崩れる近衛、見えない敵
その頃――。
近衛隊は王城内へと突入していた。
戦闘ではない。
速やかな情報交換のための、最短動線での移動だ。
城内に到着すると、近衛隊は即座に動いた。
二名を王城に残留させ、連絡と防衛を兼ねさせる。
代わりに、近衛隊情報部から二名を引き抜き、本部へと急行していた。
「状況は?」
先頭を歩く近衛隊長が、短く問う。
返ってきた答えは、重かった。
「……最悪です」
「何だと?」
「近衛第1隊が、既に壊滅しております」
一瞬、空気が凍りついた。
「はぁ?」
思わず声が裏返る。
「精鋭の第1だぞ?八百近く居たはずだ」
「はい……」
報告役は唇を噛みしめる。
「怪しいと判断された第1地区の港へ攻勢を掛けました」
「第1地区……」
「建物が、要塞化されていました」
「内部構造も不明」
「罠に気付かぬまま、突入……」
言葉が続かない。
「第1地区……外国船籍が集まる地区か」
「……そうです」
「俺達は港から来た。三隻、停泊してた」
「……やはり」
報告役は、力なく頷いた。
「主力を失った第2、第3近衛では城の防衛だけで、手一杯です」
「軍は何をしている!?」
怒鳴り声が石壁に反響する。
「命令が……二転三転しています」
「何?」
「命令書そのものが、真逆の指示を出しています」
「進めという文と、撤退せよという文が同時に」
「なっ……!」
「直接、伝令で指示を出せば」
「別の場所で火の手が上がる」
「橋が落ちる」
「倉庫が襲われる」
「対応に追われ、兵は分散、疲弊、士気は……最悪です」
近衛隊長は、拳を握り締めた。
「……どれだけの人間が」
低く、絞り出すように言う。
「どれだけの人間が、裏切っている……?」
誰も答えなかった。
答えが、誰にも分からなかったからだ。
「これから機構本部へ向かう!ついて来い!」
王城は、まだ立っている。
だが中身は、音を立てて崩れ始めていた。
本部では、ビラを撒き終えた学生隊が戻って来ていた。
埃と汗にまみれながらも、誰一人欠けていない。
戻るなり、リディアが前に出た。
「皆、聞いて!家族は無事よ!」
ざわっと空気が揺れる。
「学園で保護されてる!多少疲れてるけど、全員生きてる」
安堵の息が漏れた、その直後。
「……でも、今は迎えに行けない」
リディアの声が引き締まる。
「戦いは、まだ始まったばかりだから」
誰も反論しなかった。理解していたからだ。
その様子を横目に、機構隊長は苛立ちを隠さなかった。
「色男はまだ戻って来ないのか!?」
「はい!まだです!」
「チッ……」
舌打ちが響く。
そこへ、ババアが腕を組んだまま口を挟む。
「まあまあ、焦っても仕方ないさ」
「……」
「来る時は来るよ。ああいうのは」
機構隊長は深く息を吐き、切り替えた。
「よし!ババア、第1地区が怪しいってのは確実だな?」
「そうね」
即答だった。
「全財産賭けてもいいわよ」
「……だろうな」
「本部上から合図を出せ!船に向けてだ」
「はっ!!」
一方その頃。
「略奪……戦利品の回収、残り三箱です!もう少しで終わります!」
報告を受け、メイヤが即座に動いた。
「その三箱、このままでそのうち一箱、蓋を開けてくれる?」
「……蓋を、ですか?」
「そう」
「へい!」
箱が開かれた瞬間、金貨がぎっしりと詰まっているのが見える。
「……で?」
メイヤは無言で手を突っ込み、金貨を掴むと――
ばら撒いた。
「一体、何を……?」
「いいから聞いて」
メイヤは淡々と続ける。
「この箱の金貨。矢を撃って倒れた人間の周りに、ばら撒いて来て」
「……へ?」
「急いで!無くなったら箱はその辺に捨てて」
「……?」
その光景に、アステリアが震えた声を出す。
「メイヤ……お前、まさか……」
メイヤは振り返らずに答えた。
「金欲しさに仲間割れなんて、嫌ね……?」
アステリアは、言葉を失った。
また一段、理解が追いつかない。
その瞬間。
本部方向から、合図が上がった。
「姉さん!!合図です!!」
「地図と照合――第1地区!!」
メイヤの目が細くなる。
「……来たわね」
「メイヤ!船に戻るぞ!」
「はい!」
その頃、本部前。
戻って来た近衛隊長と、機構隊長の視線が交差する。
「「第1地区か?」」
声が、見事に重なった。
「……同じか?」
「ああ!今、合図を送ってる」
「返事は?」
「……まだだ」
船に戻った二人は、燃え上がる三隻の船影を見据えていた。
「筒の距離は……?」
「届くかしら?」
「十分だ!射程内だ」
メイヤが即座に判断する。
「本部へ伝えて!全員、船に戻れって」
「戻り次第、船員もすぐ退避させて」
「任せろ」
アステリアかわ声を張り上げる。
「よし!発射準備だ!!角度、調整しろ!!」
「おう!!」
夜の海に、張り詰めた緊張が走る。
狙いは一つ――第1地区。
ついに、反撃が始まろうとしていた。




