王宮:保護策と不穏な影
王宮執務棟の最奥――午後の日差しが差し込む第四会議室では、いままさに「ある少女」を巡って国家レベルの議論が行われていた。
机の上には、厚さ数センチの報告書と資料束が積まれ、周囲には王、宰相、農務大臣、財務卿、学術院長。そして珍しく、世界商品登録機構総責任者・アグライアの姿もあった。
「……では最終確認だ。各位、これは“正式決定”と見てよいな?」
静かに王が発した声に、居並ぶ重鎮たちが慎重に頷く。
「メイヤ・リディア・コールレイク――
彼女の知識と発想は、既にこの国の産業基盤を揺るがすほどの影響力を持ち始めております」
宰相の言葉に、アグライアが腕を組んだまま笑う。
「揺らすどころか、ほぼ“更新”してるわよ。
あの子の提出した案、全部“即実用化可能”。
まったく、私は何十年ぶりに仕事が楽しいわ」
王は深く息をつき、結論を述べた。
「ゆえに――
彼女と領地の安全を王国として保障する。
これが本日の正式決定だ。」
机の上に置かれた文書には、こう記されている。
『王国特別保護対象:メイヤ・リディア・コールレイク』
・身辺保護の実質的強化
・領地の不当干渉を全面禁止
・工房や商品化に関する権利保護
・技術流出を防ぐための監視体制の構築
学術院長が眼鏡を外し、ぽつりとつぶやく。
「十歳にも満たぬ子に、ここまでの措置を講じるとは……。
ですが、必要でしょうな。彼女の知識は、
“国をひっくり返しかねない”ほどの価値がある」
アグライアが机をトントンと叩いた。
「でね、問題はここからよ。あんたらのお堅い保護策より、もっと厄介なのが動いてる」
「商会か。」
王の一言に、部屋の空気がさらに重くなる。
「ええ。特に――
メイヤちゃんが出した“簡易手押しポンプ”“天然酵母”“そろばん”“九九表”“度量衡統一案”。どれも“国中の利権”を動かす代物でしょう?そりゃ群がるわよ。あることないこと並べてね」
アグライアは資料を投げるように机に置く。
『複数商会による非公式接触の試み』
『不明な輸送依頼の増加』
『領地方面へ向かう未登録商隊』
「これら、全部“怪しい動き”として今朝まとめさせたわ。下手すると、誘拐や引き抜きも十分あり得る」
財務卿が顔をしかめた。
「まだ子どもに対してそこまでするか?」
「するわよ。商人は金の匂いに忠実なのさ。
あの子ひとりで、“十の新市場”を生み出すんだから。」
王はゆっくり立ち上がり、窓の外――王都を見下ろす。
「……私が軽んじていたのは、あの子の年齢だけだったようだな。これほどの逸材を守れぬ王国なら、未来はない」
アグライアは肩をすくめつつも、目は真剣だった。
「それとね、王様。もう一つ言っておくわ。
“度量衡統一案”、あれは王国だけじゃ収まらないわ」
「……どういう意味だ?」
「単純よ。あれが実現すれば、周辺国も“合わせざるを得ない”。国内の商人が黙ってないのは当然だけど、“国外”も同じくらい動き始めてる」
王と宰相が顔を見合わせる。
「周辺国の動きは?」
「まだ不確定。でも……“まあそのうち挨拶に来るわね”。あの子を巡って。」
アグライアの言葉は冗談めいているが、誰ひとり笑わなかった。
王は視線を戻し、静かに決意を固める。
「――ならばなおさら、我が国が先に手を打つべきだ。メイヤの身辺は、本日より“王国直属護衛団”が担当する。家族の移動経路と学園の警備も強化。領地には公式文書を送る」
宰相が深く頷く。
「承知いたしました。すでに草案はできております」
アグライアは満足そうに笑い、椅子から立ち上がった。
「じゃ、決定ね。あの子には……ちゃんと伝えておきなさいよ?“あなたは国にとって大事な子だ”って」
「……ああ。責任をもって伝えよう」
会議はそこで終了となった。
だが、彼らは知らない。
――当の本人メイヤは、いま。
王宮で国が慌てふためいていることなど露知らず。
仲良し三人娘と一緒に、
「クイナって形変えると便利なんだよ〜」
などと笑いながら家路につき、
家でゴロゴロしながらあくびをしていることを。
国の未来を動かす少女は、今日ものんきに
**いつも通りの“子どもの一日”**を過ごしていた。
だがその背後では、
彼女の価値に気付いた“大人たち”の思惑が―
静かに、しかし確実に動き始めていた。




