紫の価値
「こんにちは〜!また連れて来たわよ〜!」
港に張りのある声が響く。
振り向いたアステリアは、思わず口元を緩めた。
「おー。早いな。じゃあ、また見せてもらうぞ」
「どーぞ!」
連れて来られた家畜を、一頭ずつ確認していく。
「肉牛、十三頭。乳牛、九頭。豚、五頭。山羊、八頭……」
一通り見終え、軽く頷く。
「今回は馬無しか。……うん、状態も良い。素晴らしい!」
懐から袋を取り出し、放る。
「はい。現金だ」
「相変わらず金払いは良いのね?」
「何だ?悪い方がいいのか?」
「けっ!そういうわけじゃ無いわよ!」
やり取りをしていると、背後から慌てた声が割り込んだ。
「姉さーん! ……あっ! 取引中……」
「……あー!!!」
畜産男爵が、思わずアステリアを指差す。
「何よ!人を見て指差して!部下の教育がなってないわね!」
「す、すみません!」
「姉さん!それどころじゃないです!この人の領地に――紫石が出てます!」
空気が、一瞬で変わった。
「……まじか?」
アステリアの目が、畜産男爵へと向く。
「おい。ちょっと別件商談と行こうか?」
「はっ?」
「まさか……あの紫色の石に、そんな価値が?」
畜産男爵は眉をひそめる。
「王族の近衛が、たまに掘りに来る程度の代物よ?暖炉用に少し使うくらいで……」
「そうだな。今はな」
アステリアは静かに言った。
「でもな、その内に需要は確実に伸びる」
「……何で、そう言い切れるの?」
「まだ誰も、気がついてないだけだ」
畜産男爵は腕を組み、少し考える。
「……うちでも、暖炉に少し使ってる位だしね」
「なら話は早い」
アステリアは一歩踏み出した。
「その“少し”が、いずれ足りなくなる。俺は、その前に動きたいだけだ」
港の喧騒の中、
誰も気に留めていない紫の石が、静かに次の流れを呼び始めていた。
「……で、その紫石。領地にはどれ程採れるんだ?」
アステリアの問いに、畜産男爵は肩をすくめた。
「いや。今まで、しっかり調べた事なんて無いわよ。無価値に近い物だったし」
「掘ってたのは?」
「領地内でせいぜい暖炉用に少し。近衛がたまに掘りに来てたけど」
「……なるほど」
少し考え込んだ後、畜産男爵が続ける。
「ただ……出てる場所を見る限り、恐らく山全体がそうかも知れない」
「山全体が!?」
思わず声が上がる。
「とは言ってもよ!まだ売り先も無いのに、人なんて手配出来ないわよ!」
「それなら――」
アステリアは、間を置かずに言い切った。
「俺が買取る」
「……え?」
「いや、違うな」
一歩踏み込み、畜産男爵の目を真っ直ぐ見る。
「その前にだ。俺と共同で事業を立ち上げないか?」
「……へ?」
「そうすりゃ、お前の所にも畜産以外で安定した収入が見込める」
「でも、うちは遠浅の海よ?港の整備をするお金なんて無いわ!」
「船の積み込みに関しては、俺達が考える」
即答だった。
「だから、その山を誰にも売るな。今すぐだ」
畜産男爵は言葉を失う。
「……ちょ、ちょっと待ちなさいよ。話が急すぎるわ!」
「急だからこそだ」
アステリアは不敵に笑った。
「気づかれたら終わりだ。今すぐ事業を立ち上げるぞ」
誰も見向きもしなかった紫の石は、
いつの間にか、畜産男爵の未来ごと巻き込み始めていた。




