影は、先にこちらを見ていた
「隊長ーーーっ!!」
執務室の扉が勢いよく開く。
「わっ――!」
椅子を鳴らしながら振り返った男は、思わず眉をひそめた。
「……なんだよ。パナーか。久々だな」
「そんな事言ってる場合じゃありません!」
息を切らしながら、パナーは一歩踏み込む。
「セリア様が、この領地で“影”を作ろうとしてます!!」
「……あぁ〜?」
気の抜けた声。
「それに!」
畳みかけるように続ける。
「こっちの“影”とも、情報を共有したいと!」
一瞬の沈黙。
隊長は、机に肘をつき、ゆっくりと息を吐いた。
「……やっぱ、完全にバレてるか」
「やっぱって!? 何ですかそれ!!」
パナーの声が裏返る。
「落ち着け。苦しい時ほど声がでかくなるぞ」
そう言いながら、隊長は引き出しを開けた。
「ほれ」
どさり、と机に置かれる書類の束。
「……!?」
パナーが目を見開く。
「これは……セリア様の、調査資料……?」
ページをめくるがほとんどが、黒塗り。
「……何で、こんなに真っ黒に……」
「近衛隊長がな」
隊長は肩をすくめた。
「面白半分で取り寄せた」
「……は?」
「日付、見ろ」
言われて、パナーは書類の端に視線を落とす。
「……っ」
息を呑む。
「まさか……これ……」
「近衛情報部が、正式に設立されたタイミングだ」
「……」
言葉が出ない。
「まあ、正確な前後関係までは分からんが」
隊長は、低い声で続けた。
「セリアって女はな、“出来てから”動くタイプじゃない」
パナーは、喉を鳴らした。
「……じゃあ……」
「そうだ」
短く、だが重く。
「“影”が必要だと思った時点で、もう準備は終わってたって事だ」
沈黙が落ちる。
「……まさか……」
パナーは、乾いた笑いを浮かべた。
「私達が動き出した頃には、もう――」
「後追いだな」
隊長は、書類をまとめながら言った。
「だから共有を求めてきたんだろ」
「敵じゃない。だが――」
一拍置く。
「対等でもない」
パナーは、背筋が冷たくなるのを感じた。
「……じゃあ、どうします?」
隊長は、立ち上がる。
「決まってる」
黒塗りの書類を指で叩く。
「こちらも、腹を割る」
「影と影は、隠し合うより――」
小さく笑った。
「繋がった方が、厄介だ。と言う訳で宜しく」
外はまだ静かだった。
だが、見えない場所では――もう、とっくに戦は始まっていた。
「……何が、って訳でもないが」
隊長は、机に置いた書類から手を離し、パナーを見た。
「よろしくやろうじゃないか」
軽い言い方だったが、その目は冗談を含んでいない。
「確かに立場上、俺が適任なのは理解できる」
影を束ね、影と話をする。それは部下ではなく、責任者の仕事だ。
「セリア様の動きはな……」
ふっと、遠い記憶をなぞる。
「訓練でも、王都に攻め込んだ時でも、俺は直接見ている」
あの時の判断。躊躇の無さ。引く所と、踏み込む所の見極め。
書類に視線を落とす。
「問題は、ここだ」
黒塗りの向こう側。断片的に残された行動履歴。
「戦えるのか、だ」
ぽつりと、呟く。
「書類から推察する限り……ブランクは、決して短くない」
時間は、人を鈍らせる。それは誰より、自分が知っている。
「なら――」
隊長は、椅子から立ち上がった。
「俺が、直接確かめる」
机に手を置き、低い声で続ける。
「影は、紙の上じゃ測れん。動き、視線、間合い……」
一拍置く。
「覚悟だ」
パナーは、息を呑んだ。
「……直接、会いに行くんですか?」
「ああ」
即答だった。
「疑う為じゃない。信用する為だ」
影と影が手を組むなら、まず必要なのは――
互いが、まだ“刃を握れるか”を知ることだった。
静かな決意が、部屋に落ちる。
次に動くのは、書類でも噂でもない――
生身の人間同士、だった。




