仕事帰り
ミレイナは、その日もいつも通り仕事を終えた。
夕方の忙しい時間帯を越え、床を拭き、帳簿を締め、最後に厨房の火を確認する。
「お疲れさまでしたー」
裏口を出ると、空はもう赤く染まり始めていた。今日は静かだったな。
そう思いながら、いつもの帰り道を歩く。
――その時だった。
「ミレイナさん」
呼び止められた声は、落ち着いていて、
どこか事務的だった。
振り返ると、見知らぬ女性が二人。
服装は地味。だが、姿勢と視線が――普通じゃない。
……客じゃない。
ミレイナが一歩下がろうとした瞬間。
「大声は出さないでください」
低い声。威圧はない。だが、確信があった。
「抵抗もしないで。危害は加えません」
片方の女性が、布を差し出す。
「これは?」
「目隠しです」
即答だった。……選択肢、ないわね。
ミレイナは一瞬、考えた。
逃げ道。周囲の人影。時間。どれも、無い。
この人達……慣れてる。
ミレイナは、深く息を吸ってから言った。
「……条件を」
「どうぞ」
「殺さない」
「約束します」
即答。嘘の間がない。
……なら。ミレイナは、自分から目隠しを受け取った。
「従います」
その瞬間、背後に立つ気配が増える。
だが、乱暴な扱いは一切なかった。
歩く速度も、段差の注意も、まるで“案内”だ。
誘拐にしては……丁寧すぎる。
馬車の音。
「頭、下げてください」
言われた通りにすると、中に座らされる。
揺れ始める馬車。
時間の感覚が、少しずつ曖昧になる。
……どこに連れて行かれるんだろ。
不思議と、恐怖は薄かった。
それよりも――“選ばれた”って、顔してた。
あの人達。偶然じゃない。
間違いなく、証拠も目的もある。
やがて、馬車が止まった。
「もうすぐです」
目隠しは、まだ外されない。
「最後に一つ」
声が少し柔らぐ。
「ここから先は、引き返せません」
ミレイナは、静かに答えた。
「……仕事ですか?」
一拍。
「はい」
その答えに、ミレイナは笑った。
「なら、大丈夫です」
私は――仕事なら、逃げない。
馬車の扉が開く。
フェルナード領の“裏側”に、
一人目の候補者が足を踏み入れた瞬間だった。




