王宮動く
王都中心部――白亜の石で築かれた威厳ある王城。
普段なら冷静沈着な官僚たちも、この日に限ってざわつきを隠せずにいた。
「世界商品登録機構の総責任者が……王宮に?」
「まさか自分から来るのか? あの“鉄面皮のアグライア様”が?」
「一体、何が起きたんだ……?」
ざわめく廊下を、セレスティア学園長とアグライア=ホルンベルグが堂々と歩く。
アグライアは大股で進みながら、ぶつぶつ文句を言った。
「まったく……好んでこんな場所に来るわけないだろうに。今日は特別だよ、特別」
セレスティアは苦笑を浮かべる。
「あなたが“国を動かす覚悟”を見せるのは久しぶりじゃない?」
「歳を取るとね、火がつくにも理由がいるんだよ。――あの子が理由さ」
案内役の侍従は緊張のあまり背筋が固くなり、二人の雰囲気に圧倒されているようだった。
そして――王座の間。
重厚な扉が開くと、国王・宰相・各大臣たちが整列していた。場の空気は重く、張り詰めている。
国王は席からわずかに身を乗り出し、二人を迎えた。
「よくぞ来てくれた、アグライア=ホルンベルグ殿。そなたが自らこの場へ訪れるとは……余も驚きを隠せぬ」
セレスティアは静かに控え、アグライアはひるむことなく歩み出た。
「王よ。今日は“国を揺るがす案件”を持ってきたんだ」
「国を……揺るがす、だと?」
宰相と大臣たちが息をのむ。
アグライアは分厚い封筒を取り出し、王へ差し出す。
「これだ。――とある少女、メイヤという子が提出した“提案”だよ」
「また……メイヤか……!」
王は思わず額に手を当てる。
アグライアは淡々と説明を始めた。
■ 1. 簡易手押しポンプ
「まずは簡易手押しポンプ。水汲みの労力を激減させる仕組みだ。うちの工房で試作しているが……成功の見込みは高いよ。井戸のある町は、生活が根本から変わる」
「生活基盤の刷新……か」
王と大臣たちの目つきが鋭さを増す。
■ 2. 天然酵母の培養
「次に天然酵母。パンの質が劇的に向上する。保存性も良くなるだろう。食糧事情の底上げに直結するはずさ」
「食糧の安定化……これは大きい」
■ 3. 九九表と簡易そろばん
「九九表と簡易そろばんは、教育と会計が大幅に効率化される。兵站計算にも影響するね。誰でも同じ計算基準で動けるようになる」
宰相が身を乗り出す。
「……まさか。計算手順の共通化か?それが普及すれば、税収・貿易・兵站すべてに影響が出るぞ」
アグライアは肩をすくめた。
「そういうこった」
■ 4. 度量衡の統一
そしてアグライアは、最後の一枚を王へ示した。
「そして――これが最大の爆弾、度量衡の統一だよ」
その瞬間、場の空気が凍りついた。
宰相、大臣たちが同時に息を止める。
国王は深く息を吸い、重々しく言った。
「……その問題は、何十年も前から議論されてきた。しかし利権が絡み、誰も踏み出そうとはしなかったはずだ」
アグライアは机に軽く拳を置く。
「そうさ。大商会、地方領主、職人組合。それぞれが自分に都合の良い尺度を手放さなかったせいで、国は長年停滞してきた」
そして、王へ向かって言い切った。
「だが、この子は――“大人が諦めた問題”に、あっさりと答えを置いていった」
王は震える指先で書類をめくる。
「……簡潔だ。かつ、誰も致命的に損をしないまとめ方……。これを子供が……?」
「そう。学園に通い始めたばかりのな」
場には重苦しい沈黙が落ちた。
沈黙を破ったのは、王だった。
「……アグライア。そなたの意見は?」
「国を動かすべきだ。この案は、利害に染まっていない“純粋な最適解”だよ。大人では辿り着けない」
宰相も深く頷く。
「国家規模の改革に値します。経済、軍務、行政の根幹が変わる……!」
王は大きく息を吸い、そして静かに決断を下した。
「――度量衡統一の検討委員会を設置する。
アグライア、そなたを特別参与として迎える」
「いいだろう。あの子が持ってきた火種、しっかり拾ってやるさ」
国王は続けてセレスティアへ視線を向けた。
「メイヤ嬢……あの少女を守れ。国が動く時、最初に狙われるのは“きっかけとなった者”だ。彼女はまだ子供だ。守らねばならぬ」
セレスティアは胸に手を当て、深く頭を下げた。
「もちろんです、陛下。彼女はただの少女ですが……同時にこの国の未来を照らす存在です」
アグライアは鼻で笑う。
「まったく……あのちっこいの、国を動かす油庫みたいな子だよ」
王宮の空気が変わった。
一人の少女が持ち込んだアイデアが、
ついに――国の中枢を動かし始めたのだ。




