回り始めた日常の中で
朝から領都は賑やかだった。
工事の音、行き交う人の声、馬車の往復。
「……今日も平和ねぇ」
そう呟きながら、私は執務室の窓から外を眺めていた。
氷室の工事現場では学術員さん達が図面を片手に話し合い、少し離れた場所では養殖池の整備が進んでいる。
「メイヤ様!本日の予定ですが!」
ミュネが元気よく入ってくる。
「えーっと……午前は燻製の試作結果のまとめ、午後は氷室の場所最終確認、その後に石鹸の改良案……だったかしら?」
「はい!その後、浴場から追加要望も来てます!」
「……増えたわねぇ」
嫌そうに言いつつ、声はどこか楽しそうだった。
試作小屋では、燻製にされたニジニジ魚が並んでいる。木の種類ごとに札が立てられていて、香りも色も微妙に違う。
「これは……匂いが強すぎますね」
「こっちは酒好きには刺さりそうです」
「兵站向きはこの辺りでしょうか」
皆が勝手に評価を始めているのを見て、私は一歩下がる。
「……もう私、居なくても回るんじゃない?」
そう言うと、全員が一斉にこちらを見た。
「それはそれ、これはこれです!」
「最初に言い出したのはメイヤ様ですから!」
「責任者は責任者です!」
「……はいはい」
苦笑しながら、私は一切れだけ試食する。
程よい塩味と、ほんのり残る香り。
「……これ、美味しいわね」
その一言で、場が一気に和んだ。
午後は氷室の建設予定地へ。
地面に杭が打たれ、既に掘削が始まっている。
「地下三層構造で、保冷効果を高めます」
「雪の運び入れは冬季集中ですね」
「管理人は常駐させます」
……うん。完全にプロの会話だ。
「何か修正点は?」
と聞かれて、私は少し考えた。
「……使う人が迷わない導線だけ、お願い」
それだけ言うと、学術員さんは深く頷いた。
夕方。
仕事を終えて、大衆浴場へ。
「メイヤ様〜! 新しい石鹸です〜!」
渡された石鹸は、ほのかに甘い香りがした。
「……うん、前よりずっと良い」
湯船に浸かりながら、天井を見上げる。
政治も、争いも、今は遠い。
ただ、今日も一日、領地はちゃんと回った。
「……こういう日が続けば良いのにね」
湯気の向こうで、誰かの笑い声が聞こえた。
世界は静かに、でも確実に動いている。
その中心にいる自覚を、私はまだ、少しだけ持て余していた。




