メイヤ、不敵に笑う。木工師すべてを理解する
「……くくく。和食再現計画は、だいぶ進んだわね……」
屋敷の自室。
メイヤは椅子に深く腰掛け、指を組んで悪役めいた笑みを浮かべていた。
昆布は確保。
味噌と醤油は仕込み中。
八十八(米)もすでに水田で育成中。
――包囲網は、ほぼ完成している。
「ふふ……もう逃げ場はないわよ、この世界……」
誰も聞いていないのに、なぜか勝ち誇るメイヤ。
だが、ふと現実に引き戻される。
「……でも人手は、相変わらず足りないのよね」
机の上のメモには、しっかりと現実問題が山積みだった。
・日雇い、まだ来ない
・領民募集、動き待ち
・近衛も機構軍も使えない
・電話なら一発!?そんな物はない
「ロウガさん……そろそろ何か連絡くれてもいい頃なんだけど……」
この世界には電話も電報もない。
連絡手段は基本、人が走るか、馬が走るかである。
つまり、遅い。
「早馬でも数日……そりゃ仕方ないわよね……」
メイヤはベッドにごろんと転がった。
「はぁ……今すぐ出来ること……今すぐ出来ること……」
天井を見つめて数秒。
「……あ。」
ひらめいた。
「漁村よ!干物!!」
起き上がり、勢いよくドアを開ける。
「よし、ミュネ!漁村に誰かに伝言頼める!?」
「は、はい!?」
「魚は“干す”と日持ちするって教えてあげて!細かいやり方は書くから!」
「わ、分かりました……!」
こうして、干物文化も静かに侵略を開始するのであった。
その頃――木工師の作業小屋
「……ふむ」
カン、カン、コリ……。
木工師の爺は、無言で地図の版木を彫り進めていた。
メイヤから依頼された“地形図専用”の版木である。
「メイヤ様は、まず“地形だけ”と言っておったな……」
普通なら、村、道、川、畑、資源、全て一緒に掘りたくなる。
だが、あの娘は言ったのだ。
――「まずは地形だけでいいの!」
「……普通は、最初から全部掘った方が楽なはずじゃが……」
爺は手を止め、目を細める。
「後から必要な情報を“別の版”で追加すると言っておった……」
そして、静かに理解する。
「……そうか……!」
木工師の爺の口元が、にやりと歪んだ。
「規格が同じだから……」
当たり前だがすべて同じ縮尺。
すべて同じサイズ。だから――
地形の上に、
・農地の版
・水路の版
・資源の版
・村の住宅の版
・防備の版
上記以外も細かく分ければ更に細かく把握出来る。
それに必要な情報だけを版画にすれば見やすくもなる。
「しかも版画なら、何枚でも刷れる……」
つまり――
・領主用の地図(全体的)
・学術用の地図(簡易版)
・兵用の地図(精密)
・開拓用の地図(建築用)
とか全部、同時に量産できる。
「……あの娘っ子……無意識か、確信犯かは知らんが……」
木工師の爺は、彫刻刀を握ったまま、低く笑った。
「完全に“国の管理方式”を作りよる……」
しかも手書きから手書きだと徐々にブレるし大き目の地図は時間も膨大に掛かるし、写したやつの癖も出てしまう。
カン。カン。
「こりゃ……領主様に言わんとまずいのう……」
カン、カン。
「フォフォフォ……」
屋敷――領主の執務室
「失礼いたします」
ノックと共に、木工師の爺が入ってきた。
「おお、爺さん。どうしたか?」
「地図でございます」
爺は、にこやかに言った。
「……ただし“ただの地図”ではございませんが」
「?」
爺はゆっくり説明を始めた。
・まず地形だけを刷る
・そこへ用途別の情報を“版で重ねる”
・各部署が“必要な情報の地図だけ”を持てる
・しかも同じ規格で管理できる
説明が進むにつれ、領主の目がどんどん見開かれていく。
「……それはつまり……」
「はい」
「誰が見ても“領地”が分かる……?しかも重要情報が?」
「その通りです」
沈黙。
そして、領主は――
「……メイヤは、そこまで考えて……?」
「恐らく、無意識にでございますな」
「無意識で!?これを!?」
「ええ、フォフォフォ」
領主は、額を押さえた。
「……わしの娘が……いつの間にか、領地経営の“型”を……」
爺は楽しそうに笑った。
「これが完成すれば、この領地……いずれ“誰が見ても分かる領地”になりますぞ」
「……つまり……」
「王都基準、いえ……国基準で管理できる領地、でございますな」
領主は、深く息を吸った。
「……また、とんでもない事を……」
「これはわしから来ておる機構軍に話して本部に話して貰いましょう」
⸻
同時刻――メイヤ
「へーっくしゅん!!」
急にくしゃみが出た。
「……誰か噂してる?」
首をかしげつつも、メイヤは干物伝言の段取りメモを書き進めていた。
「人手はまだ足りないけど……出来ることから一個ずつ、よね」
和食。
人材。
地図。
干物。
味噌。
米。
小さな一手を、ひとつずつ。
その裏で――
すでに“国の管理方式”が勝手に組み上がり始めているとも知らずに。
「よーし。次は何を仕掛けようかしら?」
メイヤは、今日も無自覚にとんでもない事を考え始めていた。




