魔法なんて、ありませんでした。
情報を集めた私は、ひとつだけ強く思った。
(……外の世界を、この目で見たい!)
フェルナード領は海も畑もあって、問題も山積み。
でも私が知っているのは、執務室の窓から見える景色と、庭だけだ。
(外に出ないと、何も分からないじゃない)
そう考えた私は、まず“準備”をすることにした。
前世の私はメモ魔だ。
メモを取れないと頭がモヤモヤする。
「ねえミュネ。紙と鉛筆をちょうだい!」
部屋を掃除していたミュネがぴしっと固まった。
「か、紙……ですか? メイア様」
「うん。簡単なやつでいいから!」
ミュネは困ったように耳を伏せた。
「……紙は、とても高価なんですよ? 貴族の子供でも、落書き用には使えませんし。
それに……“けんひつ”?ってなんです?」
(あ……ここ、“ペン”と“インク”しかない世界だった……!)
私は思わず頭を抱えた。
紙は高級品。
鉛筆という概念がない。
前世では百均で買えたのに……!
「じゃ、じゃあ……紙は後でいいわ!」
私が慌ててごまかすと、ミュネはますます怪しいものを見る目になった。
(紙に頼れないなら……チート能力で何とか……?)
私はふと、転生ものの定番を思い出した。
孫がよく話してくれていた、あの手の話だ。
「この世界……魔法とか……あるのかしら?」
ミュネが目を瞬いた。
「え? ありませんよ? 何を言って……」
(いや、でも“隠された力”とか、“転生者特有の補正”とか……!)
試してみる価値はある。
「――ウインドカッター!!」
……。
何も起きない。
ミュネが固まった。
「……メ、メイア様?」
私は焦りながら、もう一度構えた。
「ファイヤーボール!!」
……沈黙。
風も火も出ない。
もちろんエフェクトもない。
ただ、ミュネが口をぱくぱくさせている。
「め、メイア様……それ……踊りの練習か何か……?」
「ち、違うの! その……ちょっとした確認というか……!」
顔が熱い。
全身が熱い。
(な、何してるの私!? そこらの中二病じゃない!)
前世八十九歳。
落ち着いたはずの私が、なぜ六歳児として魔法を叫んでいるのか。
「……ミュネ、今のは忘れて……お願い」
ミュネは真剣だった。
「はい! 忘れます! 絶対に忘れます!
でも……本当に大丈夫ですか? 頭とか……打ちましたし……」
「だ、大丈夫よ!!!」
叫んだせいで、さらに恥ずかしくなった。
(……そうよね。そんな都合の良いチート、あるわけないわよね)
魔法もスキルもステータスもない。
あるのは――八十九年分の人生経験だけ。
(でも、それで十分よ。人生、楽をするだけが全てじゃないもの)
私は決心した。
「ミュネ。お父様とお母様に言いたいことがあるの。
外に出る許可がほしいの」
ミュネの目が丸くなる。
「えっ……い、今まで庭にしか出たことないのに?」
「だからこそよ。外を知りたいの」
ミュネは不安そうに尻尾を揺らしながらも、少し笑った。
「……分かりました。では、お二人にお伝えします。
でも……危険なところには行っちゃダメですよ?」
「もちろん!」
廊下へ走っていくミュネを見送りながら、私は小さく息を吐く。
(魔法はない。チートもない。
でも……私には前世の知識がある。
紙も鉛筆もないけど、頭はある!)
新しい世界は、まだ知らないことだらけ。
だから――まずは外へ出なきゃ。
そうして私は、フェルナード領の外の風を求めて、最初の一歩を踏み出すことにした。




