アグライア、開封即爆死
世界商品機構・本部最上階。
磨き上げられた大理石の床、天井から下がる魔導照明、壁一面を埋め尽くす魔法陣と書庫。
豪奢と実務が混在するその執務室の中央で、
総責任者――アグライア=ホルンベルグは、優雅に紅茶を傾けながら書類に目を通していた。
「……次の議題は、西方商路の関税問題でしたか。あら、まだ揉めてるのね……」
いつも通りの平穏な業務風景。
だが、それは唐突に破壊される。
「総責任者!至急、お届け物です!!」
扉を勢いよく開けて飛び込んできた部下は、顔面蒼白。
両手で抱えているのは――
封蝋付きの、超・厳重封筒。
ただの封筒ではない。
三重封印。最上位ランクの封書である。
アグライアの眉が、ぴくりと跳ねた。
「……この封印形式……まさか……」
部下がごくりと喉を鳴らす。
「差出人は……“R”とのみ……」
――ピシッ。
アグライアの手元で、紅茶のカップに細かなヒビが走った。
「……あの爺か」
ゆっくりとカップを置く。
動作は優雅だが、目は完全に警戒モードだった。
嫌な予感しかしない――
それが、長年“あの爺”と付き合ってきた女の本能だった。
⸻
封印解除
封筒の中から現れたのは――
・分厚い手紙:一通
・精密な図面:十数枚
・謎の追加資料:さらに数束
量がおかしい。
アグライアは、覚悟を決めたように一枚目の手紙を開いた。
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一行目
「あの子が、本気を出し始めた。悪気は無い」
「……でしょうね」
アグライアは即答した。
悪気が無いからこそ、なおさら危険なのだ。
嫌な予感が、確信に変わった瞬間だった。
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二行目
「建築物を“規格化”し、素人でも組める構造に再設計」
「……は?」
アグライアの思考が一瞬停止した。
規格化。
それは“都市文明の量産スイッチ”である。
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三行目
「地図を“版画化”し、用途別に複製可能な運用を開始」
「……ちょっと待ちなさい?」
情報共有の革命が、もう始まっている。
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四行目
「昆布出汁、味噌、醤油、順次導入予定」
「………そもそもこれは何かしら?」
理解が追いつかない。
アグライアの手が止まり、視線が宙を泳ぐ。
部下が恐る恐る声をかける。
「あ、あの……?」
アグライアは震える声で言った。
「……この手紙……“文明パッチノート”かしら……?」
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さらに追撃(図面地獄)
一枚目。
「……水田の構造、改良型……?」
二枚目。
「……規格倉庫……?」
三枚目。
「……乾燥棚の大量生産ライン……?」
四枚目。
「……穀物加工の“流れ作業”……?」
五枚目。
「……都市設計の“グリッド配置”……?」
一枚、また一枚とめくるたびに、
アグライアの顔色は、青 → 白 → 灰色 → 無の境地へと変化していく。
「……ちょっと……待ちなさい……」
震える指で図面を机に広げながら、かすれ声。
「これ……一領地でやる規模じゃないわよ……」
国家だ。
いや、すでに“文明単位”である。
⸻
そして、最後の一文
「なお、全てメイヤ様の“思いつき”です。それに、手紙が届く頃にはさらに増えています」
「――――っ!!」
次の瞬間。
「ブフォォォォォォッ!!!」
アグライアは盛大に紅茶を噴き出し、
そのまま椅子ごと後方へ転倒した。
書類が舞い、図面が宙を飛び、
世界商品機構・最高責任者は床に転がった。
「……あの子……」
「商品登録どころか……文明そのものを……量産する気……?」
部下が震え声で問いかける。
「ど、どうしますか……?」
床に転がったまま、アグライアは、ゆっくりと上体を起こし――
その目だけが、異様なまでに輝いていた。
「……決まってるでしょう……」
「全力で囲い込みなさい」
「世界商品機構の未来が――」
「今、あの子の手の中にあるわ」
⸻
その頃、遥か西の領地――
「くしゃみ出た……」
メイヤは、なぜか納豆用の藁を抱えながら首をかしげていた。
文明が震えているとも知らずに。




