静かな食卓と貼り紙の領主館
「お食事の用意が出来ました〜!」
明るい声と共に現れたのはミュネだった。
「あら、ありがとう」
「こちらです〜!」
案内された食卓には、見慣れた料理と、もう一つ――
この領地でよく食べられているという料理が並んでいた。
見た目は……普通ね。
畜産男爵は、少し首を傾げながら皿を見下ろす。
「この白いつぶつぶ? これは何かしら?」
「えっと〜、八十八穀です〜!」
「……八十八穀?」
聞き慣れない言葉だった。
試しに一口。――ぱく。
「……っ!?」
思わず目を見開く。
「美味しい!!」
派手な香りも無ければ、見た目も質素。
だが噛むほどに広がる甘みと、他の料理を邪魔しない存在感。
「見た目は普通なのに……何じゃこのうまさ!?」
周囲を見ると、側近たちも同じ反応だった。
「これは……」「止まらん……」
静かに、だが確実に箸が進んでいる。
食事の質が、全体的に高い……?
量で誤魔化すのではなく、日常の満足度を底上げする料理。それがこの領地の“普通”なのだと、嫌でも伝わってくる。
「ところで」
畜産男爵はふと周囲を見回した。
「ここの領主様や、ご家族は?」
「あー……」
ミュネは少し笑って答える。
「皆んな忙しくて、食事はバラバラな事が多いです〜」
「そうなのね。じゃあ、相談事や打ち合わせは?」
「お仕事の事はですね〜」
ミュネは壁の方を指差した。
「あの板に、メモを貼って情報交換してます〜!」
そこには大きな板があり、紙片がいくつも貼られていた。簡潔な指示、進捗、確認事項――一目で分かるよう整理されている。
「……へぇ」
畜産男爵は感心したように息を吐く。
「変わったやり方ね……」
だが、すぐに気づく。
でも……
皆が揃う時間を無理に作らない。誰かを待つ必要もない。その分、余計な時間を使わずに済む。
「……合理的、なのか?」
食卓は静かだが、どこか満たされている。
派手さはないが、無駄がない。
畜産男爵は、この領地の“強さ”が、戦や財力だけではない事を、また一つ理解した気がしていた。
「美味しかったわ!!ありがとうね!」
畜産男爵が素直にそう言うと、ミュネはにこっと笑った。
「いえいえ〜!この後はデザートとお茶です〜」
運ばれてきたのは、白くてふわふわした甘味。
これは……さっき店で買ったやつに入ってた白いの?
一口。
「……っ!!」
「う!砂糖たっぷり!!何じゃこりゃ〜!!」
思わず声が裏返る。
「ふふふ。お口に合って嬉しいわ」
セリアがくすっと笑いながら声をかけた。
「素晴らしいです……」
側近の一人が、しみじみと呟く。
「それに、本日は領内を色々と見せて頂き、誠にありがとうございました」
丁寧に頭を下げる。
「いえいえ〜。好きなだけ見て行っていいのよ?」
しかし畜産男爵は、少し間を置いてから言った。
「……いえ。我々は、明日にでも王都へ戻ろうかと……」
「……あら?」
セリアが、ほんの少し首を傾げる。
「たった一つ商談して、もう帰るの?」
「え?」
空気が、わずかに変わった。
セリアは視線をずらし、同行している側近たちを一人ずつ見ていく。
「まあ、用があるなら仕方ないけど」
そう前置きしてから、柔らかい声で続けた。
「そちらのお二人さん。若い女性と男性のお二人さん」
突然名指しされ、二人が背筋を伸ばす。
「お二人は、この地に残って、もう少し技術を吸収してから戻りなさい」
「……はい?」
「私達も畜産について聞きたい事が沢山あるし」
逃げ道の無い、穏やかな断定。さらに視線は年嵩の側近へ向く。
「お年を召した男性の方は、領主様にしっかり付いていなさい」
「……は、はい」
もはや相談ではない。
「それに」
セリアはお茶を一口飲み、淡々と付け加える。
「必要なら、もっと人をこちらに寄越しても構わないわよ」
――完全に主導権を握られている。
畜産男爵は、デザートの甘さとは別の意味で、喉が鳴るのを感じた。
……この人。
押し付けがましくもない。威圧的でもない。
それなのに、気づけば道筋が決められている。
やっぱり……
ここは、“貧乏領”などではない。
学ぶ側が、自然と腰を据えさせられる場所。
そんな領地なのだと、畜産男爵は改めて理解していた。




