クロスボウという“答え”
鍛冶場でも工房でもない、
木工場の奥――。
木の匂いと油の匂いが混ざったその場所に、
木工師と近衛隊長は並んで立っていた。
作業台の上には、ずらりと並べられた――
完成品のクロスボウ。
「……どうじゃ?」
先に口を開いたのは木工師だった。
「中々良いな、このクロスボウ」
近衛隊長は一本を手に取り、
構え、引き、狙いの姿勢に入る。
「確かに……これは直接取りに行けと言われるのも納得だ」
カチリ、と機構が噛み合う音。
「これまでの弓とは、完全に別物だな」
木工師は、喉を鳴らして笑った。
「フォフォ……じゃろう?」
■ 戦術が変わる“道具”
近衛隊長は静かに言った。
「これが普及すれば……戦場の形そのものが変わる可能性がある」
「弓は“腕”が要るが、これは“訓練”でどうにかなる」
木工師は、木屑のついた手を布で拭う。
「その通りじゃ。“才能”ではなく、“数”で殴れる武器じゃな」
二人の視線が、無言で交錯した。
「……で?」
近衛隊長が聞く。
「400丁。どれくらいで揃いそうなのだ?」
木工師は、少しだけ視線を逸らした。
「そうじゃの……」
一拍。
「当面は、無理じゃな」
「………………」
空気が一気に重くなる。
「しかし、安心せい」
木工師は、ゆっくりと指を立てた。
「ここに来ておる30名ほどの近衛分は、すでに完成しとる」
「……ほう?」
「全部じゃ。すぐに持ち帰って、訓練に使え」
近衛隊長の目が、わずかに細くなる。
「……残りは?」
「さぁて、どうじゃろうな」
木工師は、わざとらしく首をかしげた。
「落ち着くまで、かな?フォフォフォ……」
■ 腹の探り合い
「……そういう魂胆か」
近衛隊長は、ため息混じりに笑う。
「嬢ちゃんの領地が、どこまで“拠点化”するか見極めたいってわけだな?」
「フォフォ……分かっておるではないか」
「なら、仕方ない」
近衛隊長は、クロスボウを肩に担いだ。
「完成するまで、待つとしよう」
「うむ。それでよい」
木工師は満足そうに頷いた。
■ 小型モデルの意味
近衛隊長は、作業台の隅に置かれた
一回り小さなクロスボウへと視線を移す。
「……こっちの小さいのは例の“子供用”ってやつか?」
「最初は、そうじゃな」
木工師は、少し目を細めた。
「だがの……機構隊長が、こっちを希望してな」
「……なに?」
「騎乗状態、森の中、高低差……取り回しは、大型よりも小型の方が圧倒的に良い……そう言っておったわ」
近衛隊長は、小型を手に取り、
素早く構え、振り回し、引く。
「……確かに」
「これなら、大人の力でも足を掛けずに、そのまま引ける」
「連射も速いな……」
近衛隊長は、低く呟いた。
「……戦術の違い、というやつか」
「成る程……」
木工師は、満足そうに笑った。
「フォフォフォ……お主は、若干“頭が硬い”ようじゃのぅ〜」
「……軍人だからな。柔らかすぎるのも困るがな」
■ そして、火種は広がっていく
その頃――
訓練場では、新たに届いたクロスボウを手にした近衛たちがざわついていた。
「……これ、マジで凄くないか?」
「弓より楽じゃねぇか?」
「これ、誰でも使えるぞ……?」
誰も気づいていなかった。
**“一つの木工品”が、
戦場の常識を書き換え始めている”**という事に。
■ そして、元凶は今日も平常運転
「ん? なんか今日、騒がしくない?」
納豆を混ぜながら、メイヤは首をかしげた。
「気のせいかな?」
領地の片隅で、静かに、だが確実に“軍事革命”が始まっている事など――
この時の彼女は、
まだ、知る由もなかった。




