積み上がった現実
アステリアの机の上には、いつもより分厚い書類の束が積まれていた。
「……多いな」
溜息混じりに、最初の一枚をめくる。
第1地区の復旧進捗。
新規導入建材の使用報告。
職人達からの現場評価。
物流量の変化。
倉庫の回転率。
どれも、単体で見れば「順調」の一言で片付く内容だ。
だが――まとめて見ると、無視できない違和感が浮かび上がる。
「……登録、追いついてねぇな」
コンコン、と扉が鳴った。
「入れ」
「失礼します!」
入ってきたのは、機構本部の担当者だった。
顔に、隠しきれない疲労が浮いている。
「アステリア様。機構本部から正式な照会が来ました」
「ほう?」
「第1地区で使用されている新建材、新工法、新物流形態について――」
紙を差し出す。
「“仮登録の技術が複数確認されたため、即時の整理と正式登録を求める”との事です」
アステリアは紙に目を通し、鼻で笑った。
「遅ぇよ」
「……ですよね」
担当者も苦笑する。
「現場じゃ、もう普通に使われてますし」
「だろ?」
アステリアは椅子に深く座り直した。
「誰も隠してねぇ。申請も出してる。ただ――現場の方が早すぎただけだ」
機構側としても、想定外だった。
新素材による大型建築。
新配合の建設用素材。
そして、物流と建設を一体で回す設計思想。
どれも「禁止」ではない「前例」が無かった。
「本部は……困ってます」
「そりゃそうだ」
アステリアは肩をすくめる。
「でもな。困ってる間にも、街は出来上がっていく」
「……正式登録を急げと」
即答だった。
「現場は止めねぇ。書類が追いつくまで待つ理由がねぇ」
「では……?」
「使われてる実績、耐久試験、事故報告ゼロ。
全部まとめて突きつけろ」
机を指で叩く。
「“現場で成立している”って事実をな」
担当者は、深く頷いた。
「……機構としても、否定は出来ません」
「だろ?」
その頃、機構本部でも、似たような空気が漂っていた。
「……もう、出来上がってるのよね」
書類を睨みながら、ババアが呟く。
「仮登録、仮登録って言っても……使われてる、壊れてない、事故もない」
「しかも、王都の復旧速度が段違いです」
「止めたら、こっちが責任取る羽目になるわね」
重い沈黙。
そして――結論は一つしかなかった。
「……正式登録を進めるわ」
「条件付きで?」
「いいえ」
ババアは書類をまとめ、きっぱり言った。
「事後承認。正式登録。名称と区分を整理して、標準化に回す」
「……よろしいのですか?」
「現場が正解を出したのよ」
ペンを取り、署名する。
「機構は、それを形にするだけ」
その報告が、数日後アステリアの元にも届いた。
「……へぇ」
書類を眺め、口角を上げる。
「やっと、追いついたか」
登録番号が振られ、正式名称が付けられた技術群。
アステリアは知っている。
これは「承認」ではない。
追認だ。
現実が先に進み、制度が後から付いてきただけ。
「……まだ、始まったばっかだぞ?」
窓の外では、第1地区で今日も槌の音が鳴っていた。
機構が追いついた。
次に追いつけるかどうかは、まだ分からない。
現場は、もうその先を見ているのだから。




