声は、記憶を裏切らない
表彰式は、最後まで滞りなく終わった。
初めての試みだったが、領民の受けは上々。拍手も笑顔も、作り物ではなかった。
「これは……定期的にやるべきだな」
領主は珍しく上機嫌だった。
次は屋台を出そう、音楽も呼ぼう、いっそ“祭り”にしてしまえばいい――そんな構想まで口にする。
功績を称え、楽しみを分かち合う。
統治としても、これ以上分かりやすい形はない。
――そして、その裏で。
ミュネが、例の三人に声を掛けた。
「奥様からも、お褒めの言葉があるとのことで。領主館へ来ていただけますか?」
その一言で、三人の表情が一瞬、硬くなる。
領主館。
領民であっても、足を踏み入れる機会は滅多にない場所だ。
断る理由はない。
だが、胸の奥に、言葉にできない引っかかりが残る。
三人は揃って館を訪れた。
中に入って、まず感じたのは――拍子抜けだった。
豪奢な装飾は少ない。
廊下も調度も整ってはいるが、威圧感はない。
「……貴族の館って、もっと凄いものだと思ってた」
誰かが小さく呟き、他の二人も無言で頷く。
案内されるまま、部屋へ通される。
扉が閉まり、少しの静寂。
そこに居たのは――セリア一人だった。
「まあまあ。三人とも、そんなに構えなくていいわ」
柔らかい口調。場を和ませるような、軽い声音。
だが、その瞬間。
三人の顔色が、一斉に変わった。
――声だ。
忘れるはずがない。
抑揚のない、距離を測るような、あの声。
視線が揃って、その女性に向く。
「……」
セリアは、その反応を見て、ほんの僅かに口元を緩めた。
「やっぱり、覚えていたのね」
否定しようとして、できなかった。
記憶よりも先に、身体が理解していた。
――あの時の“声”だ。
穏やかな部屋の空気とは裏腹に、三人の背筋に、冷たいものが走る。
表彰は終わった。
だが、話は――まだ終わっていなかった。
セリアは、三人の反応を確かめるように、一度だけ視線を巡らせた。
そして、軽く手を叩く。
「さて!」
場違いなほど明るい声だった。
「あんな形で会ったけど……三人とも、中々良かったわよ。判断も、胆力も。ちゃんと“素質”がある」
三人は言葉を失ったまま、互いに視線を交わす。
沈黙を破ったのは、低く押し殺した声だった。
「……いったい、何をさせる気だ?」
真正面からの問い。
セリアは、あっさりと答えた。
「簡単な話よ」
一歩も近づかず、距離を保ったまま。
「この領地と、領民を――影から守る。それだけ」
「……影?」
誰かが眉をひそめる。
セリアは頷いた。
「ええ。表に出る仕事じゃない。名前も、功績も、残らない」
一瞬だけ、空気が重くなる。
「この前の戦いみたいにね」
声の温度が、少しだけ下がった。
「こちらは何も悪くないのに、理不尽に奪いに来る者がいる。理由も、正義も関係なく」
言葉は淡々としているのに、不思議と重い。
「そういう“手合い”から守る。それが、影の役目」
三人の胸に、同時に思い浮かぶ光景があった。市場。掲示板。拍手。賞状。
そして――突然連れて行かれた、あの夜。
セリアは、静かに続ける。
「表の統治だけじゃ、間に合わない場面があるの。気付かれる前に摘む。届く前に折る」
少し間を置いて、柔らかく言った。
「だから、力を貸してほしいの。三人とも」
……。
すぐには、返事は出なかった。
怖くないわけがない。
だが同時に、逃げ場もないほど理解してしまっている。
これは“選別”だ。
そして――もう、巻き込まれている。
三人は黙ったまま、セリアを見つめ返した。
その沈黙を、セリアは急かさなかった。




