腹が満ちてから始まる話
やっと、王都の中に十分な食料が行き渡ったか。
噂話も、配給の列も、焦り混じりの怒号も――ようやく落ち着いた。
正直に言えば、思っていたより時間は掛かった。
輸送路、倉庫、人手、そして「信用」。
どれ一つ欠けても、食料はあっても届かない。
だが、これでひとまずは一区切りだ。
「腹が減っているうちは、誰も先の話なんて聞かない」
それは前の世界でも、この世界でも同じらしい。
だからこそ、ここまでは最優先だった。
さて――。
これでやっと、次の厄介ごとに手を出せる。
王室との話し合い。貴族の再編成。
歪んだまま放置されてきた領地。
名ばかりで機能していない爵位。
物流も人も金も回らず、ただ席だけを占めている存在。
これを整理するとなれば、当然、不満は出る。
静かに牙を剥く者もいるだろうし、声高に反対する者もいるだろう。
だが――。
食料が安定し、生活が回り始めた今なら、
「変える理由」を示すことが出来る。
王都は落ち着いた。民は日々の糧を得ている。
次は、その土台の上で、誰がこの国を支えるのか――その話だ。
さて。
面倒だが、避けては通れない。
腹が満ちた今こそ、国の骨格に、手を入れる時だ。
その前に、第1地区の様子を確認しなければならない。
不思議なことに、こちらへは一切報告が上がって来ていない。
……いや、流石にまだ苦戦しているのか?
そう思いながら現地を視察して、思わず足を止めた。
「……何だ、これは?」
既に基礎工事は終わっている。それどころか、一部の建物は壁まで立ち上がっているではないか。
「おい、如何なっておる?」
側近に声を掛ける。
「いえ……一切報告が上がって来なかったので、てっきり、まだ手付かずかと……」
「しかし、この進み具合は……」
目を凝らす。基礎部分が妙に整っている。
石積みではない。表面が異様なほど滑らかだ。
「何だ、この……ツルっとした基礎は?」
近くで作業している者たちを見る。ふと、その家紋が目に入った。
「……この職人達の家紋は……確か、木材加工を得意とする……男爵、だったか?」
作業を指揮していた職人に声を掛ける。
「作業の途中で済まぬが、この基礎は何だ?」
「あー。これか?確か“コンクリ”って言ってたな。すげぇ便利だぞ」
「コンクリ……?何処から手に入れた?」
「ロウルからだな。第3地区から、定期的に運ばれて来る」
「……済まなかった」
心の中でそう呟く。ロウルが、こんな物を開発していたのか?
水を混ぜて流し込み、固めているのか?
見たことも聞いたこともない工法だ。
「ここまで来たのだ……第3地区にも顔を出すか」
「忙しい所、悪いな」
「……あー、あんたか。何の用だ?」
「“コンクリ”という物は、ロウルが開発したのか?」
「いや。違うぞ。運んでるだけだ……」
その言葉に、嫌な予感が走る。
「……まさか、また……」
「そうだ。その“まさか”だ。そこから運び込んでる」
「……これは……如何いう仕組みだ?水を混ぜて、固まる仕組み……」
「は?まあ、そうだが……?仕組みまでは説明出来ないが。っていうか、知らないのか?」
「知るわけもなかろう!」
「いや、そうじゃなくて……これを“作ってる”事をだ」
「他領が何を作ってるか、細かく把握しているわけが無かろう!」
「へ?いや?そうじゃなくてだな……」
アステリアは、ふと足元に積まれた袋を指差した。
「この“コンクリ”の袋の……端、見てみろ」
「袋の……端?」
屈んで確認した瞬間、言葉を失った。
「……なっ!?我が家の……家紋!?どう言う事だ――!?」
「いや?それ、こっちが聞きたいんだが???」
現場には、乾いた笑いと、理解不能な沈黙だけが残った。




