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階段から転落して思い出しました!89歳まで生きた私、今度の人生は異世界で半島領の次女です  作者:


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工場選定は戦場である

世界商品登録機構・総責任者アグライアは、朝一番で三通の封書を仕上げた。


一つは、王都西区の金属加工工房「カンデラ工房」。

次に、南区の鋳造専業「ルフト鋳造所」。

そして最後、北部の大型設備工場「ハーギル製作所」。


――簡易手押しポンプの量産候補は、この三つ。


「品質、納期、安定性。見栄と口先だけじゃ、この案件は任せられないからねぇ」


アグライアは封書をまとめ、待機している使いの若者へ渡す。


「急ぎなさい。返事は“今日の午後”必着。遅れたところは脱落よ」


「り、了解しました!!」


若者は蒼白になりながら駆け出していった。


アグライアは鼻を鳴らした。


「本気を出すとは、こういうことよ」


書類を抱えて隣室へ移動する。そこは、大きな机と黒板が置かれた打ち合わせ室。既に部下が数名控えていた。


「まずポンプから始める。九九表とそろばんは、登録審査が終わり次第“文具部門”に回すだけよ。問題は――酵母」


部下のひとりが緊張した声で尋ねた。


「天然酵母、量産…本当に可能なのでしょうか。手順書は優秀でしたが、現場の個体差が——」


「あぁ、そこね」


アグライアは、皿の上に置かれた昨夜の試作パンの残りをつまむ。


「……美味いのよ。本当に。だから絶対普及させるわ」


部下たちの背筋が伸びた。

ババアが“味”で評価するのは異例だった。

それだけ、この案件が本気である証だ。


「酵母は調理工房の職人二名と、農家出身の登録所員三名で“ロット実験”をさせる。ブドウ種とリンゴ種、両方並行でね」


「ロット差を見て、品質のブレを最小限に……」


「そう。ここを詰めないと、商人どもに“管理できない商品”と文句をつけられる。ほら、あのゴキブリみたいな連中よ」


部屋の空気がわずかに和んだ。


「で、午後は工場側との面談。工場長が来るならまだいいけど……経営者本人が来たら面倒ねぇ」


アグライアは書類をトントンと揃え、椅子に腰を下ろした。


「今日は戦よ。気合い入れなさい」


そして昼前――


「総責任者様! 三工場から“本日午後、責任者が伺う”との返答が届きました!」


「上出来。座らせてからが本番よ」


アグライアは小さく笑い、執務室へ戻った。


***


午後一番。

最初に来たのは西区のカンデラ工房の工房長、腕の太い職人で、目が真っすぐだ。


「ポンプの量産……当工房なら、金属部品の精度は保証します」


アグライアは頷く。


「問題は、作業工程を均一にできるかどうかよ。経験に頼らず“誰が作っても同じ物”にできる?」


「……挑戦ですが、やります。工程表を標準化して、作業者の癖を排除します」


「ふぅん。気に入ったわ」


工房長は驚いた顔をしたが、すぐに深く頭を下げた。


その後、ふたり目――ルフト鋳造所の経営者が到着。


「鋳造部品の外注なら、うちに任せてもらいたい。大量生産も可能だ」


「品質のバラつきは?」


「“絶対に出さない”とは言わん。だが、交換パーツの基準は揃えられる」


「正直ね。よろしい」


アグライアはメモに小さく印をつける。


三人目、ハーギル製作所の工場長が姿を見せた。


「ポンプは、小型設備として流れ作業化できます。月産規模は……」


「数字に酔ってない?」


「い、いえ!」


アグライアは机越しに鋭く睨む。


「量より質よ。最初の千台は“見本品”だと思いなさい。世界中が目をつけてるんだから」


「……心得ました」


面談は淡々と進んだが、全員が部屋を出ていくとアグライアはふぅっと椅子にもたれた。


「……やれやれ。今日はよく喋ったわ」


だが、その目は冴えていた。


「明日には選定結果を出す。そこからが本番よ……メイヤちゃん、あなたのせいで忙しくなったじゃないの」


そう呟いたとき。


――コン、コン。


「アグライア様、王宮より“急ぎで相談したい案件”が届いております」


アグライアは一瞬だけ目を細める。


「……あら。王宮が先に泣きついてきたか」


口元に、いつもの意地悪い笑みが浮かんだ。


「よろしい。戦はまだまだ続くわよ」


老獪なババアは立ち上がり、王宮へ向かう準備を始めた――。

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