動き出す影と、学園の静かな覚悟
翌日――
王宮で正式に“メイヤ保護策”が決まったことなど知る由もなく、王都の裏側では静かに、しかし確実に水面下の動きが始まっていた。
◆ 商会側:暗躍の兆し
王都の南東、商人組合が軒を連ねる一角。
昼間でも薄暗い細い路地を抜けた先にある、古い石造りの建物の一室。
そこには数名の大商会主が机を囲み、声を潜めて議論を交わしていた。
「本気で動くつもりか? あの子どもを」
「子どもだろうと関係ない。“簡易手押しポンプ”“天然酵母”“九九表”“そろばん”“度量衡統一案”どれも市場を根本からひっくり返すぞ。今動かなきゃ、王国はあの子の利益を独占する」
別の商会主が険しい顔のまま、机を指で叩く。
「問題は、例の“世界商品登録機構”が動いているということだ。アグライア=ホルンベルグまで出てきたとなれば……我々が勝手に技術を横取りすれば、ペナルティどころじゃ済まん」
「ならば方法を変えるだけさ」
その中で、ひときわ口元を歪めた男がいた。
「直接盗めないなら――“こちらへ来てもらえばいい”。本人か、もしくは周囲の誰かを通じてな」
ざらりと空気が重たくなる。
「まさか、誘拐でも?」
「誘拐なんて馬鹿げた真似はせんよ。
だが“うまい話”を提示するだけなら違法じゃない」
男は書類を机に広げた。
『コールレイク領地周辺での未登録地買収』
『領民への不自然な金銭提供』
『不明商隊の増加』
「昨日から動いている我々の“協力者”たちだ。メイヤ嬢に直接接触はできずとも、
領地の隙をつけば、いずれ“話の場”くらいは作れる」
「王国が保護に動くという情報もあるが?」
男は鼻で笑った。
「保護を始める“前に”動くから意味があるのさ。子どもは子ども。ちょっとした誘導で簡単に――」
そのとき、扉がノックもなく開いた。
黒衣の男が一人、静かに入ってくる。
商会主たちは驚愕し、椅子が軋む。
「……誰だ?」
男はフードを取らず、低い声で答えた。
「ただの使者だ。お前たちの“企み”は把握している。――この件には手を出すな。身を滅ぼすぞ」
「脅しか?」
「忠告だ」
男はそれだけ言うと、影のようにその場を去った。
残された商会主たちは青ざめ、しばし沈黙した。
「……何だ、今のは? 王国の人間か?」
「わからん。だが――
“我々の動きはすでに監視されている”と考えた方がいい」
「どうする? 引くのか?」
男は短く答える。
「――引かんよ。方法を変えるだけだ」
不穏は、まだ消えていなかった。
◆ 学園側:静かな覚悟
同じ頃。
セレスティア学園の第三研究棟にある学園長室。
セレスティアは大量の書類を机に広げ、深いため息をついていた。
「はぁ……あの子、また何か提出してくるわね。九九表にそろばん、酵母の手順書……。
本来なら学園の研究者が出すべき内容よ」
そんな愚痴をこぼしつつも、口元はどこか誇らしげだった。
そこへ、研究科主任のダリヤンが入室する。
「学園長、例の件でご報告が」
「例の件って?」
「メイヤ嬢に対する“非公式な接触の試み”です。昨日から数名の不審者が校門周辺をうろついておりまして……」
セレスティアは軽く眉を寄せる。
「……来たわね。まあ予想はしてたけど」
「どういたしますか?」
「どうもこうもないわよ。“子どもに手を伸ばそうとする大人”なんて、私の一番嫌いな種類の人間だもの」
学園長はスッと立ち上がり、棚から厚い冊子を取り出す。
『セレスティア学園・臨時防衛手冊』
「……臨時防衛? まさか発動するんですか?」
「必要ならね。まだそこまでは行かないけど――
学園の警備を今日から二倍。
メイヤたちの通学路の巡回も増やす」
ダリヤンは目を丸くした。
「王国と連携を取りますか?」
「ふん。王宮も今ごろ大騒ぎしてるでしょうけど……先に守るのは“私たち”。
あの子は学園に籍を置く以上、私の“生徒”なんだから」
セレスティアは窓の外――校庭で走り回る子どもたちを見つめた。
「リディアも、メイヤも、ミュネも……
あの子たちに悪意を向ける者がいたら、私は――容赦しない」
その声音には、穏やかな学園長とは思えぬ鋭さがあった。
◆ そして、少女たちは――
その頃当の本人たちは、学園の裏庭で
三人揃って弁当を広げていた。
「ねぇメイヤ、このクイナってさ、どうやって使うの?」
「こうだよ、こう。形が変わると用途も変わるんだよー」
「へぇ~便利!」
王宮が動こうと、商会が暗躍しようと、
学園が警備を強化しようと――
少女たちには関係のない、いつもの穏やかな昼休み。
メイヤは欠伸をしながら木に背中を預けた。
「へへー……今日眠い……」
ミュネとリディアは顔を見合わせて笑う。
「メイヤは本当にマイペースだね」
「そこがいいとこ」
三人の笑い声が、平和な空気に溶けていく。
だがその背後では、
“メイヤの価値”を巡る思惑は、確実に加速していた。
王国、学園、商人、そして正体不明の勢力まで――
それぞれが動き出し、世界は静かに揺れ始めている。
少女はまだ知らない。
この数日が、のちに“国を大きく動かした転換点”と呼ばれることを。




