工場選定は戦場である
世界商品登録機構・総責任者アグライアは、朝一番で三通の封書を仕上げた。
一つは、王都西区の金属加工工房「カンデラ工房」。
次に、南区の鋳造専業「ルフト鋳造所」。
そして最後、北部の大型設備工場「ハーギル製作所」。
――簡易手押しポンプの量産候補は、この三つ。
「品質、納期、安定性。見栄と口先だけじゃ、この案件は任せられないからねぇ」
アグライアは封書をまとめ、待機している使いの若者へ渡す。
「急ぎなさい。返事は“今日の午後”必着。遅れたところは脱落よ」
「り、了解しました!!」
若者は蒼白になりながら駆け出していった。
アグライアは鼻を鳴らした。
「本気を出すとは、こういうことよ」
書類を抱えて隣室へ移動する。そこは、大きな机と黒板が置かれた打ち合わせ室。既に部下が数名控えていた。
「まずポンプから始める。九九表とそろばんは、登録審査が終わり次第“文具部門”に回すだけよ。問題は――酵母」
部下のひとりが緊張した声で尋ねた。
「天然酵母、量産…本当に可能なのでしょうか。手順書は優秀でしたが、現場の個体差が——」
「あぁ、そこね」
アグライアは、皿の上に置かれた昨夜の試作パンの残りをつまむ。
「……美味いのよ。本当に。だから絶対普及させるわ」
部下たちの背筋が伸びた。
ババアが“味”で評価するのは異例だった。
それだけ、この案件が本気である証だ。
「酵母は調理工房の職人二名と、農家出身の登録所員三名で“ロット実験”をさせる。ブドウ種とリンゴ種、両方並行でね」
「ロット差を見て、品質のブレを最小限に……」
「そう。ここを詰めないと、商人どもに“管理できない商品”と文句をつけられる。ほら、あのゴキブリみたいな連中よ」
部屋の空気がわずかに和んだ。
「で、午後は工場側との面談。工場長が来るならまだいいけど……経営者本人が来たら面倒ねぇ」
アグライアは書類をトントンと揃え、椅子に腰を下ろした。
「今日は戦よ。気合い入れなさい」
そして昼前――
「総責任者様! 三工場から“本日午後、責任者が伺う”との返答が届きました!」
「上出来。座らせてからが本番よ」
アグライアは小さく笑い、執務室へ戻った。
***
午後一番。
最初に来たのは西区のカンデラ工房の工房長、腕の太い職人で、目が真っすぐだ。
「ポンプの量産……当工房なら、金属部品の精度は保証します」
アグライアは頷く。
「問題は、作業工程を均一にできるかどうかよ。経験に頼らず“誰が作っても同じ物”にできる?」
「……挑戦ですが、やります。工程表を標準化して、作業者の癖を排除します」
「ふぅん。気に入ったわ」
工房長は驚いた顔をしたが、すぐに深く頭を下げた。
その後、ふたり目――ルフト鋳造所の経営者が到着。
「鋳造部品の外注なら、うちに任せてもらいたい。大量生産も可能だ」
「品質のバラつきは?」
「“絶対に出さない”とは言わん。だが、交換パーツの基準は揃えられる」
「正直ね。よろしい」
アグライアはメモに小さく印をつける。
三人目、ハーギル製作所の工場長が姿を見せた。
「ポンプは、小型設備として流れ作業化できます。月産規模は……」
「数字に酔ってない?」
「い、いえ!」
アグライアは机越しに鋭く睨む。
「量より質よ。最初の千台は“見本品”だと思いなさい。世界中が目をつけてるんだから」
「……心得ました」
面談は淡々と進んだが、全員が部屋を出ていくとアグライアはふぅっと椅子にもたれた。
「……やれやれ。今日はよく喋ったわ」
だが、その目は冴えていた。
「明日には選定結果を出す。そこからが本番よ……メイヤちゃん、あなたのせいで忙しくなったじゃないの」
そう呟いたとき。
――コン、コン。
「アグライア様、王宮より“急ぎで相談したい案件”が届いております」
アグライアは一瞬だけ目を細める。
「……あら。王宮が先に泣きついてきたか」
口元に、いつもの意地悪い笑みが浮かんだ。
「よろしい。戦はまだまだ続くわよ」
老獪なババアは立ち上がり、王宮へ向かう準備を始めた――。




