住み込みという答え
三人の女性は、答えを出した。
時間を置き、考え、迷い――
それでも結論は同じだった。
「……協力します」
最初に言ったのは誰だったか。
だが、否定する者はいなかった。
セリアは小さく息を吐き、微笑んだ。
「良かったわ」
そして、間を置かずに続ける。
「じゃあ、早速だけど――三人とも、この館に住み込みよ」
「「「……え?」」」
三人の声が、綺麗に重なった。
セリアは気にしない。
「まず、エルザさん」
視線が向く。
「お子さんと、飼ってる家畜も連れて来てちょうだい」
「……は?」
「表向きはね」
セリアは淡々と説明する。
「“領主館で馬の世話係になった”ってことにするの」
エルザの口が半開きになる。
「ご近所さんにも、ちゃんと挨拶して来なさい」
指を一本立てる。
「特にお隣さん。お子さんの件で、色々面倒見てくれたでしょう?」
「……あ」
「黙って消えるのは、一番怪しいのよ」
エルザは、反論できなかった。
「次、ミレイナさん」
「は、はい!」
「あなたは、領主館のメイド」
即決だった。
「店長さんに伝えなさい。それと――」
少しだけ声を落とす。
「店長の奥さんにも。風邪ひいた時、休ませてくれたし、ご飯も作ってくれたでしょう?」
ミレイナは、思わず俯いた。
「……はい」
「義理は、ちゃんと返すの。後で困らない為にもね」
そして最後。
「マリナさん」
「……」
「貴女は、館の事務に雇われたことにするわ」
マリナは冷静に頷く。
「工場長に話しなさい。それと――」
「工場のおばちゃん達ですね」
先に言われ、セリアが一瞬だけ目を細める。
「正解。よくして貰った人の顔を、忘れないこと」
説明が終わる。
三人は、しばし沈黙した。
そして――
「「「……何が“何も知らない”ですか!?」」」
見事な三重奏だった。
セリアは、悪びれもせず肩をすくめる。
「だから言ったでしょう?」
「あなた達の“日常”は、壊さないって」
三人の顔が引きつる。
「壊してないわよ?」
にこり。
「――組み替えただけ」
その瞬間、三人は理解した。
この人は、もう一歩先まで――全部、用意している。
「今日中に挨拶を済ませて」
セリアは立ち上がる。
「荷物は、こちらで運ぶわ」
逃げ道は、もう無い。
だが同時に――守られる場所も、用意されていた。三人は顔を見合わせ、苦笑するしかなかった。
影の仕事は、まず“住み込み”から始まるらしい。
その日の夕方。
三人の引っ越しは、拍子抜けするほど手際よく終わった。
荷馬車が二台。
使用人と警備隊が無言で動き、気が付けば――もう「元の家に戻る理由」が消えていた。
「……早くない?」
ミレイナが呆然と呟く。
「引っ越しって、こんなに一瞬だったっけ?」
「普通はもっと揉めるわね」
マリナが淡々と返す。
エルザは、荷馬車から降ろされた家畜を見て肩をすくめた。
「子どもも牛も、まとめて移動……いや、段取り良すぎだろ」
三人はそれぞれ、個室を割り当てられた。
豪華ではないが、清潔で、鍵が付いている。
寝台、机、簡素な棚。
「……一人部屋」
ミレイナは小さく呟いた。
それから、館内の案内。
会議室、書庫、訓練用の中庭。
使ってはいけない場所、勝手に入ってはいけない場所。
説明するのは、ミュネだった。
「ここから先は、奥様の許可が無いと立ち入り禁止です」
その一言だけが、妙に重かった。
一通り終わり、三人は会議室に残された。
「で?」
エルザが椅子に深く腰掛ける。
「結局、何をすりゃいいんだ?」
その問いに、答えたのはセリアだった。
いつの間にか、部屋の隅に立っている。
「まず――」
指を一本立てる。
「明日からは、体力作りよ」
「……は?」
三人が揃って固まる。
「走る。持つ。耐える。逃げる」
淡々と列挙される。
「剣も、情報も、その後」
ミレイナが恐る恐る聞く。
「……えっと。影の仕事、ですよね?」
「ええ」
セリアは即答した。
「だからこそ」
にっこり。
「倒れたら、終わりでしょう?」
エルザは天井を仰いだ。
「……農作業よりキツそうだな」
マリナは静かに息を吐く。
「理屈は、分かります」
ミレイナは、拳を握った。
「……やります」
三人の反応を見て、セリアは満足そうに頷く。
「夕食は、もうすぐよ」
扉へ向かいながら、振り返る。
「今日は、ゆっくり休みなさい」
「明日から――」
一瞬だけ、声の調子が変わった。
「“守る側”の体になるから」
扉が閉まる。
会議室に残された三人は、顔を見合わせた。
「……なぁ」
エルザが苦笑する。
「私達、普通の仕事選んだはずだよな?」
誰も、否定できなかった。
だが――もう、後戻りもしなかった。




