対等な立場
中庭では、セリアとリディア警備隊長が向かい合っていた。
配置図を広げ、指でなぞりながら、静かな声で打ち合わせをしている。
「見張塔から港までの連携だけど――」
「はい。警備隊の巡回時間を少しずらせば、死角は減ります」
そんなやり取りの最中だった。
足音が二つ、はっきりと近づいてくる。
顔を上げると、そこには機構隊長とパナーが並んで立っていた。
セリアは一瞬だけ目を細め、すぐに軽い調子で言う。
「あら? いよいよかしら?」
機構隊長は肩をすくめた。
「そうだな。お互い、腹を割って話した方が早いと思ってな」
「そうね」
セリアは頷く。
「確かに、その方が無駄が無いわ」
横で聞いていたリディアは、状況が掴めず眉を寄せる。
「……何の話でしょうか?」
だが、機構隊長はリディアには答えず、セリアだけを見る。
「ただなぁ……」
言葉を選ぶように、少し間を置く。
「話すにしても、せめて“対等”じゃないとな。情報を渡した途端、敵に捕まって全部ゲロられても困るんでな」
中庭の空気が、わずかに張り詰めた。
セリアは一瞬も動じない。
「成る程」
ゆっくりと、納得したように頷く。
「確かに、隊長の言う通りね。その考えには、私も賛成よ」
リディアが驚いた顔で母を見る。
「大丈夫よ」
短く答え、視線を機構隊長へ戻す。
「で?どうするの?」
機構隊長は、にやりと笑った。
「話は早い」
腰に手を当てる。
「訓練用の武器を取れ」
一瞬、静寂。
リディアが息を呑み、パナーが一歩引く。
セリアは――楽しそうに、口角を上げた。
「あら、優しいのね」
そう言って、軽く肩を回す。
「じゃあ……」
一歩前に出て、機構隊長を見据える。
「貴方も、どうぞ?」
それは挑発ではなく、確認だった。
言葉よりも、書類よりも――“今の実力”で語れ、と。
中庭に吹く風が、二人の間を通り抜ける。
こうして話し合いは、剣と距離で始まることになった。
中庭の端で、リディアが訓練用の武器を取りに走った。
戻ってきた時には、既に空気が変わっていた。
木剣が二本。
一本は、機構隊長の手に。もう一本は、セリアの手に渡される。
「……一応言っとくが」
隊長は軽く剣を振り、感触を確かめる。
「手加減はしないぞ」
「ええ」
セリアは静かに構えた。
「その方が、正確に分かるもの」
合図は無い。次の瞬間、隊長が踏み込んだ。
――速い。
体格を活かした直線的な突進。実戦慣れした、迷いの無い初動。
だが。
セリアは半歩、横にずれただけだった。木剣が空を切る。
「っ!」
隊長はすぐに切り返す。横薙ぎ、逆袈裟、突き。連続する攻撃。
だが、その全てが――当たらない。
セリアは、避けているのではない。
“そこに居ない”。
踏み込みの角度、重心の移動、視線。
攻撃が来る前に、次の位置へ移っている。
「……っち!」
隊長は歯を食いしばる。ブランクがある?冗談じゃない……間合いを詰め直し、今度はフェイントを混ぜる。
下段――と見せかけて、上段。
しかし。コン、と軽い音。
セリアの木剣が、隊長の手首を正確に打った。
「っ!?」
一瞬、力が抜ける。その隙を、セリアは逃さない。
一歩、懐へ。柄で肘を押さえ、体を入れ替え――
「なっ……!」
視界が反転する。次の瞬間、背中から地面に叩きつけられていた。
鈍い音。肺から空気が抜ける。
「ぐっ……!」
隊長の喉元に、木剣が止まる。寸分の狂いも無い距離。セリアは、息一つ乱していなかった。
「……ここまで」
静かな声。中庭は、完全に静まり返っていた。
リディアは言葉を失い、パナーは目を見開いたまま動けない。
数秒後。
隊長は、ゆっくりと手を挙げた。
「……参った」
苦笑混じりに、息を整える。
「完敗だ」
立ち上がり、土を払う。
「いや……」
セリアを見上げる。
「正直に言う。想像以上だ」
セリアは木剣を下ろし、表情を緩めた。
「確認出来た?」
「ああ」
隊長は、深く頷いた。
「これなら……“影”を任せる資格は、十分過ぎるほどだ」
一瞬、視線を伏せ。そして、はっきりと言った。
「こちらの影も――情報を共有しよう」
セリアは微笑む。それは勝者の笑みではない。同じ立場に立った者への、合図だった。
こうして。影と影は、初めて“対等”として、繋がった。




