夜営地の模擬戦――“飾り”と“実戦”
夜営地の中央では、大鍋のスープが心地よい香りを放ち、
焚き火の赤い光が、集まった人々の顔を柔らかく照らしていた。
メイヤたちはクラスメイトと一緒に、木製の皿を囲んで夕食を楽しんでいた。
ほのぼのした空気に、旅の疲れが少しずつほどけていく。
そんな中、背後から控えめな声がかかった。
「……失礼いたします、リディア様」
振り向くと、王室近衛隊の隊長が立っていた。
端正な顔立ちに、礼儀正しい姿勢。騎士の鑑そのものだ。
「リディア様は剣技を嗜まれると聞きました。
もしよろしければ、模擬戦などいかがでしょうか?」
リディアの目が一瞬だけ丸くなる。
「えっ……私でよければ」
「もちろん、模擬刀で。危険はありませんのでご安心を」
メイヤは心の中でガッツポーズをした。
(近衛隊長と真剣勝負!? これは見ものだ……!)
——————————
やがて、夜営地の一角にどんどん人が集まり始め、
自然と円形の“観客席”が出来上がった。
近衛隊長とリディアは、向かい合って構える。
「では……参ります」
先に仕掛けたのはリディアだった。
踏み込みが速い。剣も鋭い。
――だが。
キンッ!
模擬刀のぶつかる音は軽いが、
近衛隊長の余裕は揺るがない。
(あ、これ……手を抜いてるな)
メイヤにはなんとなく分かった。
近衛は要人護衛のエキスパートだ。
“守るための戦い方”は、攻めと違う。
しかし――
(……でも、リディア姉さんもすごい!)
リディアは確実に“学園の中だけでは学べない経験”を身につけていた。
剣の軌道、足の運び、身体のひねり。
全部が洗練されている。
観客がざわざわとどよめき始める。
「姉ちゃん強い……」
「近衛隊長とこんなに渡り合えるなんて……」
「リディアさんってあんな剣使いだったの?」
リディアは息を弾ませながらも、鋭い目を崩さない。
そして、区切りがついたところで、近衛が一度刀を下げた。
「お見事です、リディア様。とても学生の域ではありません」
その瞬間――
「へっ、そろそろいいか?」
低い声が割って入った。
「お嬢ちゃん、今度は俺と勝負しねえか?」
観客がざわめく。
「え、あれ……世界商品登録機構の軍隊長じゃない?」
「実戦専門部隊だよね……」
「盗賊討伐ばっかりやってる人らしいよ……!」
そう、その男は“実戦屋”の軍隊長。
近衛とは目的の違う、戦闘特化の部隊を率いる男だ。
隊長はにやりと笑い、リディアを挑発する。
「近衛はお飾りみたいなもんだ。要人護衛とパレードが主任務だろ?実戦なら、俺の方が教えてやれることが多いぜ」
近衛隊長の眉がぴくりと動いた。
リディアは深呼吸し、静かにうなずいた。
「……お願いします」
——————————
その瞬間、空気が変わった。
世界商品登録機構の隊長は、
開始の合図もなくリディアの死角へ滑り込む。
「っ……!?」
リディアは反応はしたものの、間に合わない。
模擬刀の“柄”が肩に軽く当たった。
「一本!」
観客が息を飲む。
その後も、隊長はまるで風のように移動する。
足元の石を蹴り上げ、リディアの視界を奪い、
ちょっとした段差に誘導してバランスを崩させる。
「これも戦いのうちだ」
「周囲を見ろ」
「タイミングをずらせ」
「息が乱れてるぞ、呼吸を整えろ!」
もはや模擬戦ではない。
実戦で生き残るための“叩き込み”だ。
リディアは息を切らしていた。
はぁ……はぁ……。
「なっ……なんて動き……っ」
隊長は軽く顎をしゃくる。
「盗賊はルール守らねぇんだよ。綺麗な剣の振りなんて、実戦じゃ通用しねぇ」
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だが、ここで終わらない。
静かに立ち上がったのは、さっき“お飾り”呼ばわりされた近衛隊長だった。
「……では、次は私の番ですね」
隊長は笑う。
「お、怒ったか?」
「怒ってはいません。ただ……示しただけです。“飾りではない”ということを」
二人の戦闘は――まるで別物だった。
一撃も当たらない。
刃筋の音すら聞こえない。
近衛の動きは洗練されすぎて、逆に“消えている”。
隊長は実戦技術で対抗し、
近衛は防御と隙を見極める力で揺さぶる。
互いに違う戦い方。
だが、練度だけを見れば、ほぼ互角。
観客全員が呆然として見守っていた。
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やがて、刀が下ろされた。
「……続きはまた明日だな」
「えぇ。お互い、まだ伸びしろはある」
ふたりは固い握手を交わした。
その背後で、学術系研究員たちが一斉にメモを取っている。
「反応速度のデータが……!」
「剣筋の軌跡を記録したぞ!」
「実戦と護衛の動きの違いが鮮明だ、これは貴重だ……!」
メイヤはそれを見て、目を細めた。
(……流石、学術の人達だ。戦いすら研究材料に変えるんだね)
リディアは疲れ切って座り込みながらも、
悔しさと嬉しさの混じった笑みを浮かべた。
「……まだまだだね、私」
「ううん、すごかったよ姉さん!」
「明日から特訓だね!」
「ミュネ、とりあえず水!水!」
そんな賑やかな声に包まれながら、
夜営地の火はますます赤く輝いた。




