浮かぶ港と予期せぬ再会
「……本当に、もう着いたわ……」
畜産男爵は呆然と呟いた。体感では、まだ半分も来ていない感覚だというのに、船はすでに目的地へと滑り込んでいる。
「これは……」
視界に入った光景に言葉が途切れた。
「港……よね?でも、変わった作りね……?」
岸壁らしきものが、どこか不自然だ。石で固められている様子もなく、海面と一体化しているようにも見える。
「さて!皆!降りるわよ!」
「「「はい!」」」
一行が船縁へと集まった、その時だった。
「……ん?」
足元を覗き込み、畜産男爵は目を細める。
「……港が……浮いている?」
「何、これ……?」
同行していた技術者が、驚きを隠さずに口を開く。
「如何やら、浮力のある構造物の上に板を敷いて、港代わりにしている様ですな。これなら埋め立てをせずとも、大型船が直接横付け出来る……」
「……」
畜産男爵の脳裏に、自領の遠浅の海がよぎる。
「……これ、うちの領地にあれば……」
言葉は、そこで途切れた。
「はーい!領都方面に行く方〜!早くお乗り下さーい!!」
間延びした、しかしやけに元気な声が響く。
「……ちょっと。これに乗ればいいの?」
「はーい!初めてですか……?」
声の主が顔を上げ――次の瞬間、目を丸くした。
「あれ?貴女……畜産男爵!?」
「その名で呼ぶな……え?」
畜産男爵も相手の顔を凝視する。
「……ナータ様??何で、ここに!?」
「あはは!お久しぶりね!学園以来かしら?
それで、何しに来たの?」
「ちょっと待ちなさいよ!」
畜産男爵は一歩詰め寄る。
「何で伯爵の娘が、こんな貧乏領地で何してるのよ!?」
「んー……色々あった上になり行きで???」
あっけらかんとした返事。
「……しかも、その綺麗だった長い髪!そんな短くして如何したのよ!?」
「まあ、それも色々??それより、早く乗りなさいよ!」
ナータは腕を引っ張る。
「定時出発に遅れちゃうじゃないのよ!」
「ここに座ればいいのね……?しかしこれ……」
畜産男爵が腰を下ろした、その瞬間。
「プシューーーー……!シュシュッ!」
「うわっ!?」
足元が震え、景色が動き出す。
「動いた!?ちょっと、あんたが動かしてるの!?」
「お客様!動くと危ないので、お座り下さーい!!」
「こら!人の話、聞きなさいよ!!」
「しゅ、しゅ、しゅ……」
蒸気音を立てながら、乗り物は軽快に走り出す。
畜産男爵は、揺れる視界の中で確信していた。
――ここは、ただの貧乏領地じゃない。
そしてこの視察は、想像以上に厄介で、面白い旅になると。
「領都近く〜! 領都近く〜! お荷物お忘れなく〜!」
「けっ……景色が速く流れていく……目が回る……」
畜産男爵は思わず座席の縁を掴んだ。
「ちょっと?大丈夫?」
「こっ……これぐらい平気よ!でも何でそんな男性みたいな格好で!」
ナータは自分の服装を見下ろして、肩をすくめる。
「ここの奥様が作ってくれたの!運転士専用って!!」
「……あんた!ヒラヒラした格好が好きだったじゃない!!」
「んーー。まあ、如何でもいいや!そんなの!」
軽く笑い飛ばしてから、畜産男爵は視線を向け直す。
「それより……貴女、何でここに?」
「し、視察よ!」
少しだけ言葉が詰まる。
「あの……名前、なんだっけ?」
「『アステリア・ロウル様!』です」
技術者が話す。
「その人から言われたの。ここをよく見て、観察して来いって!」
「あー……成る程ね……」
畜産男爵は、先ほどから見てきた異様な光景――
帆の無い船、浮かぶ港、蒸気で走る乗り物――を思い返す。
「それなら……」
ナータがにっと笑う。
「領主館まで案内するわよ!今日は、もう仕事終わりだから!」
「……仕事?」
畜産男爵は、眉をひそめた。
「仕事って……何の?」
「運転士よ?」
「……は?」
「この路線のね!」
「……」
畜産男爵は、ナータを上から下まで改めて見た。
「……伯爵家の娘が?」
「そうね。肩書は?」
ナータはあっさり言う。
「今はここでは1人の人間。それに――」
ナータは前を見据えた。
「ここじゃ、身分より“出来るかどうか”の方が大事なの」
その言葉に、畜産男爵は一瞬、言葉を失った。
――やっぱりだ。
――この領地、どこかがおかしい。
だが同時に胸の奥が、妙にざわついているのも確かだった。




