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階段から転落して思い出しました!89歳まで生きた私、今度の人生は異世界で半島領の次女です  作者:


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温もりは、静かに巡りはじめる

ふふふ……やっと、温泉計画が動き出した。


部屋で一人、メイヤは小さく拳を握る。

机の上には、赤い印が付いた数枚の資料。少し前にお母様へ渡した提案書だ。


「……やっぱり、目に留まったみたいね」


温泉水を利用した温室計画。

寒冷地でも作物を育てられる仕組み。

南の植物すら試せる、未来への布石。


学術員たちもすぐに動いてくれた。


――温水をどう巡らせるか。

――熱効率を最大にする構造は何か。

――維持管理に無理はないか。


専門的な議論が進み、次々と改善案が積み上がっていく。


「その辺は……さすがね」


自分では思いつかなかった細部まで、きちんと詰められている。

任せて正解だった、と心から思える内容だ。


一方で、作業員の数は以前より減っている。

内乱直後の混乱期と比べれば、半分ほどだろう。


でも――


「0と、半分じゃ……全然違うもの」


建築は止まっていない。

遅くても、確実に、前へ進んでいる。


温室の基礎、配管の準備、資材の手配。

すべてが少しずつ噛み合い始めていた。


メイヤは窓の外を眺める。

冷たい風が吹くこの土地で、やがて温もりが巡る未来を思い描きながら。


「焦らなくていい……」


急がず、止めず、積み重ねる。

それが、この領地のやり方だ。


小さく息を吐き、メイヤは次の資料へと手を伸ばした。


――温泉の湯気は、まだ見えない。

だがその熱は、確かに地下で動き始めていた。



支度金を受け取った木材男爵は、戻りの馬車の中で図面を広げていた。


「……まさか、いきなり支度金を渡すとはな」


あの辺境伯――いや、今は港を任された商人領主か。

噂では聞いていた。大胆で、細かいことに拘らない、と。


だが、これはただの豪快さではない。


「木材の寸法を合わせろ、か……」


図面を見た瞬間、背筋が伸びた。

寸法は統一され、無駄がない。

加工・運搬・組み立て、すべてが効率化される構造だ。


「……なるほどな」


かつて自分の上にいた貴族。

反乱に加わったと聞いていたが、今なら理由がはっきり分かる。


――この差だ。


共通規格を前提にした設計。

全体を見て、先を読んでいる。


「そりゃ、負ける訳だ」


側近の反対を押し切って兵を出した判断も、間違いではなかったのだろう。

この港が立て直れば、王都は確実に息を吹き返す。



一方、若い農業男爵の馬車では。


「爺!あのお姉ちゃん、凄いね!」


無邪気な声が弾む。


「若……ですから、お姉ちゃんと呼んではいけませんと……」


筆頭執事は苦笑しつつも、内心は同じだった。


「まさか、値も量も聞かず、全部買い取るとは……」


小麦は行き場を失い、港に山積みになっていた。

正直、また買い叩かれる覚悟をしていたのだ。


「……器が違いますな」


大貴族が幅を利かせ、上から押さえつけていた時代。それが一気に消えた。


「清々する、とは……こういう事なのでしょうな」


若い男爵は、窓の外を見ながら素直に頷いた。



そして、畜産女領主。


「全く……何よ、あの女領主!」


馬を飛ばしながら、苛立ちを隠そうともしない。


「大金を、ぽんっと出して……!」


だが、その声色に怒りはあっても、後悔はなかった。


「……まあ、いいわ」


折角大切に育てた命だ。

行き場を失い、価値を下げられるより、ずっといい。


「無駄にならずに済んだもの」


女領主は、手綱を強く握る。


「さっさと手配しないとね」


港が動き出す。王都が息を吹き返す。


そして、自分たちの領地も――

否応なく、その流れに乗ることになる。


それを理解しているからこそ、誰一人として、後ろは振り返らなかった。

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