鉛筆工房、仮稼働開始!そして商人ロウガの提案
鉛筆の試作が成功した翌日。
領主館の一角に急ごしらえで作られた作業小屋では、ミュネ、調理師、そして木工師のロット老人の三人が、緊張した面持ちで陣取っていた。
「よし、始めましょうか!」
メイアが胸を張ると、周りの大人たちは思わず微笑む。
「本当に……メイア様は何を考えておられるのか……」
ロット老人が苦笑しながら、木の型を手に取った。
まずは炭を砕き、粘土と水を混ぜて練り合わせる。昨日の試作よりも、ミュネと調理師が分量と粘度を研究してさらに精度が増した。
「調理の感覚でやると、意外と楽しいですね」
調理師が感心したように混ぜながら呟く。
続いて、ロット老人が型に詰めて細い棒状に成形し、炭の芯を慎重に取り出す。
昨日よりも明らかに形が整っている。
「よし、焼きに行くぞ。ミュネ、メイア様を頼む」
「はい、ロットさん!」
調理場で、芯を弱い火でじっくりと焼き上げる。焼時間を一定にするために調理師が火加減を細かく調整し、ミュネが仕上がった芯を丁寧に冷ます。
そして最後に、木工師が薄い板に溝を彫り、焼き上がった芯を挟んで削り出すと――
「……できた!」
メイアが歓声を上げた。
昨日より数段滑らかな黒い線を描く『鉛筆』が誕生した瞬間だった。
ミュネと調理師は、息を呑んで手元の完成品を見つめた。
「こ、これは……本当に道具になるのですね」
「絵を描くだけじゃない。文字も、数字も……何度でも書ける!」
興奮した二人の声に押されるように、メイアは鉛筆を持って父母のもとへ駆け込んだ。
──そして領主夫妻も驚愕することになる。
「……メイア。本当に、こんなものを作ったのか?」
父フェルナード領主が鉛筆の先端を見つめ、震える声で言う。
母は書き心地を確かめ、目を丸くした。
「これほど軽く……そして濃く。紙が要らずとも、木の板に簡単に文字が書けます!」
そこでメイアは、満を持して言い放った。
「お父様。これを――領地の産業にしたいのです!」
父と母は一瞬黙り込み、その後同時に頷いた。
「……執事を呼べ。詳しく状況を確認する」
すぐさま呼ばれたのは、切れ者と名高い執事ガルド・ハウル。
そしてミュネ、調理師、木工師ロット老人を交えて急遽会議が開かれた。
「材料は炭、粘土、水、木材……全て領内で即調達可能」
ガルドは報告書をまとめながら目を細める。
「木は広大な森からいくらでも切り出せます。炭も製炭所がすぐ近くに」
「粘土は屋敷の庭のものでも十分でした」
「作業手順も難しくはありません。数人いれば一日に……」
ロット老人が計算し、ガルドが筆を走らせる。
「一人で十数本。五人なら一日七十本以上。初期段階では十分すぎます」
父はその数字に目を見張った。
「価値は大きい……これは、売れる。確実に売れるぞ」
「ではお父様、商人を呼びましょう!」
メイアが提案すると、父は満足げに頷き、館の外へ声をかけた。
「ロウガ・ベルンを呼べ!」
やって来たのは犬族ハーフの若き商人、ロウガ。
気性は穏やかだが、商才は確かで、領主からも信頼が厚い。
「失礼します、領主様。お呼びと伺いまして」
ロウガは深々と頭を下げ、鉛筆を見ると目を丸くした。
「こ、これは……木に文字が滑らかに……! まるで魔道具のような……!」
「魔道具ではない。ただの道具だ。しかし領地を変える力がある」
父が静かに言うと、ロウガはゴクリと唾を飲んだ。
「これを、どこへ売りさばくべきか……まずは地形から説明を受けてくれ」
ロウガが提示したのは、領地周辺の地図だった。
◆ 北:ガリオン領
・王都への最短ルート。
・だが通行税が非常に高く、領主の性格もがめつい。
◆ 東:エドラン領
・距離はあるが安全で領主も良識的。
・山間部で時間はかかるが確実に届けられる。
◆ 南:ロウル領
・湿地と森ばかりでルートなし。商売対象外。
ロウガは少し考えた後、慎重に口を開いた。
「……やはり、王都へ流すならガリオン領の関所を通るべきでしょうな。近いですし……」
その瞬間、メイアはきっぱりと首を振った。
「だめです! 通るだけでお金を取られるなんて納得できません!」
「そ、そんな理由ですか!?」
ロウガが目をむく。
メイアはさらに言葉を続けた。
「遠くても、誠実な相手に届けたい。エドラン領にお願いします!」
ロウガはしばらく考え、やがて口元に笑みを浮かべた。
「……わかりました。メイア様の判断、商人として乗らせていただきます。エドラン領を拠点に、必ず販路を開拓してみせましょう」
父はそのやり取りを満足げに見守りながら、深く頷いた。
「よし。フェルナード領初の新産業――鉛筆工房を、本格稼働させる!」
こうして、メイアの小さな発明が、領地に新たな風を吹き込み始めるのだった。




