領地、大混乱と準備の嵐
その頃――領地では、いつものように朝の仕事が始まろうとしていた。
だが。
「は、早馬です!!」
城門で叫び声が響くたび、屋敷の空気が凍りつくのが最近の恒例となっていた。
今日もまた、息を切らせた早馬の兵が書簡を抱えて駆け込んでくる。
父、母、そしてガルドは顔を見合わせた。
「……今回も、だな」
「ええ、嫌な予感しかしません」
ガルドは溜め息をつきながら封を切った。
読み進める三人の顔が――一瞬で真っ青になった。
「えっ……な、なんだこの金額は……?」
母が震える声で呟く。
書簡には、こう記されていた。
『前金の一部を送る。活用に努めよ』
だが、その“前金の一部”の金額が問題だった。
領地の年間予算の数倍どころか、十数倍は下らない。
金貨袋の封を開くと、ぎっしりと輝く金貨の山。
「こ、これが“一部”……?」
「全額届いたらどうなるんだ……?」
「メイヤは一体、何をしたのだ……」
三人の思考は完全に停止していた。
だが早馬の使者は、さらに恐ろしい“本命”を告げる。
「続きがございます。こちらが本題でして……」
父母ガルド「本題……?」
「一ヶ月ほどで、各地から実習生・派遣研究員・技術者など、総勢四百名ほど到着する予定とのことです。そのため、最低でもテントを張れる平地、または臨時収容施設を建設せよ、との連絡です。」
父母ガルド「……四百?」
書簡にはこう続いていた。
『内訳は王都学園の生徒・若手研究員・支部設立要員・護衛団ほか』
母「ちょっと待って……生徒と研究者と兵士が混じってるわねこれ……」
ガルド「いや、それ以前に……四百名をどうやって受け入れろと……?」
父「テントなど……とても足りんだろう……」
ガルドは手で顔を覆い、深くうなった。
「……くるメンバーを考えると……テントでは不味いな……研究機材を置く研究者、身分の高い実習生、護衛団……絶対に“簡素な野営地”なんて許されん……」
母「そ、そうよね……」
静かな朝だったはずが、数分で大騒ぎへと変わった。
だが――
「……抱えても仕方ありませんな。やるしかないでしょう」
ガルドは立ち上がり、拳を軽く打ち鳴らした。
「よし、建築班を全員招集! 家畜小屋予定地の南側に大規模な平地を作る!臨時宿舎は最低でも三棟!水場の整備も同時進行だ!」
使用人も兵も、次々と走り出す。
領地は、メイヤ達の帰還を前に“戦時並みの準備”に突入した。
その頃・王都
一方、その事実を知らない王都の三人はというと――
「さて! 最後の準備よー!」
と、王都を思い切り満喫していた。
メイヤは書店街を回り、両手いっぱいの本を抱えていた。
「いやぁ……至福……!農業、織物、窯業、教育書……全部買った!!あ、こっちも……!」
時間ぎりぎりなのに、まだ別の棚に吸い寄せられていく。
リディアは鍛冶屋の主人と談笑していた。
「ここの切れ味、本当に凄いです。重さも絶妙で……!」
「成長期なんだろ? 違和感があったらまた持ってこい。調整してやるさ」
「はいっ!」
リディアは磨き上げた剣を大事そうに抱えた。
そしてミュネ。
彼女は、巨大な荷馬車の前で腰に手を当てていた。
「ふむ。メイヤ様とリディア様の移動分の食材……これで十分でしょう」
十分どころか。
荷馬車一台丸々、食材でパンパンである。
米、小麦粉、干し肉、保存野菜、乾燥果物、香辛料、チーズ、油樽、なぜか巨大な鍋まである。
リディア「ミュネ……これ、何ヶ月分?」
ミュネ「五日分です」
リディア「……五日?」
ミュネ「ええ、成長期のお嬢様方がどれほど食べるか、把握しておりますので」
メイヤ「そんな食べないよ!!」
ミュネはにっこり微笑んで、さらに袋を一つ積み上げた。
夕暮れ。
三人は合流し、王都の門を見上げた。
リディア「……じゃあ、帰ろっか」
メイヤ「うん!」
ミュネ「領地はきっと大変なことになっておりますよ。ふふ」
誰も――まさか自分たちが帰る前から“領地総出での大騒ぎ”が始まっているとは、夢にも思っていなかった。




