選別の時
静かな王城の一室。
重厚な扉の向こうで、エドランは王と向かい合っていた。
「……そこまで、貴族は腐っていたか」
王の声は低く、怒りよりも失望が滲んでいた。
「残念ながら……」
エドランは短く答える。
事実を並べれば並べるほど、この国の膿が浮き彫りになるだけだ。
「仕事が欲しいと言う者には、街道整備などの公共事業を与えよ」
王は机に指を置き、淡々と命じる。
「国庫から金は出す。だが進捗状況は細かく報告させろ。誤魔化しは許さん」
「御意」
「それとだ」
王は一拍置き、視線を上げた。
「若い貴族だ。階級が低くとも、やる気と結果を出した者は、次の再編で上へ引き上げる」
エドランは一瞬、言葉を選ぶ。
「……反発が出るかと」
「解っておる」
王は鼻で笑った。
「だが結果を出した者を、身分だけで切り捨てる気はない。私は“働いた者”を評価したい」
「……新たな火種となるやもしれません」
「構わぬ」
王の声は強かった。
「当てにならぬ者は要らぬ。この国を発展させる為には、やむを得ぬ」
その覚悟に、エドランは深く頭を下げた。
「……解りました」
少しの沈黙の後、王はふっと表情を緩めた。
「それと、今回の件だが……王直属の近衛も再編を行う」
「……は?」
思わず声が出た。
「近衛には悪いことをした」
王は珍しく、はっきりとそう言った。
「不慣れな戦いを強いて、無駄な被害を出した。だからこそ、役割を分ける」
「役割……ですか?」
「王城護衛に特化した部隊と、即応性の高い部隊だ」
エドランはゆっくりと理解する。
「……守る者と、動く者、ですか」
「そうだ。全てを一つに押し込める時代ではない」
王は立ち上がり、窓の外を見る。
「変わるぞ、エドラン。この国は」
その背中を見ながら、エドランは確信していた。
――これは粛清ではない。――選別だ。
そしてその波は、確実に、あの辺境の領地にも届くだろう、と。
王都の朝は、いつもと変わらず始まった。
だが、人々の会話だけが、微妙に違っていた。
「聞いたか? 最近、街道整備の監督に若い貴族が入ったらしいぞ」
「若い? どこの名門だ?」
「いや、それが……名も聞いたことない家だとさ」
市場の片隅、露店の主たちがひそひそと声を潜める。
「しかも進捗が早い。役人が毎週視察に来てるって話だ」
「本当か? いつもなら金だけ抜いて、工事なんて形だけだろ」
「それが今回は違うらしい」
噂は酒場にも広がっていた。
「結果を出した貴族は、身分関係なく評価されるらしいぞ」
「は? そんな馬鹿な」
「王の方針だってよ」
杯を置く音が、やけに大きく響いた。
「……じゃあ、今まで名前だけで威張ってた連中は?」
「さあな。仕事を与えられて、出来なきゃ……」
誰も続きを口にしなかった。
一方で、貴族街の奥。
「ふざけるな……!」
高価な調度品が揺れる部屋で、年嵩の貴族が声を荒げていた。
「今さら“結果”だと? 我々は代々この国を支えてきたのだぞ!」
だが、側近は歯切れが悪い。
「しかし……既に何名か、評価対象として名前が挙がっております」
「若造どもだろう!」
「……はい。ですが、数字が出ております」
沈黙。
数字。
それは誤魔化しの効かない刃だった。
その頃、王城近くの官舎。
「……面白くなってきたな」
そう呟いたのは、まだ若い貴族だった。
階級は低い。だが、目は鋭い。
「今まで、やっても意味がないと思っていたが……」
机の上には、任された小さな街道区画の図面。
「やれば、見てくれる時代か」
彼はペンを取り、迷いなく線を引いた。
王都全体が、ざわついていた。
何もしなくても守られる時代は、終わりを告げつつある。動いた者だけが、次の席に座れる。
そしてその変化は、ゆっくりと、しかし確実に――
国全体へと広がり始めていた。




