市場帰り
エルザは、両手に荷を抱えて市場を出た。
安かった干し豆。少し古いが使える布。
値切り勝った小麦粉。今日は悪くない。
日が傾き始め、通りの人も減っていく。
急ごう。その判断が、少し遅かった。
「……っ」
背後の気配。振り返った瞬間、本能が叫んだ。
逃げろ!
エルザは荷を放り出し、走った。
狭い路地。洗濯物の影。人目の少ない裏道。
まだ、いける!だが――
「速いな」
低い声。次の瞬間、腕を掴まれた。
「離せ!!」
肘を叩き込み、足を踏む。
農作業で鍛えた身体が唸る。
相手が一瞬よろけた。今だ!
しかし――
二人目。
横から体当たりを受け、壁に押し付けられる。
「っ……!」
「暴れるな!」
「ふざけるな!!」
エルザは噛みつこうとした。
その瞬間、後ろから首を極められる。
視界が揺れ、空気が抜ける。
……殺される?
だが、力は絶妙だった。落としに来ているが、壊しに来ていない。
「ちっ……噂通りだな」
「これで“やっと”かよ」
苛立ち混じりの声。……慣れてない?
それが、逆に恐ろしかった。
布で口を塞がれ、手首を縛られる。
「動くな。声出すな」
「……」
エルザは、睨みつけた。誘拐だ。完全に。
目隠しをされ、担がれる。
乱暴だが、無駄はない。
「農家の女がここまで抵抗するとはな」
「条件が悪すぎる」
「……奥様、これ好きじゃねぇだろ」
その言葉に、エルザの意識が引っかかった。
奥様?馬車に放り込まれ、扉が閉まる。
暗闇。息だけが、やけにうるさい。
……でも。エルザは、心のどこかで理解していた。殺すなら、もっと簡単だった。
揺れる馬車の中。
恐怖と怒りの奥で、別の感情が芽生える。
……何をする気だ。
それは、「選ばれた者」が抱く疑問だった。
フェルナード領の裏側は、優しい顔ばかりでは迎えてくれない。
だが――逃がす気も、最初から無かった。




