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階段から転落して思い出しました!89歳まで生きた私、今度の人生は異世界で半島領の次女です  作者:


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はじめての外の世界

父と母の部屋の前で、私はごくりと唾を飲んだ。

外へ出たいなんて、これまで一度も言ったことがない。乳母やメイド任せに暮らしてきた“箱入り娘”が突然そんなことを言い出せば、心配されるに決まっている。


でも、行かなきゃ。外を知らないままじゃ、この領地のことを何も分からないままだ。


扉をノックして呼ばれるまま中へ入ると、父も母も柔らかく微笑んだ。


「どうしたんだ、メイア。珍しいな、こんな時間に」


「お、お父様……わたし……領地を、少しでいいから見てみたいの。外に行きたいのです」


言った瞬間、心臓が跳ねた。

反対されるかな。危ないからダメ、とか。まだ子供なんだから、とか。


しかし父はきょとんとし、次に母がふふっと笑った。


「まあ。いいじゃありませんか。今までお外に出たいなんて言わなかったものね」


「そうだな。領地を見るのは悪いことじゃない。

……ただし、ミュネを必ずつけること。いいな?」


え?……そんな、あっさり?

もっとこう……説得したり、泣いたり、感動の親子劇みたいになると思ったのに。


「は、はい!もちろんです!」


こうして、拍子抜けするほど簡単に外出許可は降りた。


*  *  *


そして翌日、玄関先でミュネがやや複雑そうな顔をしていた。


「お嬢様が外へ……本当に、珍しいことですね。ほら、手をどうぞ」


猫族らしいしなやかな身のこなし。長い耳がぴんと立ち、薄い尻尾がゆらゆら揺れている。


私は勢いよく手を伸ばした。


「ミュネ、行きましょう!」


「……はぁ。はりきってますね、お嬢様」


領主館の門を出る。

それだけで胸が高鳴った。前世では当たり前だった外の空気が、こんなに新鮮に感じるなんて。


正面の道を少し歩くと、一面の畑が広がった。


「わぁ……!」


風に揺れる黄金色の麦、淡い緑の大豆。

そよそよと波打つ様子は、絵本の中の世界みたいだ。


「これは……小麦ですよね?」


「はい。領地の主作物です。この季節は育ち盛りで、見応えがありますよ」


前世の記憶が蘇る。田舎で見た麦畑、家庭菜園で育てた豆……。

でも、この世界ではどれも少しずつ形が違う。


歩きながら、私は頭の中で叫んでみた。


(鑑定!)


……沈黙。


(鑑定っ!!)


やっぱり何も起こらない。

ミュネが不思議そうにこちらを見るので、慌てて視線をそらす。


は、恥ずかしい……!

魔法がない世界って、何度思い知れば気が済むの私!


*  *  *


やがて、領内の中心地へと入った。

「中心地」と言っても、小さな集落のようなものだ。

道沿いにぽつぽつと店が並び、人通りもまばら。


八百屋の店先には色とりどりの野菜が並んでいる。

前世でお馴染みの玉ねぎや大根らしきものもあれば、ひょうたんを縦に伸ばしたような妙な形の野菜まであった。


「ミュネ、あれは……?」


「あれは“ズダリ”という野菜です。煮込みにすると甘くなりますよ」


「へぇ……」


(鑑定!)


無反応。

――くぅ。もうやめよう。痛いだけだ。


通りを進むと、猫族、犬族、人族が入り混じって生活している。

見ているだけで面白い。子供たちが尻尾を揺らしながら追いかけっこをして、犬族のおじさんが荷車を引きながら笑っている。


こんなににぎやかな世界を、私はずっと知らずにいたんだ。


帰路につこうとしたとき、視界の端で何かが光った。


「ミュネ、あそこ……」


「木工師の工房ですね。家具や道具を作っています」


半開きの扉の向こうで、屈強な犬族の大工が木を削っていた。

店の片隅には、木の切れ端が山のように積まれている。


私は思わず駆け寄った。


「すみませーん!」


犬族の木工師が振り返る。


「おや、嬢ちゃん。どうした?」


「その……この端材、いただけませんか?」


木工師は少し驚いたように眉を上げる。


「こんなゴミでいいのか?」


「はい!とても欲しいです!」


メモ帳の代わり。

紙は高級品、鉛筆も無い。

ならば、木の板に刻めばいい。


木工師は笑いながら、数枚の平たい切れ端を渡してくれた。


「好きに使いな。怪我すんなよ」


「ありがとうございます!」


帰り道、ミュネは呆れたように、でもどこか優しく微笑んでいた。


「お嬢様は、変わっていますね」


「え?そう?」


「ええ……でも、楽しそうで何よりです」


私は胸いっぱいに吸い込んだ外の空気を感じながら、強く思った。


――もっと、この世界を知りたい。


そして、この領地の力になりたい。


その第一歩を、ようやく踏み出せた気がした。

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