隊長、脱げと言う
領主とロウガ――
二人の商談を、少し離れた柱の影から聞いていた男が一人。
機構軍隊長である。
(……ロウガって商人、言ってる事は至極真っ当だな)
腕を組みながら、低く息を吐く。
(だが……ここの領主様、貧乏が骨まで染みついとる……“金を稼ぐ”って発想になると、途端に鈍る)
視線の先では、まだロウガに説教され続けている領主が、しょんぼりと肩を落としていた。
(……ありゃ、完全に畑仕事の感覚だな)
■ ロウガが売っている“もの”
(ロウガが今ここから売ってるのは……鉛筆と、紙。売り先は今のところ、隣の――エドラン領のみ)
以前、探りを入れた時のやり取りを思い出す。
『なんでガリオン領には売らない?』
そう聞いた時、ロウガは苦笑しながら言っていた。
『嬢ちゃんに言われたんだよ。“通るだけで金取られるなら、遠回りしてでもエドランだけに卸せ”ってな』
(……生産量から見ても、完全に“正解”だ)
(あの嬢ちゃん……感覚で動いてるようで……
“物流”まで計算してやがる……?)
隊長は小さく笑った。
(本当に何者だよ……あの子は……)
■ そして“飯”は、もっと危険だった
(だが……)
視線を、会場に並ぶ料理へ移す。
味噌汁。焼き魚。煮物。糠漬け。納豆。白米。どぶろく。
(……この“食い物”は、もっとヤバい。物珍しさに貴族共は確実に飛びつく。しかも――すでに王都では、嬢ちゃんの製品が“OEM”で馬鹿売れらしい)
(あのババア……一枚噛んでるどころか――
何十枚も噛んでやがるな)
隊長の口元が少し歪む。
(問題は――ガリオン領だ。あそこの領主は……黒い噂が絶えない男。俺らも、あそこを通らずに来た。この和食だの、味噌だの、醤油だのが――“この領地発”だと気づかれれば……間違いなく、“何か”仕掛けてくる)
■ 近衛隊長へ
その夜。隊長は、近衛隊長の部屋を訪れていた。
「よぉ、飲んでるか」
「……何だ、今日は妙に真面目な顔だな」
「ああ。ちょっとな」
隊長は、低い声で切り出した。
「――この領地、近いうちに“目を付けられる”」
「……ガリオンか」
「話が早いな」
近衛隊長は苦い顔をした。
「和食だの、味噌だの……あれだけの“新規商品”が一気に出りゃ、嗅ぎつけるに決まってる」
「ああ」
そして、隊長は――とんでもない一言を放った。
「……俺ら、この制服を脱ぐ」
「…………は?」
「お前らも脱げ」
「………………はぁ?」
■ 脱げと言われた理由
隊長は、淡々と説明した。
「嬢ちゃんの飯、食っただろ」
「……ああ」
「近いうちに、“ここ発の製品”ってバレる」
「……だろうな」
「そうなった時――近衛や機構の制服を着た連中がウロついてたら、どう見える?」
「……完全に“特別な領地”に見えるな」
「そうだ」
隊長は、真っ直ぐに言った。
「相手は“商売敵”だ。だが同時に“敵”にもなり得る。警戒されれば、裏で何を仕掛けてくるか分からん」
「だから――」
「一度、“普通の領地”を演じる」
「……」
「俺らはこの制服を脱ぐ」
「ここの領民らしい服に着替える」
「……潜るって事か」
「そうだ」
隊長は静かに頷いた。
「相手の出方を見るためだ」
「警戒されないように、な」
■ そして翌日――
その翌朝。
近衛と機構軍の兵士たちは――
次々と制服を脱ぎ捨て、作業着に着替えていた。
「……俺、人生で初めて“兵士に見えない仕事”してる……」
「鍬、重っ……」
「なにこれ、平和すぎて怖い……」
だがその様子を見ていたメイヤは、
「……なにこの“急に農村RPG始まりました感”……」
と、首をかしげていた。
その背後で、機構軍隊長が静かに呟く。
「……これからが、本番だぞ――」
和食の湯気の向こうで、静かに、しかし確実に、
商業と政治の歯車が噛み合い始めていた。




