤの一言(本音)
その日の夜。
机に突っ伏しながら、私は呟いた。
「……カフェ作るどころじゃないんだけど」
休むために休みを作り、楽するために仕組みを整えたはずなのに。
「……なんで全部、仕事増えてるの?」
外では、支店(仮)の明かりが夜遅くまで消えなかった。
――こうして、
世界商品開発機構支店(仮)は、初日から伝説を作った。
(なお、正式名称が決まるのは、まだ先の話である)




