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階段から転落して思い出しました!89歳まで生きた私、今度の人生は異世界で半島領の次女です  作者:


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湯けむりの向こうの日常

「何も無い日常って、良いものね」


そう呟いた今日は――大衆浴場の完成日。


「ふふ〜、ふふ〜♪」


上機嫌のまま暖簾をくぐり、まずは外観を一周。


「おお……! ザッ、って感じね!」


石組みの配置、入口の高さ、湯気の逃がし方。私が描いた、あの少し大雑把な絵から、よくぞここまで形にしてくれたものだ。


中へ入る。


「……いいわね」


広めに取られた脱衣所、風通しの良い天井。

木の香りが残る床板も申し分ない。


「湯船も……完璧」


肩まで浸かれる深さに、子どもでも安心な浅場。そして――


「外の露天風呂は……」


思わず声が漏れた。


石垣に囲まれた湯船から見える空。

湯気の向こうに、いつもの領地の風景が滲む。


「素晴らしい……!」


これなら、仕事終わりに立ち寄る者も多いだろう。身体を洗い、温まり、疲れを流す。


「清潔になって、身体もリフレッシュ。気持ちもね」


その日の夕方から、浴場には人が途切れなかった。農夫も、職人も、商人も。

笑い声と驚きの声が、湯けむりに混じって広がっていく。


特別な出来事は無い。けれど――


こういう日常が続くなら。それはきっと、とても幸せな領地なのだろう。


私は少し離れた場所から、その様子を眺めながら、静かに頷いた。


「メイヤ様!」


慌てた声に振り向く。


「どうしたの?」


「魚が! 大きな魚が、埋め尽くしてます!」


「魚!? 解ったわ、すぐ港へ向かうわ!!」


「あ、いえいえ! 港じゃなくて……川です!」


「……川?」


急いで外へ出ると――


「うお!? いつの間に温室がこんなに増えたの!?」


以前は点在していたはずの温室が、川沿いにずらりと並んでいる。

視察をしていなかった数日の間に、随分と景色が変わっていた。


「メイヤ様!こっちです!」


案内されて川辺へ駆け寄る。


「……っ!?」


川面が、黒く見えるほど何かが蠢いている。


「川を……埋め尽くすほどの……大形の魚!?」


水面が跳ね、銀色の背が次々と現れる。


「何これ……?」


「ニジニジ魚ですか!!」


「え?ニジニジ魚!?」


見覚えはある。だが、こんな数は聞いたことがない。


「何だこりゃ!?川が動いてるじゃない……」


「これ……食べられるの?」


「ええ、食べられますが……」


言葉を濁す役人の表情が、異常事態を物語っていた。


「……何で、こんなに?」


腕を組み、周囲を見渡す。


川沿いの温室。そこから流れ込む排水。

そして――


「……あっ」


一つの答えに辿り着く。


「温水を流したせい……か?」


夏が過ぎて涼しくなっても水温が下がらない川。餌となる微生物も増え、繁殖条件が揃いすぎた結果。


「まさか……川そのものが、養殖場状態?」


誰も否定できなかった。


「……」


メイヤは、魚で溢れる川を見つめながら、静かに呟く。


「また……想定外、ね」


だがその口元は、ほんの少しだけ――楽しそうに、緩んでいた。

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