王宮、動きの加速
夕暮れの王都。
世界商品登録機構の建物を出たアグライアは、肩をぐるりと回しながら馬車に乗り込んだ。
「まったく……あのちっこいののせいで、今日だけで十年分は口を動かしたねぇ」
愚痴をこぼしつつも、目は輝いている。
このババア、忙しいほど調子が出るタイプだ。
「王宮から“相談したい”だなんて……どうせ、度量衡の件だろうけどさ」
馬車は王宮前で止まり、侍従たちが慌ただしく迎えに来た。
「ア、アグライア総責任者! 陛下がお待ちです!」
「わかってるよ。そんな慌てなさんな」
悠然と歩くアグライア。侍従のほうが緊張して足がもつれそうだ。
そして――広い会議室。
国王、宰相、財務大臣、商務大臣、学術院長。
さらに、本来呼ばれていないはずのセレスティア学園長まで揃っていた。
「また随分と豪華にそろえたねぇ。宴会でも始めるのかい?」
アグライアの皮肉に、国王は苦笑した。
「……そなたが忙しくなる前に、話を進めたくてな」
「で、用件は?」
王は深く息を吸い、テーブルの上の資料を押し出した。
「例の――度量衡統一案。あれを“本格的に実施する”方向で進めたい」
部屋の空気が重く沈む。
だがアグライアの返答は一言。
「そうだろうね。やるしかないのさ」
宰相が静かに続ける。
「ただし問題がある。……大商会と地方領主の反発が、予想以上だ」
「反発ねぇ」
アグライアは鼻を鳴らした。
「そりゃそうさ。連中の“独自基準”を全部剥ぎ取るんだから」
商務大臣がため息をつく。
「王都の大商会“アメンドラ会”がすでに王宮に抗議書を出しています。『独自規格で長く商売をしてきた歴史を無視するのか』と」
「無視するよ」
アグライアは一刀両断した。
「国が損してるんだ。そんな“歴史”いらないさ」
大臣たちが黙り込む。
すると、セレスティアが柔らかい声で言った。
「……アグライア。その反発、あなたは予想していたのね?」
「当たり前だよ。だから“子供の案”が必要だったのさ」
王が首を傾げる。
「子供の案?」
「あぁ。大人が作れば、どこかの利権に傾く。
でも、あのちっこいの――メイヤの案は、どの勢力にも片寄らない」
アグライアは机を指で叩く。
「だからこそ、反発した連中を黙らせる“正当性”がある。子供の純粋な案が、一番“利害を生まない”。それが改革に必要なのさ」
部屋が静まり返った。
財務大臣が恐る恐る口を開く。
「……ですが、度量衡を統一するには莫大な予算が必要でしょう。測定器具の作り替え、地方行政機関の教育、商会・職人への移行措置……」
「それ、全部“回収できる”よ」
アグライアの声には迷いがない。
「統一すれば、商売の混乱がなくなる。
市場が安定し、税収も上がる。
輸出入の交渉も速く終わる。より、無駄な取引ミスが減る」
宰相が頷いた。
「……確かに。計算はまだ途中だが、長期的には国家利益は大幅に増える」
「だから、投資なのさ。未来のためのね」
国王は深く目を閉じ、ゆっくりと吐息を漏らした。
「……アグライア。そなたがそこまで言うのなら、改革を進める価値はあるのだろう」
「もちろんさ」
アグライアは椅子に背を預けた。
「で? 本題はそこからでしょ?」
王の眉が少し動いた。
「…………そうだ。最大の問題は――」
アグライアも、セレスティアも、宰相でさえ、息を飲む。
「――メイヤ嬢の身の安全だ」
再び、室内が静寂に沈んだ。
国王は続ける。
「大商会と一部の領主はすでに動き始めている。この案が“実行”されれば、莫大な損失を被る者が必ず出る。その怒りの矛先は……案を作り出した者へ向かう」
セレスティアは拳を握った。
「陛下、それは——」
「守らねばならんのだ。国家として。あの子はただの少女だが……同時に国家の未来そのものでもある」
アグライアはゆっくり立ち上がった。
「話はわかったよ。ならば――あたしが動く。
メイヤちゃんを“登録機構の保護対象”にする」
財務大臣が驚いた。
「そんな前例……!」
「前例なんかいらないさ。必要だからやるんだよ」
王は息を吐き、小さく頷いた。
「アグライア。頼む」
「任されたよ」
老獪なババアの目が細く鋭い光を宿す。
「改革を始めるなら……火種は守らないといけない。
燃やし尽くされちゃ、世界が変わる前に終わっちまうからね」
その瞬間、誰もが悟った。
――この国は、本当に動き始めたのだ。




