爺の密書と最高級の日雇いたち
木工師の爺は、珍しく机に向かっていた。
手には、分厚い封蝋つきの手紙。
「……まさか、この歳になって“機構”に手紙を書く日が来るとはのう……」
宛名は――
世界商品登録機構総責任者
アグライア=ホルンベルグ 殿
そう、あの女である。
「内容が内容じゃ……口頭では絶対に伝わらん……」
地図の話
規格を盛り込んだ縮尺。版画による情報分離のそして“娘のような存在”が、無意識でそれを構築しているという事実。
「……読んだら、あのババア……間違いなく飛び出してくるわい……」
爺は、ペタリと封蝋を押した。
「この歳で、こんなにワクワクするとはな……情報を送る立場で良かったわ!」
立ち上がり、外へ出る。
「さて……機構軍の隊長に会いにいくとするかの」
草原――機構軍 仮駐屯地
「ふぁ〜ぁ……」
機構軍隊長は、草原に大の字で寝転がっていた。
「本部にいた頃は、分刻みで会議、書類、報告、戦略……」
ゴロン、と寝返り。
「それに比べりゃ、この任務は天国だな……」
空を見上げる。
「草は青いし、風は気持ちいいし……」
その時だった。
「……すまんの」
「……ん?」
ぬっと、視界にシワだらけの顔が入り込んだ。
「…………は?」
木工師の爺だった。
「誰!?」
「木工師じゃ」
「いや、そうじゃなくて!?何で軍の敷地に!?」
「門から普通に入ってきたが?」
「警備仕事しろーーーっ!!」
隊長は跳ね起きた。
「で、何の用ですか、お爺さん!」
「これを、あのババアに渡してくれ」
そう言って、封蝋付きの分厚い手紙を差し出す。
「…………は?」
隊長は手紙を見て、眉をひそめた。
「いやいやいや……」
「何じゃ?」
「こんな厳重に封印した手紙、簡単に渡せるわけないでしょ!?」
「なぜじゃ?」
「なぜも何も!送り主も分からない!差出人の身元不明!しかも相手は世界商品登録機構の総責任者ですよ!?」
爺は、少し考えてから言った。
「……そうじゃな……」
顎に手を当てる。
「では、こう言えばよい。“Rからだ”と」
「…………R?」
その瞬間、隊長の顔色が変わった。
「………………R、って……」
「それで必ず通じる」
「………………」
隊長は、ゆっくりと手紙を受け取った。
「……何なんですか、あんた……」
「ただの木工師じゃよ」
「“ただの”は無理があるでしょうが!!」
爺は満足そうに背を向けた。
「頼んだぞ」
「……はぁ……」
手紙を見つめ、隊長は小さく呟く。
「……Rって……本部の“極秘開発案件”の符丁じゃないか……」
再び爺を見る頃には、もう姿は消えていた。
「……何者なんだよ、あの爺さん……」
その頃――領地外縁部
「到着だーっ!!」
土煙を上げて、馬車の一団が入ってきた。
日雇い第一陣、到着である。
人数、二十名弱。
「……おお……」
門の警備兵が思わず声を漏らした。
「……全員、ゴリ……」
全員、屈強。
全員、腕太い。
全員、無口。
一目で分かる。
――建築現場のプロ中のプロ。
そこへ領主付きの使者が現れた。
「皆さん、ようこそ。我が領地へ……」
通常なら建築現場直行――のはずだった。
だが。
「本日は“別の場所”へ案内します」
「……は?」
日雇いたちは顔を見合わせる。
「建築じゃ、ないのか?」
「建築ですが……“少し毛色の違う現場”です」
案内された先は――
木工場、試作場、倉庫予定地、そして――地図作業所。
「……何だ、ここは……」
その時。
メイヤが現れた。
「ようこそーっ!!」
ガタイのいい男たちの前に、ちんまりした少女が立つ。
「えーっと、今日から皆さんには!」
ビシッと指を立てる。
「普通の建築だけじゃなく、量産前提の“工場建設”を手伝ってもらいます!」
「……工場?」
「量産?」
男たちがざわつく。
メイヤは、にっこり笑った。
「あと、全部“規格化”しますから!」
「……規格?」
「同じ寸法!同じ構造!同じ手順!」
沈黙。
次の瞬間――
「……ロウガの野郎……」
「……だから、金が高かったのか……」
「……これは……」
全員が、一瞬で理解していた。
――これは、ただの建築仕事じゃない。
メイヤは、満足そうに手を叩いた。
「さぁ!まずは基礎から行きましょう!」
こうして――
密書は機構へ向かい、
最高級の日雇いたちは領地に根を張り、
気付けばすべてが、取り返しのつかない規模で動き始めていた。




