本部前、矢は語る
港で略奪――いや、戦利品回収が進むその頃。
装甲馬車は既に、世界商品登録機構・王都本部の目前まで迫っていた。
近衛隊の馬車だけが、そのまま本部前を通過し、王のいる城へと進路を取る。
その背を見送りながら、機構隊の装甲馬車に同乗していたリディアが、腹の底から叫んだ。
「学生隊!!左右に分かれて住宅地へ!!ビラを撒け!!」
一瞬の間。
「撒き終わったら、本部前に集合!!」
号令と同時に学生隊の馬車が左右へ分かれ、夜の街へ消えていく。
リディア自身は土地勘が無い。その為、機構隊と同じ馬車に残った。
そして――
「止まれ!!」
本部前。装甲馬車が完全に停止する。
扉が開く前から気配はあった。
機構隊長が勢いよく飛び出し怒鳴る。
「ババアーーー!!生きてるかぁ!!」
――その瞬間。
シュッ!!
何かが風を裂き、左頬をかすめた。
「……へ?」
遅れて、痛み。
視線を上げると、建物の影から一人の老婆が、クロスボウを構えていた。
「……何だ。あんたかい」
「このババア!!俺に矢を放ちやがって!!
殺す気か!?」
「はぁ?ちゃんと外しただろ?変な爆発音に、聞き慣れない馬車の音!そこに勢いよく扉開けられりゃ、撃つに決まってるだろ」
「普通は声かけろ!!」
「それとさ」
老婆はクロスボウをひょいと掲げる。
「何でここにいる連中が、クロスボウ装備してんだい?」
「あー?ここにだって作製部署あるだろ?そこで作ったんだよ」
「……なるほどね」
老婆は一瞬だけ納得した顔をし、すぐに怒鳴った。
「それと!!作製部長!!照準がズレてるわよ!!」
「テメー!!思いっきり狙ってただろ!!ズレてなきゃ死んでたぞ!!」
「結果外れてるんだから問題ないだろ」
言い合いを始めた二人の間に、リディアが一歩前に出る。
「……お久しぶりです」
「あら」
老婆の視線が、リディアに向いた。
「リディアちゃんね?暫く見ない内に、随分凛々しくなったじゃない」
「ありがとうございます!」
「俺の話を――」
「それより」
老婆はぴしりと指を立てた。
「学園の同級生も来てるみたいね!後で皆に伝えなさい」
リディアの表情が強張る。
「みんなの家族は――」
「安心しな!学園で保護してる!多少疲れてるけど、全員元気だ」
リディアの肩から、ふっと力が抜けた。
「今はね!あのクソババアと一緒に籠城中だけど」
「……え?」
「王都は今、思ったよりも面倒な事になってるよ」
老婆は不敵に笑った。
「でもまあ〜来たなら、話は早い」
リディアは深く頷く。
「……わかりました」
夜の王都で、ついに「中」と「外」が繋がった瞬間だった。
「ババア!状況は!?」
機構隊長の問いに、老婆は肩をすくめた。
「昼間はまだ何とかまだ外を歩けるさ。だが夜はダメだ」
「不味いのか?」
「不味いどころじゃないよ。物騒な連中が、そこらを彷徨いてる」
その言葉に、リディアが思わず息を呑む。
「王都の軍はどうなってる?」
「疑わしいって理由で出撃すりゃあ」
「別の場所で火事」
「橋が落ちる」
「倉庫が燃える」
「……」
「結果、兵力は分散。疲弊。指揮系統はズタズタだ」
「近衛は!?」
「城を守るので手一杯。まあ、そもそも近衛だ。攻めるための連中じゃない」
「何だよそれ!!」
機構隊長が吐き捨てる。
「他領地の軍は?」
老婆は鼻で笑った。
「動けないのよ。先日もね、どっかの領軍の中隊が壊滅したって話が出た」
「敵は?」
「それがハッキリしない」
「……は?」
「噂だけが先に走るんだよ。壊滅させたのは王直轄軍だとか。いや他領の軍だとか」
「滅茶苦茶じゃねーか!」
「それだけじゃない。漁夫の利を狙って、遠方で様子見してる連中もいる」
「文は?」
「本物と偽物が入り乱れてる。同じ内容なのに、差出人が違う。逆に真逆の命令文も出回ってる」
機構隊長が低く唸る。
「……そこまでか」
「そうよ!この王国内部に、手引きしてる連中がいる」
「多いのか?」
「想像より、ね」
老婆は声を落とした。
「外国の一部も噛んでるって話だ」
「……」
「だがよ」
機構隊長が食い下がる。
「補給や資金がなきゃ、ここまで出来ねーだろ?」
「その通り」
老婆は迷いなく頷いた。
「商会」
「工房」
「両替商会」
「……やっぱりか」
「例の件に反発してた連中が多いよ。表では従ってる顔して、裏で牙剥いてた連中さ」
一瞬の沈黙。
「で?」
「怪しいのはどの辺だ?」
老婆は指を一本立てた。
「第1地区の港」
「……」
「今じゃ誰も近寄れない。近寄った奴は、戻って来ないそうだ」
その場の空気が、一気に冷えた。
リディアは、無意識に拳を握りしめる。
――港。
――第1地区。
――外国船。
すべてが、一本の線で繋がり始めていた。




