空白の区画
よし!
「おーめーら! 第1地区を見に行くぞ!」
「おう!!」
港の喧騒から少し離れた場所。
そこに広がっていたのは――
「……こりゃ……」
「手付かず、ですなぁ。姉さん……」
崩れた建物、放置された資材、歪んだままの道。
復旧どころか、手を付けた形跡すらほとんど無い。
「だなぁ……」
アステリアは周囲を一巡し、低く息を吐いた。
「手を挙げた貴族って、誰だ?」
「えっと……資料だと……あー。男爵家が三名だけですね」
「……三名?」
「はい。いずれも海に接した領地を持ってますが、大型船は無し。中小型船が主力ですな」
「資金は……」
「えー……どっかの地方貧乏男爵よりはマシかと? はは」
「ふっははは!」
思わず笑いが漏れる。
「なるほどな……」
アステリアは、資料を指で叩いた。
「内乱の時は?」
「少なくとも兵は出してます。完全な様子見組では無いですね。まあ兵力が少なく手出し出来なかった見たいですが……」
「ふむ……」
視線を区画全体に戻す。
「それに……王都との交易が主収入、か」
「はい。ここが死んだままだと、相当困る連中ですな」
「成る程」
アステリアは頷いた。
「確かに、さっさと復旧してくれないと不味い連中だ」
一拍置いて、決める。
「その三名と話す」
「直接、ですか?」
「出来れば直接だ。無理なら連絡でも良い」
部下を見る。
「さっきの侯爵……段取りを頼め」
「はっ!」
部下が走り去るのを見送りながら、アステリアは区画をもう一度見渡した。
「……何も無い場所ほど、やりやすい」
そう呟いた声は、誰に聞かせるでもなかった。
さて。
「大体の設計は、先に済ませておくか」
アステリアは瓦礫だらけの第1地区を見渡しながら、頭の中で線を引いていく。
通りの幅、倉庫の配置、人と荷の動線。
第3地区で得た経験が、そのまま活きていた。
「……ここは、あそこより更に効率重視だな」
管理しやすく、滞らない。
復旧後に人が増えても、混乱しにくい構造。
「まっさらだと、これが出来るからやりやすい」
皮肉にも、完全に壊れているからこそ、余計な制約が無い。
そこへ、部下が駆け寄って来た。
「姉さん!」
「ん?」
「セリア様から、姉さん宛に荷物が届いてます!」
「……俺宛に?」
アステリアは眉を上げた。
「何だろ?」
港の一角に運び込まれた箱を前に、部下が首を傾げる。
「中身は……」
蓋が開く。
「……酒類ですね。しかも色んな種類が入ってます」
「は?」
さらに横の袋。
「こっちも開けてみやすぜ〜」
袋を解いた瞬間、白い結晶が覗いた。
「……っ!? これは……」
「砂糖!?!?」
「げっ! 十袋も!?」
思わず声が荒くなる。
「おいおい……どこが地方の貧乏男爵だよ……」
部下が、箱の底から一通の文を取り出した。
「文もありやすぜ!」
「……何て?」
読み上げる。
『お疲れ様!アステリアちゃん!
お酒いろいろ送ったから、皆んなで飲んで!!全部、新開発のものよ!!
帰ったら感想、ちゃんと聞かせてね!』
「……」
さらに続く。
『それと、アステリアちゃんならお金の管理は大丈夫だと思うけど、軍資金代わりに砂糖を十袋送ったから、上手く使ってね!そのまま食べても良いわよ!』
読み終え、アステリアはしばらく無言だった。
「……はは」
やがて、乾いた笑いが漏れる。
「全く……」
「相変わらず、規模がおかしいな……姉御は」
アステリアは砂糖袋を一つ、軽く叩いた。
「だが……」
視線を第1地区へ戻す。
「これは効く」
酒は人心を和らげる。
砂糖は、資金にも交渉材料にもなる。
「……よし」
「第1地区、やるぞ」
その声には、先ほどまでの疲れは無かった。




