鉛筆づくり、始動!
鉛筆の試作を終えた翌日、父は領主館の会議室に関係者を集めた。
ミュネ、調理師、木工師。それからいつも冷静な執事ガルド・ハウル。
そして、末席にちょこんと座る私。
父は鉛筆を手に取りながら、ゆっくりと皆を見渡した。
「――まず、メイアが作ったというこの“鉛筆”。これは本当に可能なのか、材料の入手はどうなのか。それを順に聞こう」
真っ先に口を開いたのはミュネだった。
「芯の材料は炭と粘土です。炭は調理場で常に使われておりますし、粘土は領主館の庭や周囲の土から簡単に採取できます」
調理師も続く。
「炭を砕くのも、混ぜるのも、焼くのも難しい作業ではありません。適度に火を調節すれば、しっかりと硬く固まります」
父は驚きに目を少し大きくした。
「そんなに簡単なのか?」
「はい。お嬢様の指示の通りに行うだけでした」
次に木工師が手を挙げた。
「木の削り加工も問題ありません。細かい作業ではありますが、慣れれば量産できます。木材も森からいくらでも取れます」
父は思わず息を呑んだ。
「炭も、粘土も、木材も……すべて領内で揃うのか」
母も同じく驚きの声を上げる。
「しかも難しい工程もない……すぐにでも生産できるのね」
私の胸はわくわくと高鳴った。
だって――いよいよここからが“仕事”の始まりだから。
父は深く頷き、テーブルを軽く叩いた。
「では、生産体制について考える必要がある。ガルド!」
「はっ」
呼ばれた執事ガルド・ハウルは姿勢よく一歩前へ出た。
犬族特有の鋭い視線、無駄のない動き。さすがは父の右腕だ。
「仮に、木工師が型を使い芯を挟んで削る作業を担当するとして……調理場では芯の生産、屋敷の者たちは炭砕きや粘土練りを行うとしよう」
父が言うと、ガルドはすぐに計算を始めた。
「一日で芯は……調理師が一人でも、おそらく十数本は焼けるでしょう。粘土と炭の混合作業は、他の者が行えばさらに倍は可能です」
木工師も口を挟む。
「削りの工程は……慣れれば一人で一日二十本は行けまさぁ。二人いりゃ倍です」
ガルドは素早く数字を書き、まとめる。
「三工程を並列で行えば、初動でも一日三十本――慣れてくれば五十本以上の生産が可能かと」
父の目がきらりと輝いた。
「……三十本!? 本当にそんな量を作れるのか?」
ガルドは堂々と頷く。
「はい。設備と人員が整えば、現実的な数字です。材料も領内で無尽蔵に採れますから、継続した生産ができます」
母も眉を丸くした。
「こんなに簡単に、価値あるものが……」
私は嬉しくなって、椅子の上でぴょこんと跳ねた。
「ね、ね!お父様、売れますか?いっぱい?」
父は笑った。
「売れるどころではない。これは……文字を書く文化そのものを変える可能性がある。
“インク”を必要としない筆記具だ。誰でも、どこでも使える。――これは大きな商機になるぞ!」
ミュネと調理師、木工師の皆が驚きで目を丸くしていた。
「お嬢様が……こんな発明を……」
「す、すごいお嬢様だわ……」
ガルドですら尾をぴんと立て、感嘆の表情を浮かべる。
「メイア様の発想力、恐れ入ります」
父は深く息を吸い、改めて決意するように宣言した。
「本日ここに、鉛筆生産の工房を設けることを決める!関係者は準備を始め、ガルドは必要な人員の割り振りをすぐにまとめよ」
「はっ!」
父は私の方を見て、優しく微笑んだ。
「メイア。お前はこの領地の未来を変えるかもしれない。お前の力を……これからも貸してほしい」
胸がじんわり熱くなる。
「うん!なんでもやる!いっぱい考える!」
母はそっと私の頭を撫でた。
「ええ……きっと、あなたは素敵な領主代理になれるわ」
その言葉に、私の胸はふわっと温かくなった。
そうだ。前世の知識だけでも、できることはこんなにある。私がこの領地を良くできるかもしれない。
――第2の人生、まだまだ始まったばかりだ。




