備えは静かに、しかし確実に
「徴兵制……だと?」
近衛隊長が、思わず眉をひそめた。
「王都でも全面的には採用していない仕組みですよ。それを、この領地で?」
「だから“部分的”だそうだ」
父は淡々と答える。
「常備軍は最小限。警備隊を核にして、普段は民として生活し、必要な時だけ兵になる。農閑期や職の合間を利用する形だと書いてある」
機構隊長が、書類を指で叩いた。
「……理屈は通ってるな。人も金も足りない領地で、即応性だけを確保する方法としては、かなり現実的だ」
「訓練も短期集中。二ヶ月に一度、数日。忘れきらない周期だ」
近衛隊長は腕を組み、低く唸る。
「指揮系統も整理されてる。現場指揮は警備隊出身者。身分より実務優先……」
そこまで言って、ふっと息を吐いた。
「……これ、素人の軍事案じゃないですね」
「だろうな」
父は苦笑する。
「誰かに吹き込まれたのかとも思ったが……どうも違う。王都の混乱、貴族の再編、港の動き。全部を見て、“次”を考えた結果だろう」
考えすぎだろ、あの年で?いや、考えなさすぎる方が危険か?
二人の隊長は、互いに視線を交わした。
「正直に言います」
機構隊長が口を開く。
「この計画、やらない理由が見当たりません。問題は、どこまで本気でやるか、です」
「中途半端にやれば、逆に不満も出る」
近衛隊長も続ける。
「だが、やり切れば……この領地は、もう“急襲されて終わる場所”ではなくなる」
父は、しばし沈黙した。
机の上の書類。
そこに書かれているのは、単なる防衛策ではない。
――この領地を、独立した一つの“力”として成立させる設計図。
「……分かった」
父は、静かに決断する。
「見張塔の建設、承認する。警備隊の再編も進めよう。徴兵制については、まず試験的に一部地区からだ」
「よろしいのですか?」
「ああ」
父は、ゆっくりと立ち上がった。
「急に備えるのではなく、備えを“日常”にする。あの子がやろうとしているのは、そういう事だ」
二人の隊長は、無言で頷いた。
この瞬間――
この領地は、知らぬ間に次の段階へと足を踏み入れていた。
どうやら見張塔の建設許可は無事に降りたみたいね。
本来なら、一度も役に立たないまま終わるのが一番いい。
それでも、備えが無いよりはずっといいのも確かだ。
領境、港、領都。
この三点を結ぶ見張塔が完成すれば、伝達速度は今までとは比べものにならない。
狼煙、光、音。状況に応じて使い分ければ、半日掛かっていた情報が数刻で届く。
それだけでも、防衛の考え方は一段階変わる。
徴兵制も、一部で試験的に行う許可が出た。
常備軍はどうしても金が掛かりすぎる。
平時でも給金と装備、訓練が必要になる以上、今の規模では維持が難しい。
だから、必要な時だけ動いてもらう仕組み。
普段は領民として生活し、定期的に訓練を受け、有事には兵となる。
警備隊を中核に据える案も了承された。
経験者が指揮を執るなら、混乱も最小限で済むだろう。
ここまでは、想定通り。
けれど――。
この領地に、まだ無いものがある。
地図に視線を落として、自然とため息が出た。
船。
港はある。
人も物も、少しずつ集まり始めている。
それなのに、外へ伸びる力が足りない。
防衛を考えるなら、海からの目と足は不可欠。交易を考えるなら、なおさらだ。
見張塔が「目」なら、船は「手足」。
次に手を付けるべき場所は、もう決まっている。
課題は尽きない。
それでも一つずつ、確実に進めばいい。
この領地はもう、流れに身を任せる場所じゃない。
自分たちで未来を選ぶ段階に、入ってしまったのだから。




