領主館・執務室
「よしっ……これで一通り、領内の自給自足体制は整ったはず!」
机に広げた地図の上には、畑、牧草地、窯場、工房群、さらに新しく建設された家畜舎予定地のマーカーが並ぶ。
私は椅子にもたれ、両腕を大きく伸ばした。
ふぅ……長かった。本当に長かった。
転生(?)したからって、まさか前世より働くとは思わなかった。
「でも、これで少しはのんびり出来るかも……?」
そう呟いた瞬間、自分の胸の中に小さなモヤモヤが生まれた。
――この後、私は何をすればいいんだろう。
ここ数ヶ月は、息つく間もなく領地改革をしてきた。
製紙、鉛筆、農地開拓、窯、牧場、木工、土木……。思いつけば即実践して、気づけば部署が増え、村が増え、仕事も増えた。
「これ以上、新しい大規模事業をする余力は……さすがにないわよね」
私はぼんやりと、机に転がった一本の鉛筆をつまむ。
クルクル……クルクル……
ふと、指が止まった。
ん……?
鉛筆……?
「……そうだわ。」
私は勢いよく身を起こした。
「色鉛筆ってどうかしら?」
鉛筆工場はすでに回っている。作業員も慣れて、品質も安定してきた。
なら、後は――色の芯さえ作れればいい。
「地図の版画みたいな鮮やかな色……あれどうやって作ってるのかしら?」
ロットさんなら分かるかもしれない。いや、版画の顔料は彼が扱っているし、詳しいだろう。
けれど――。
「……いや待てよ。私が口を出したら、また仕事が増える気しかしないわね?」
せっかく一段落したのに、これ以上自分が首を突っ込んだら、休暇が永久に消滅しそう。
「そうだ。錬金術師さんの出番じゃない?」
錬金術師なら、顔料の抽出や精製は専門分野……のはず?
この世界の錬金術がどこまで化学寄りかは知らないけど、“色の粉”くらいならいけるだろう。
「ま、任せてしまえばいいのよ! 私はアイディアを渡すだけ!」
私は足取り軽く執務室を出た。
◆
錬金工房は、第二陣として来てくれた人々が整えたばかりで、まだ新しい木の匂いがする。
工房の奥では、青髪の小柄な女性が薬瓶のラベルを整理していた。
ブルー――元・王都錬金術ギルド所属。
第二陣の職人・専門家の中でもひときわ異彩を放つ人物だ。
「ブルーさーん、ちょっといい?」
「! メ、メイヤ様!? 来訪は心臓に悪いです……」
ブルーがびくっと震える。相変わらず反応が可愛い。
「紹介したい人がいるの。入ってきてー!」
私の声に反応して、ドアの向こうから重い足音が聞こえた。
「ほれ、入ればええんじゃろ。失礼するぞい」
入ってきたのは、木工師のロット。
無造作に伸びた髭と巨大な腕、けれど目は穏やかで仕事に真面目。
そのギャップが人気のベテラン職人だ。
「こちらがロットさん。木工と版画を担当してくれてる職人さんよ。そしてこっちが錬金術師のブルーさん」
「よ、よろしくお願いします……!」
ブルーが緊張で固くなる。
対するロットは「フォフォ」と笑い、肩を軽く叩いた。
「錬金術師か。噂は聞いとる」
「は、はい…………!」
うん、いい雰囲気だ。
さて、と私は二人の間に入り、声を整えて言った。
「今日は二人に共同でお願いしたいことがあるの。色鉛筆の開発よ!」
ロットとブルーが同時に瞬きをした。
「色……鉛筆、ですか?」
ブルーが恐る恐る問う。
「そう。鉛筆を作る技術はあるのだから、後は“色の芯”さえ作れればいいのよね。版画に使ってる鮮やかな色を参考にね」
ロットが腕を組んだ。
「版画の色は植物性顔料と鉱石顔料を混ぜとる。安定はしとるが、鉛筆に向くかどうかは分からんの」
「そこで、錬金術師の出番ってわけ!」
ブルーが少しだけ胸を張る。
「なるほど……顔料の精製と粒子調整ですね。場合によっては結合剤の研究も……うん、出来るかもしれません」
「流石ね!」
私はさらに具体的な条件を付け加えた。
「ただし、いくつか条件があるの。まず――黒鉛筆一本を作るコストの、2倍から3倍以内で一本の色鉛筆を作ること。“なるべく”って条件付きだけどね」
ロットが「うむ、妥当じゃな」と頷き、ブルーは真剣な表情でメモを取っている。
「それと、ブルーさんには黒鉛筆の作り方を全部見せてあげて。材料の調合も、工場の流れも」
「分かったわい。案内する」
「は……はい! 勉強します!」
二人の目がキラリと輝いた。
――やる気満々。
これは期待できる。
「じゃ、あとは任せたわ! 私は少し休むから!」
私が満足げに工房を後にしながら思ったこと。
(……結局、仕事を増やしてる気がするんだけど? 気のせいよね?)
いや、気のせいじゃないと思う。
でもまあ、色鉛筆が出来たら可愛いし、便利だし、売れるし、綺麗だし。
それでいいのよ。うん。
「ま、いっか。頑張れー!」
私は軽やかに手を振り、工房を後にした。
――色鉛筆開発計画、ここに始動。
領地の進化は、まだまだ止まらない。




