世界商品登録機構総責任者、来訪 ―
「セレスティア学園長! ただいま、世界商品登録機構・総責任者――
アグライア=ホルンベルグ様が面会を求めておられます! 至急とのことです!」
職員室の扉をノックもせずに飛び込んできた若い教師が、息を切らしながら告げた。
セレスティアは、書類仕事の手を止めてぱちりと瞬いた。
「アグライア様が……学園に? 珍しいわね」
あの偏屈で、王宮にもめったに顔を出さない“職人気質の化け物ババア”が自ら学園へ?
しかも至急――これはただ事ではない。
セレスティアが立ち上がると、案内に従って応接室へ向かう。
扉を開けると、頑丈そうな革の外套を羽織った白髪の女性が、肘をついてふてぶてしく座っていた。
「やっと来たね、セレスティア学園長。好き好んでこんな場所へ来るわけないだろうに」
「まあ、その物言いは相変わらずね。何の用件かしら?」
アグライアはふん、と鼻を鳴らすと、分厚い封筒をテーブルに放り出す。
「これだよ。あんたんとこの学園のちっこい子――メイヤだっけ?
あの子がうちへ持ち込んできた“提案書類”の束さ」
セレスティアは封筒を開く。中には見覚えのある図面と書類がぎっしり詰まっていた。
1.簡易手押しポンプの構造図
2.天然酵母づくりの実験手順
3.九九表の下書き
4.簡易そろばんの斜視図
5.度量衡の統一表案
「まぁ……これを私に見せちゃって、よろしいの?」
「構うかい。うちじゃもう登録準備に入ってるさ」
アグライアは椅子にもたれ、片足を組んだ。
「まず――一つ目の簡易手押しポンプ。図面を見た工学工房の連中がね、“理論的に可能”って鼻息荒くして試作に入ったよ」
「まぁ、これを再現できるのね」
「二つ目の天然酵母。これは少し時間が掛かる。調理工房に回して様子を見てるさ。うまくいけばパン事情が変わるよ」
「三つ目の九九表と、四つ目の簡易そろばんは?」
「造るだけだから問題なし。文字通り“単純に便利”ってやつだね。普及したら教育が変わるよ」
そこでアグライアは、五つ目の紙を指でとんとん叩いた。
「問題は……これさ」
度量衡の統一表案。
セレスティアはわずかに口を開いた。
「これは――メイヤがこれも提出したのね」
「そう。国の官僚全員を巻き込む案件だよ。
もしこれが基準になったら――この国の細かい取引トラブルが一挙に消える。物流も、売買も、税制も変わる。何十年も前から議論されてたのに、誰も決めきれなかったことを……」
アグライアは肩をすくめた。
「ちっこい子が、さらっと持って来やがった」
セレスティアは思わず口元に手を当て、吹き出しそうになる。
「それで、今日はその報告に?」
「まさか。そんな軽い用件でここまで来るわけないだろう」
アグライアの目が鋭く光った。
「――あんた。王と面識あるんでしょ?場を作りなさい。私も王宮へ行く」
セレスティアは目を丸くした。
「まぁ……あなたが自分から王宮へ?あの王室嫌いのアグライア様が?」
アグライアはふん、と鼻を鳴らした。
「そーさ。あのちっこい子――メイヤを見てるとね、なんだか忘れかけてたものを思い出すんだよ」
「忘れかけていた……?」
「“世界は変えられる”って気概さ。昔、私らも若かった頃はそう思ってたもんだよ。
でも現実を知るうちに、いつの間にか妥協ばっかりするようになった」
アグライアは、誰よりも先に歳を背負ったような顔で笑った。
「でもね、あの子の図面と書類を読んだら……
“まだやれる”って気がしてきたんだよ。
だから私は動く。王も巻き込む。国も動かす」
セレスティアは、その決意に言葉を失った。
そしてしばらくの沈黙の後――口元に柔らかな笑みを浮かべた。
「……わかったわ。私が王宮との面会を手配します」
「頼んだよ、セレスティア」
アグライアは立ち上がり、外套を羽織り直す。
「それと――あのちっこいの。あたしの所にに入り浸るね、きっと。覚悟しときな」
セレスティアは肩をすくめた。
「ふふ。うちの生徒は、良い意味で人の手間を奪う子たちばかりだから」
アグライアは笑いながら応接室を後にした。
こうして――
メイヤの小さなアイデアは、気づけば国全体を揺るがす渦の中心へと変わりつつあった。




