回り始めた歯車
その頃、フェルナード領は確かな好景気に包まれていた。
領外からは原材料や資材が流れ込み、領内で生産された物資は次々と領外へと出荷されていく。
さらに、隣接するエドラン領からの物資も、
フェルナード領を経由して港へ運ばれ、海路へと流れていった。
かつて混乱に沈んでいた旧ガリオン領からも、「仕事がある」という噂を聞きつけ、人々が職を求めて流入してきていた。
領内では公共事業が止まることなく続いていた。
見張塔の建設。
港では造船所の整備。
それに合わせて警備隊は増強され、一部では試験的な徴兵制も始まっている。
「働く場所がある」
「稼げる」
「暮らせる」
その実感が、人を呼び、金を呼び、物を呼んでいた。
人・物・金が、領内をぐるぐると回り始めている。
各工場もフル稼働だった。
既存工場の増設工事。
新たに建てられる作業小屋。
見慣れぬ機械の音。
それに加えて、最近では珍しい食べ物も出回り始めていた。
燻製された魚。
保存を意識した加工食品。
領外ではまだ見かけない品々。
「フェルナード領は、何か違う」
そんな声が、商人たちの間で自然と広がっていく。
だが――
この活気の裏側で、誰もが薄々感じていた。
「順調すぎる」という違和感を。
好景気は、人を集める。
人が集まれば、情報も集まる。
そして情報が集まる場所には、必ずそれを利用しようとする者も現れる。
フェルナード領の歯車は、確かに力強く回り始めていた。
だがそれは同時に、周囲の視線を強く引きつけ始めているという事でもあった。
だが、その好景気は――
決して領内だけの話ではなかった。
王都では、商人たちの間で囁かれ始めていた。
「最近、フェルナード領を通る荷の量が妙に多い」
「港の回転が異常に早い」
「しかも、値が安定している」
利益を嗅ぎつける鼻は、どこまでも敏感だ。
商人だけではない。
仕事を任され、成果を出せなかった一部の貴族たちもまた、フェルナード領の名を耳にする回数が増えていた。
「あそこに任せれば上手く行く、だと?」
「結局、俺たちは尻拭い役か……」
苛立ちと妬みが、静かに溜まり始めていた。
一方、領内では――
機構を通じて、妙な報告が増え始めていた。
「領外からの視察が増えています」
「商人を装った者が、工場周辺を頻繁にうろついています」
「警備線の外から、見張塔を確認する動きも」
警備隊の詰所では、地図の上に小さな印が増えていく。
「ただの好奇心にしては多すぎるな」
「同じ顔を何度も見る」
リディア隊長はそう呟き、報告書を一段階上へ回した。
メイヤもまた、違和感を覚えていた。
工場の稼働状況。資材の流れ。人の出入り。
どれも数字上は順調。だが、視線が増えている。
「……少し、早すぎる」
好景気が始まってから、まだ時間は経っていない。それなのに、反応が来るのが早すぎた。
「これは――見られてるわね」
メイヤはそう判断し、警備隊と機構の連携を一段階引き上げるよう指示を出した。
まだ何も起きていない。
だが、何かが起きる前兆は、確かにそこにあった。
フェルナード領の歯車は、今や自分たちだけのものではなくなりつつある。
それに気づいた者から、静かに次の一手を考え始めていた。




